働く広場2021年12月号
5/36

働く広場 2021.122016(平成28)年のリオ大会で、初めてメダル争いにもからめるようになりました。――半谷さんは昨年、大会の延期が決まった後にトヨタループス株式会社に入社されたそうですね。どのような経緯だったのでしょうか。 前の会社との契約が、大会の中止・延期にかかわらず2020(令和2)年9月に切れることになっていました。 そこで、パラ柔道の大先輩である初はつ瀬せ勇ゆう輔すけさんが手がける会社で、障害者雇用の仲介などを行う「株式会社ユニバーサルスタイル」に紹介してもらい、トヨタループス株式会社(以下、「ループス」)に採用されました。「アスリートとして努力する姿は、社員の希望にもなる」と思ってくれたと、関係者から聞いています。 ループス入社後は、競技活動に専念させてもらうことができました。日ごろのジム利用費や体のメンテナンス費などをサポートしてもらうほか、遠征旅費の補助もしてもらえたので、安心して柔道に打ち込めました。 また、「競技人生が終わった後も働き続ける」ことを見越して正社員にしてもらえたことが、とても心強かったですね。これは、すべてのアスリートにいえると思いますが、大きな大会を目ざして強くなるためには、やはり企業の継続的なバックアップが重要だと感じています。 私はこの1年間のほとんどは、競技活動を行ってきましたが、そのかたわら講演を依頼されたり、ループスやトヨタ系列の会社で、開発協力も行ったりしました。視覚障害者としての意見やアドバイスを求められ、私なりに役に立ったのではないかと思っています。――ご自身の今後について、考えていらっしゃることはありますか。 会社側からは、大会後も希望すれば競技を続けられるし、柔道を少し休んで仕事をしたければ働いていいといわれています。私は理学療法士とあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の資格を持っていますが、仕事にするにはまだ勉強不足だと思っています。 次のパリ大会を目ざして選手生活を続けるか、仕事を選ぶかはまだ決めていませんが、どちらに進んでも「無理せず、がんばれる環境づくり」が大事かなと思っています。この20年間、柔道に打ち込むなかで苦労も多かったのですが、特にこの1年は、コロナ禍でも自分なりにがんばれる環境があったからこそ、伸びることができました。何をするにも「自分なりに動ける環境」をつくることが必要だと実感しています。 そもそも視覚障害といっても、人によってできることは異なります。その多様性も含めて、いかに周囲に発信していけるかが、「自分なりに、無理せず、がんばれる環境づくり」にとって大切なのではないかと思っています。また、障害について周囲から結構かん違いされていたり、逆に私たちが周りを考えて動けなくなったりする場面が多いと感じています。 きっとだれもが、ほかの人の助けになりたいと思っているけれど、どうプラスに働いていけるか。私たち視覚障害者は見えていないからこそ、周囲に合わせたい気持ちもありますし、多くの人のために何かをしたいと思うのですが、その間にある、ちょっとした感覚の差のようなものをどう埋めていくか。まだきちんとした答えは出ていませんが、私はパラリンピアンとして得た多くの経験を活かして、いかに言語化し、発信していけるかを模索していきたいと考えています。競技人生後も働き続けられる会社自分なりにがんばれる環境づくり3

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る