働く広場2022年12月号
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 「国連・障害者の10年」(1983~1992年)において大きく認知されたのが、障害者の「本人参加と自己決定」の理念です。これを教育の場で具体化するため、生徒の主体性を重視した進路指導を目ざして立ち上げたのが進路研(現・NPO法人GreenWork21)です。関東圏の先生や支援機関・作業所、厚生労働省の職員も参加し80人近い規模になりました。個別の移行支援計画に関する研究とともに、1995年からは特別支援学校の卒業生のための大学公開講座「自分を知り社会を学ぶ」を開催しました。きっかけは、東京学芸大学附属特別支援学校高等部3年生の進路学習「一日大学生」です。生徒が大学を訪れ、学生と交流授業を持ちました。このときの生徒の喜びと活き活きと学ぶ様子に心を動かされたものです。この企画は、全国的なオープンカレッジの先駆けにもなりました。特別支援学校では、生涯にわたる個々のキャリア形成についても改善を重ねてきました。もともと米国で始まった取組みですが、私たちも研究を重ね、進路指導と職業教育の一体的な改善を目ざし、東京都が主導する形で、企業や支援機関などとの情報共有のために個別の移行支援計画をつくりました。その後、2005年に文部科学省が「個別の教育支援計画」作成について策定。ここでは「障害のある児童生徒の一人一人のニーズを正確に把握し、教育の視点から適切に対応していくという考えの下、長期的な視点で乳幼児期から学校卒業後までを通じて一貫して的確な教育的支援を行うことを目的」としています。まさに本人主体で計画をつくるという意味で、障害者権利条約につながる成果でもあります。――この20年あまりで、特別支援学校での教育職業教育を軸に、企業との連携が活発になったことが大きいですね。知的障害者の雇用義務化(1998年)を機に特例子会社をつくる企業が増えるなか、「どう雇用していったらよいのかわからない」というケースも多かった。そこで特例子会社のトップが集まり、それぞれ順番に取組みを紹介しながら知恵を出し合う研修会「障害者の雇用を楽しく考える会」が発足、ここに進路研の先生方も参加させてもらいました。もともと教育文化と企業文化は、互いに相い        3ていくための手順書がありますよね。これを反れない部分がありました。しかし卒業生が、就職先で働く力を身につけていく様子を目の当たりにし、先生方の考えも変わっていきました。就労現場では、安全を確保し、作業を積み上げ映させたのが東京都の特別支援学校における就業技術科と職能開発科の教育課程です。校内に事業所のような実習スペースをつくり、先生が職場管理者、生徒は社員の立場で、より実践的な学びを得られるようになりました。東京都特別支援学校就労支援委員会と東京労働局との共催で、法定雇用率未達成の企業担当者を集めた企業セミナーを開催できるようになり、就職率の上昇につながりました。いまでは特別支援学校ごとに、就業に向けたさまざまな取組みをされています。東京都の就業技術科では、企業関係者を招いた校内競技会が好評です。作業実演とともに生徒たちがつくったパワーポイントによるプレゼンテーションは、目を見張るものがあります。ビニエンスストアや食堂、洗車場を定期的に運営したり、生徒が育てた野菜を販売したりと、地域性を活かしたプログラムに力を入れています。ぜひお近くの学校を見学してほしいですね。職業教育・キャリア教育を受けられる特別支援学校に入らず、通信制などの高校に進む生徒が少なくないことです。背景には、特別支援学校を卒業しても高卒扱いにならないことがあります。もともと中等教育の目的は大学進学ではなく、社会人として自立していくための基本的な教養を身につけることです。生徒一人ひとりの教育を支えていくという意味でも、特別支援学校の役割を今一度しっかりとらえ直すべきです。さらに、こうした教育現場での実績をふまえ、全国に目を向けると、校内カフェをはじめコンいま危惧しているのは、このように充実した企業との連携、充実した職業教育は大きく進化してきましたね。

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