働く広場2023年3月号
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〝ふつう〟に見える努力支援者も成長していく施設利用者からいわれた忘れられない言葉がある。「私は社会のなかで〝ふつう〟に見えるように信じられないほどの努力をしています。定型発達者の世界から外れないように、失敗をしないように、張りつめた気持ちで日常生活を送っていることを知ってほしいです」。その人は皆勤で訓練所に通い、熱心にメモを取り復唱や確認を行い、支援者からの助言を素直に取り入れ、すぐにでも就職ができる人だと評価をされていた。だれの目からも〝優等生〟に映るその人の本心を聞いたとき、私は支援者として、表面的にしかその人のことを見ておらず、できることを増やし続けることが成長や発達であると誤解していたように思う。また、アピールすることが多いほど企業就職には有利であると考え、課題をどんどんクリアしてもらう支援計画を立てていた。自身の経験をふまえ、就労支援の現場を見ていると危ういと感じることがある。それは、企業や支援者側から問題行動と見られることに対し、発達障害のある人だけにその解決の努力を求めたり、本人の認知や行動を変えることが議論や支援の中心になることだ。企業に雇用されることを目ざすのであるから、企業の評価をフィードバックし、支援に活かしていくことは必要である。しかし、「〇〇ができないと企業では働けない」などと過度に集団生活へ適応させることは、彼らに我慢を強いたり、特性があることをネガティブな評価にしてしまう可能性があり適切とはいえない。発達障害は生来性の特性で、あくまで「違い」でしかない。それなのに和を重んじる日本の社会では「違い」ではなく、「集団に馴染まないもの」、「修正する必要があるもの」と認識されてしまうことに怖さを感じるのだ。特性を活かし活躍する環境があれば、それは強みになり、困難さが生じやすい環境に身をおけば、特性が生きていくうえでの障害になっていく。例えば、ASD(自閉スペクトラム症)などの診断が出たからといって、その人がそこから永久的に「障害者」になるのではなく、取り巻く環境によって彼らの人生は変化するのである。支援者は、社会側が障害を生み出す構造になっていないか考察したうえで、社会側を調整する、あるいは、新しい社会の仕組みをつくることを議論の主軸にしなくてはならない。モリオさん(仮名)という男性がいた。彼はとにかく明るく元気で、大きな口を開けて笑う素敵な人だ。ただ、オフィスビル内にある訓練室では、彼の声量は大きすぎて適切ではないといわれた。うれしいことがあったり、伝えたいことがあるとボリューム調整がむずかしくなり、ケース会議ではその場に適した声量を視覚化したツールで支援することも検討されたが、本人と相談した結果、モリオさんの底抜けの明るさを活かした就労支援を目ざすことになった。店のバックヤード作業に就いた。このお店はバックヤードのすぐそばに客席があるので、お客と直接かかわらない従業員も裏方から来店の挨拶を行っている。お客の来店とともに案内係の従業員が「お客さまがいらっしゃいました」と声を出すと、モリオさんはどの従業員よりも早く、元気な声で「いらっしゃいませ!」とお客を迎え入れる。雇用継続において、企業がモリオさんを最大限に評価しているのはこの声であり、彼も店における自分の存在が誇らしいようだった。初めてのことで、就職前は漠然と「お金を貯めたい」と話していたが、就職してから数年後、「貯金は将来のお嫁さんと子どものために使いたい」とうれしそうに教えてくれた。自分の存在が必要とされる環境での就労を通じて、彼の心が豊かに育まれていることに感動した。        会のなかでさまざまな人と交わりながら、新しく感じること、学習していることに触れることができ、彼らからの学びを通じて、支援者は成長していくのだと思う。また、発達障害のある人のがんばりがあるからこそ、日本の多様な働き方が進化しているということに感謝しながら、これからも日々の実践を積み重ねていきたい。声が大きく、体力のあるモリオさんは飲食モリオさんが就職をしたのはこの飲食店が発達障害のある人の就労支援は、彼らが社働く広場 2023.3砂川双葉(すながわ ふたば)特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺・副所長。社会福祉士、介護福祉士。2013(平成25)年、特定非営利活動法人クロスジョブに入社。就労支援員としておもに発達障害のある人の支援、障害者雇用を行う企業の支援を行う。2021(令和3)年、当機構の第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会で、就労移行支援事業所におけるASD者のアセスメントと支援についての実践報告を発表している。19最終回発達障害と就労〜発達障害のある人たちの就労支援の学びから〜特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 副所長 砂川双葉

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