「ろう文化」とは、ろう者の文化であり、手話と視覚を中心にコミュニケーションする生活文化のことです。ろう者は聴力レベルが100㏈(デシベル)以上の人が多く、音は聞こえず振動を感じるくらいで、そういう人を「ろう者」と呼びます。聴力レベルはそれぞれ違うので、補聴器をつけない人もいますし、音や声は判断できないけれど「音がある」のを知るために補聴器を使う人もいます。私は聴者の両親から生まれたので、小さいときから聴者の世界とろう者の世界の両方を行き来して生活していました。自分に必要なコミュニケーションは手話ですが、聴者社会では筆談で伝えるので書記日本語も必要になります。 「書記日本語」とは、聴者は聞き慣れないかもしれませんが、話し言葉と書き言葉はまったく異なるもので、「読み書き」というコミュニケーションのひとつです。日本人なのに日本語が苦手なろう者は少なくありません。日本で生まれ、日本で暮らしながら日本語の困難にぶつかることはよくあります。助詞の「てにをは」は、聴こえない人にとってはとてもややこしく、文章を書くのが苦手な人が多いです。格助詞の「のをにへと」や接続助詞、副助詞、終助詞など助詞の種類もたくさんあるので、これもまたややこしいのです。だから、聴こえない人は文章の書き方がわからず、つまずいてしまうことがよくあります。手話をそのまま書くろう者もいます。まだまだこちらは課題がたくさんあります。手話はろう者にとって必要なもの。ろう者の意思疎通は手話が一番早く伝わります。その次に筆談があります。見える文字なので相手に伝える大事なコミュニケーションです。ろうの世界の扉を開けると、そこは聴者の世界。手話がわからない人がほとんどなので筆談しないと意思疎通はできません。手話通訳を通じてコミュニケーションを取る方法もありますが、筆談の方が伝わりやすいですね。よく「人を呼ぶときはどうするのですか?」という質問をいただきますが、私は手を振る感じで手招きします。近くにいる人を呼ぶときには手を振ったり、軽く肩や腕を叩いたりもします。また遠くにいる人を呼ぶときは、テーブルを軽く叩いたり、床をどんどんふみ鳴らして振動で呼びます。大勢の人に呼びかけたいときは、電灯をつけたり消したりして光で知らせます。相手が認識してくれている場合、遠くにいるときは手話を大きくして伝えられますし、電車や車などに乗っているときは窓越しでも手話が見えるので会話ができます。手話が見えるように、振り向かせるためにいろいろ工夫しながらやっています。ろう者にはろう文化があるように、聴者にも聴文化があります。音や言葉が街中で飛び交っていて音楽も生活の一部になっていますね。このようにそれぞれに異文化があることをまず知っていただきたいです。アメリカ人はアメリカ文化、フランス人はフランス文化がそれぞれあるように、生まれ育った環境によって文化は生まれます。聴者に「手話が世界共通になればいいのにね。そしたら世界中の人と話せるのに」とよくいわれますが、私は少し悲しくなってしまいます。なかには怒るろう者もいます。ろう者からすると「聴者の方こそ世界共通言語をつくればいいのに」と思う人もいます。しかし、そのむずかしさについてみなさんおわかりのように、手話も同じようにむずかしいのです。手話も言語なので世界各地それぞれの手話があります。コミュニケーション手段が違っていても工夫さえすれば会話はできます。ろう者も聴者もみんな違うからみんな違っていいんだと思います。違うということが恥ずかしいことではなく、こういう世界があるんだ、違うからおもしろい。だから、ろう者に対してもポジティブにとらえてくださればとてもうれしいです。そうすれば、コミュニケーションの壁はなくなり自由になれると思います。まずは少し勇気を出して話しかけてみてください。忍足亜希子(おしだり あきこ) 俳優。1970(昭和45)年生まれ。北海道千歳市出身。銀行勤務を経て、1999(平成11)年、映画『アイ・ラヴ・ユー』で日本最初のろう者主演女優としてデビュー。同作で毎日映画コンクール「スポニチグランプリ新人賞」を受賞。以後、俳優業以外にも講演会や手話教室開催など、多方面で活躍中。 2021(令和3)年には、夫で俳優の三浦剛との共著『我が家は今日もにぎやかです』(アプリスタイル刊)を出版。 忍足亜希子 働く広場 2023.7第4回19エッセイろう者である想い〜ろう文化〜
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