働く広場2023年11月号
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日本相談支援専門員協会顧問 福岡寿相談支援専門員は、障害のある方に寄り添い、伴走者として相談に応じていく。これが本分ですが、「寄り添う」とはどういうことか、「伴走者として相談に応じる」とはどういうことか。あらためて考えると、わからなくなってきます。相談に応じるといっても、本人に、助言やアドバイスをしたり、正しいことを伝えてもあまり役に立たないという実感があります。例えば、お酒をなかなかやめられない人に「健康のためにお酒はよくないので、週に一回くらいにして、できるだけ控えた方がいいですよ」という忠告や、アドバイス、助言をしただけでは、ほとんど実効性がありません。相談業務に長年たずさわっているなかで、「本人との作戦会議」が持てる関係をどう育てていくかが肝だなと考えるようになってきました。ただ、いつも注意や忠告をされたり、諭されるばかりの関係では、本人は支援者とのかかわりをポジティブには受けとめてくれませんし、「作戦会議」を持つという関係を育てるには至りません。 「本人との作戦会議」は、幼少期から始める場合もあります。本人には、そうした伴走者の必要性を実感してもらう日々が大切なのです。例えば、保育園年中児のA君は、ゲームに負けたり、一番になれなかったりするとかんしゃくを起こすことが多い日々でした。そこで保育士さんは、A君が帰る前に一日のふり返りを兼ねて、A君との「作戦会議」を積み重ねることにしました。 「今日、フルーツバスケットで負けちゃって、 おイスを蹴飛ばして、お部屋から飛び出しちゃったね。明日もフルーツバスケットにチャレンジだけど、どうやったら勝てるか、作戦会議をしよう」、「A君は、リンゴグループだから、『リンゴ』というコールがあったら、同じリンゴグループの○○ちゃんのおイスめがけてダッシュしよう」、「じゃ、一回練習してみよう」、「それでも、負けちゃったら、お部屋から飛び出しちゃうのは格好悪いから、先生、応援席と応援旗を用意するね。負けたらその応援席で、『○○ちゃん、がんばれ』と応援してみよう」などなど、注意や反省ではなく、こうした「作戦会議」に持ち込みます。こうした経験を積み重ねるなかで「そうか、自分の勝手なふるまいやマイルールの言動は社会的にアウトだけど、相談して決めていけば大丈夫なんだ」という知恵をつけていってくれます。次にBさんの例を紹介します。Bさんは発達障害があり、感覚過敏や人とのコミュニケーションに苦手意識があります。就職が決まり、職場への初出勤に備えて事前に職場に出向き、上司の係長さんとの「作戦会議」をふまえて、初出勤の日を迎えました。職場の同僚のみなさんとの初対面の日、Bさんは「お仕事のお忙しいなか、私に5分だけ時間をいただいてもいいでしょうか」と前置きしたうえで、係長さんとの「作戦会議」に基づいてつくってきた、A4のペーパー一枚を同僚のみなさんに配り、自らの特性を伝えました。 「私のデスクが部屋の奥の壁際と決まっていましたが、聴覚過敏があって音の反響で仕事に支障が出てしまいそうなので、係長さんと相談のうえで、デスクの位置を変えていただきました」、「お昼の一時間の休憩時間ですが、みなさんとの会食がとても緊張してしまいます。そこでしばらくの間は、一人で短時間で昼食をすませ、早めに業務につかせていただき、残りの休憩時間を午前と午後に分散して取らせていただくことを係長さんと相談させていただきました」、「少し変則的になりますが、仕事をがんばりますので、みなさん今日からよろしくお願いします」と伝え、同僚のみなさんの理解を得たうえでの職場スタートとなりました。私は、歌手の西野カナさんの曲にちなんで、        こうした取組みを「私のトリセツづくり」と呼んでいます。相談員の苦悩と心得働く広場 2023.11福岡寿 (ふくおか ひさし) 金八先生にあこがれて中学校教師になるも、4年で挫折。その後、知的障害者施設指導員、生活支援センター所長、社会福祉法人常務理事を経て、2015(平成27)年退職。田中康夫長野県政のころ、大規模コロニーの地域生活移行の取組みのため、5年間県庁に在籍。 現在は「NPO法人日本相談支援専門員協会」顧問、厚生労働省障害支援区分管理事業検討会座長。 著書に、『施設と地域のあいだで考えた』(ぶどう社)、『相談支援の実践力』(中央法規)、『気になる子の「できる!」を引き出すクラスづくり』(中央法規)などがある。19エッセイ第3回

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