――国際アビリンピックが決まってから、あらためて準備したことなどはありましたか。佐藤 山川 ――実際の国際アビリンピックはいかがでしたか。佐藤 山川 ――国際アビリンピックならではの交流もあったようですね。印象に残っていることはありますか。佐藤 ――「英文ワープロ」種目は、全種目で最多となる14カ国から18人が参加しました。激しい競争のなかで銀賞に輝いた佐藤さんは、日本選手団でもっとも高い点数を出した選手に与えられる「特別賞」も受賞しましたね(※2)。佐藤 国際大会に向けた練習ハプニングにも落ち着いて対処海外の選手と喜び合うたコツです。2022年の秋に、2023年3月に開催することが決まったと知らせを受け、大会前には、JEEDから貸与された英語OSのパソコンと英語配列のキーボードを使って職場で練習しました。全国アビリンピックの審査を行っている専門委員の先生が出してくださった練習課題で、勤務時間にも英文タイピングの練習をさせてもらいました。会社のみなさんにも応援してもらい、がんばろうという気持ちになりました。会社としても初めての国際アビリンピック出場ですから、社内ホームページでの紹介だけでなく、本社入口に横断幕を掲示するなど、社内外に向けてPRをしました。そのPRで知った社員らが本人に激励の声がけをしてくれて、さらに本人のモチベーションがあがったようでしたね。社長や所属部署のメンバーが寄せ書きした国旗も、本人に手渡しました。社長には、フランスへの出発を前に直接会って報告し、激励のメッセージをもらってさらに力が入ったようでした。フランスに渡ってからは想定外のことやハプニングが続きました。競技当日、本番課題を見て初めて、課題となる文書が英語ではなくフランス語だとわかったり、ページ数も事前に公表されていた6ページではなく7ページに増えていたりしました。国内大会では図形のつくり方などについては指示書がありますが、国際大会では、できあがりの文書だけが用意され、作成方法はすべて自分で考える課題でした。自分が知らない間に、競技時間が延長されていたことにも驚きました。私は予定時間がきたときに手を止めたのですが、ほかの選手たちはみんな続けていました。時間が過ぎたのにおかしいなと思ったのですが、競技エリアの外にいた家族やJEEDの人たちに話しかけることは失格になるので、落ち着いて、質問があるときの札を掲げました。通訳の人が来てくれて、延長になったと教えてもらえました。競技は少し緊張しましたが、落ち着いて対処することを心がけていたのがよかったと思います。また、日本から山川さんが会場に応援に来てくれたのは心強かったです。佐藤さんにはお父さまが同行されていたので心配はありませんでしたが、どうしても直接応援したくて、職場の上司に相談し、フランスに行かせていただきました。選手団とは別行動で、ようやく会場で会えたときはうれしくて、競技前に励ましの言葉をかけましたが、競技中はただ見守るだけでした。 は日本語を勉強している方で、声をかけられまプニングにも動じず、海外の選手たちとハイレベルな闘いをくり広げていた佐藤さんの様子にはあらためて感心させられました。これは佐藤さんのお父さまが、幼少期から佐藤さんの好奇心や意欲を見逃さず、得意なことを存分に伸ばしてきたことが、能力として大きく開花した結果でもあるのだと思います。した。「日本に行きたい」といっていました。ナイジェリアの選手とは一緒に記念写真を撮りました。国の選手でした。閉会式では3人で喜び合い、記念写真を撮ったのも印象深いです。自分が日本選手団の一員として出場できたことが、とてもうれしかったです。なかったので、本当に驚きました。特別賞はす一方で、国内大会とは全然違う競技環境やハアゼルバイジャンの車いすユーザーの選手私は銀賞でしたが、金賞は2人いて中国と韓まさか二度名前が呼ばれるとは思ってい※2 今大会ではすべての競技が100点満点で採点されており、各国選手団においてもっとも点数が高かった選手に「特別賞」が授与された上司や同僚が寄せ書きをした国旗を背に競技に臨んだ第10回国際アビリンピックで課題に取り組む佐藤さん働く広場 2024.216
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