働く広場2024年4月号
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私は研究者としてのキャリアを国立障害者リハビリテーションセンターの研究所で開始し、以後18年間、障がいがある人の機能回復を目ざす研究に従事しました。2009(平成21)年より現在の職場に異動し、それからは少し視野を広げ、リハビリだけではなく、スポーツの運動技術なども研究対象として、運動障害から機能回復につながる神経の働きや高度な運動技術を実現する脳の働きなどを調べるようになりました。その過程で偶然出会ったのが、今回のテーマである障がいがあるアスリートの脳です。国立障害者リハビリテーションセンター時代の私の研究は、例えば交通事故などで脊髄を損傷し、半身不随のため車いす生活になった人たちの失われた機能(脊髄損傷の場合は多くが歩行機能)を取り戻すことを最大の目的としていました。つまり失われたものを取り戻すことを目ざした研究をしていたといえます。これに対して、障がいがあるアスリートの脳の研究は、障がいによって失われたものから、残っているものに目を転じる機会を与えてくれることとなりました。そもそもアスリートの目標はパフォーマンスを最大化すること、つまり記録を伸ばすこと、勝負に勝つことにあります。これに対してリハビリテーションでは機能の回復が最終的な目標となり、アスリートの目標とは最初から異なっています。しかし、どちらも身体のトレーニングによって目標に迫ろうとしている点は共通します。私たちが障がいがあるアスリートを対象とした研究で発見したのは、彼ら彼女らの脳が日々のトレーニングの結果、大きく変化しているということでした。この変化のことを「脳の再編成」と呼んでいますが、この再編成の仕方は競技や障がいの特性によってさまざまに異なっていました。しかもいずれも驚くほど大きな再編成であり、オリンピックアスリートに代表される障がいがないアスリートには見られないレベルの再編成でした。そのなかの例を二つ、紹介しましょう。若いころにスポーツ中の事故で右足の一部を切断し、それから義足の走り幅跳び選手になったドイツのマルクス・レームの例をご紹介します。らいの記録を打ち立てていて、パラリンピックでは三大会連続で金メダルを獲っている世界チャンピオンです。とがわかりました。それは、彼が義足側の膝を動かすとき、普通はその反対側の脳、彼の場合、右側が義足なので左の脳が単独で義足側の膝を動かすのですが、計測結果は左右両方の脳で動かしていることを示していたのです。しかも義足に直結している膝を動かすときにのみ両側の脳が使われていて、義足ではない方の足を動かすときは片方の脳が単独で動かしており、障がいがない人と同様でした。つまり彼は義足を両方の脳で動かしているということがわかったのです。         2術を持っています。これはきわめてむずかしい作技術と関係していることが予想されます。彼は走り幅跳びのときに高速で助走し、最後に踏切板に絶妙の角度でアプローチし跳ね上がる技彼はオリンピックに出ても優勝候補になるぐ彼の脳をMRIを使って調べたところ驚くここのような脳の使い方は、彼の高度な義足操はじめに義足の走り幅跳び選手京大学・大学院総合文化研究科・教養学部教授障がいがあるアスリートの脳が見せる人間の未知なる可能性東中澤公孝★ 本誌では通常「障害」と表記しますが、中澤公孝様のご意向により「障がい」としています働く広場 2024.4

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