働く広場2025年4月号
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同志社大学社会学部教授 立木茂雄誰一人取り残さない防災とは?最終回恊働性の実装恊働性の実装――分担や連携ではなく、組織間の連結が求められる要配慮者対策 災害時を想定した要配慮者支援の現場では、防災、保健、医療、福祉など多様な分野にまたがる資源の提供を調整する、全体性・連続性・多元性・衡平性の視点が欠かせない。特に、社会的に脆弱な要配慮者を取り巻くさまざまな関係者――当事者や家族をはじめ、保健、医療、福祉、防災の各部局、専門職、地域住民など――が、相互に連携し、被災前後の支援に不調和や欠損が生じないようにサポートすることが必須となる。このため、行政や民間事業者、専門職による公的サービスと、地域住民によるインフォーマルな支え合い、さらに当事者・家族の自己決定力という自助の力が、一つに調整される必要がある。 つまり、関係者が単に分担し合うだけではなく、組織間での連結を強化し、言わば「組織の組織」をつくる調整活動が求められる。このような支援のあり方を「恊働」と呼ぶ。この恊働――立心偏であることに注意されたい。つまり自助力・共助力・公助力の三つのチカラが、誰一人取り残さないという心マインドで一つに束ねられること――こそが、誰一人取り残さない防災を実現する最重要の鍵となる。インクルーシブ防災別府モデル――越境と境界連結 筆者は平成17(2005)年の『災害時要援護者の避難支援ガイドライン初版』の公開以来、全国の多くの自治体で指導や助言を行ってきた。しかし、実際の現場では、行政の事務分掌主義がはびこり、多部局や多組織間の調整が進まず、連携のボトルネックとなるケースが多い。 大分県別府市で2016年から始まった「インクルーシブ防災別府モデル」の推進役として活躍してきたのが、別府市役所の村むら野の淳じゅん子こ氏だ。私たちの研究グループは4年間にわたって、彼女が多部局・多組織間での連携を進めるため、実際にどのようなアクションを取ったのかを調査した。その結果、村野氏が実施していたのは、部局や組織、団体、個人の間で境界を越える「越境」をくり返し、異なる部局・組織の境界を「境界連結」することだった。 村野氏は、(一)部局・組織をまたぐ「越境」を続けることで連携の気運が生まれ、(二)この結果、異なる組織の境界が「連結」され、(三)その結果、地域の関係者と恊働する気運ができあがり、当事者の「参画」が可能になっていた。このプロセスを循環させることが、誰一人取り残さない防災実現の鍵なのだ。インクルージョン・マネジメント――誰一人取り残さない防災の実現へ 右のようなプロセスを意図的・意識的に実践する手法を、私たちは「インクルージョン・マネジメント」と名づけた。これにより、さまざまな関係者や部門が恊エッセイ 1955(昭和30)年兵庫県生まれ。1978年関西学院大学社会学部卒。同社会学研究科修士課程修了後、1980年よりカナダ政府給費留学生としてトロント大学大学院に留学。MSW(マスター・オブ・ソーシャルワーク)ならびにPh.D.(ドクター・オブ・フィロソフィー)修得。1986年より関西学院大学社会学部専任講師・助教授・教授を経て2001(平成13)年4月より現職。 専門は福祉防災学・家族研究・市民社会論。特に大災害からの長期的な生活復興過程の解明や、災害時の要配慮者支援のあり方など、社会現象としての災害に対する防災学を研究。 おもな著書に『災害と復興の社会学(増補版)』(萌書房、2022年)などがある。立木茂雄(たつきしげお)働して支援を提供し、被災者が自らの意思で参画可能な環境を整えることができる。「インクルージョン・マネジメント」は、誰一人取り残さない防災を実現するための重要な社会技術であり、その実践こそが、真に効果的な支援の決め手となる。結論――恊働性が鍵となる誰一人取り残さない防災 五回にわたった今回の連載では、災害時に誰一人取り残さないために必要な全体性、連続性、多元性、衡平性、協働性の原則について、具体的なエビデンスも参照しながら解説した。 これらの原則を基に、各関係者が組織の壁を越え連結し、被災者一人ひとりの多様なニーズに応じた支援が実現することで、真の「誰一人取り残さない」防災の体制が実現される。詳細については、下記の参考文献を参照いただきたい。19働く広場 2025.4参考文献立木茂雄(2020)『誰一人取り残さない防災のために、福祉関係者が身につけるべきこと』萌書房立木茂雄(2022)『災害と復興の社会学(増補版)』萌書房立木茂雄(2024)「防災と福祉の連携の決め手となるインクルージョン・マネジメントの論理と効果」『老年精神医学雑誌』35巻10号(2024年10月)1024-1030立木茂雄(2025)「保健・医療・福祉を全天候型にする誰一人取り残さない防災の5原則」『医学のあゆみ』292巻2号(2025年1月)145-151

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