感覚過敏を知ることで、 障害特性における能力が発揮できる可能性国立障害者リハビリテーションセンター研究所 脳機能系障害研究部 研究員 井手正和 私たちの日常生活では、外界に存在する感覚刺激を受け取り、脳内で複雑な処理を行った後、それに基づいて外界にはたらきかけることをくり返しています。その意味では、感覚刺激の受容の様式に変化があった場合、その後の処理において、さまざまな影響をおよぼすことが 想像できます。自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)者では、そのほとんどが感覚過敏の症状をもつといわれています。例えば、さほど強くない光を浴びるだけでも、その眩しさに耐えられずに具合を悪くしたり、かすかな音が鳴っているだけでもうるさく感じられたりします。感覚はそれを体験する個人にしか理解できないものであるため、感覚過敏を訴える当事者の周囲の人は、その訴えに困惑します。その結果、過敏の訴えが、本人のワガママや考え過ぎではないかと誤解し、当事者は周囲の理解不足に苦しみます。 しかし、感覚が過敏であることは、そうした感覚をもたない人と比べて、何か劣っているということなのでしょうか? さまざまな実験の結果は、そうした考えを覆す事実を私たちに突きつけています。例えば、ある実験では、指先に微弱な触覚刺激を提示し、どの程度強度を弱めて刺激の存在に気づくことができるかを調べています(※1)。その結果、ASD者は、定型発達者に比べて、より微弱な刺激であっても、その存在に気づくことができました。また、触覚刺激を手の甲の同一箇所にくり返し提示すると、次第に慣れが生じてくることで通常は感覚が鈍ります。しかし、ASD者ではそうした慣れが生じにくく、くり返し刺激を提示してもほとんど感度が変わらないという結果も報告されています(※2)。視覚に関しても、その知覚精度を調べた研究があります(※3)。縞模様をわずかに傾けて提示し、どの程度傾けたらその傾きに気づくことができるかを調べたところ、ASD者は定型発達者に比べてわずかな傾きでさえ鋭敏に気づくことができました。 筆者の研究グループでは、ASD者を対象にして、刺激に対する時間情報処理の精度を調べる実験を行ってきました。そこでは、「時間順序判断」という課題を用いました。時間順序判断では、例えば左右の手の指先に振動を提示する装置を取りつけ、数ミリ秒というごくわずかな時間差で刺激を提示します。実験参加者は左右どちらの指に対する刺激が後に提示されたかをボタンを押して回答します。これにより、その個人がどの程度の刺激にどの程度の時間差の順序を正確に判断できるか、すなわち時間分解能を算出することができます。 この実験を通じて、きわめて高い時間分解能をもつASDの青年に出会いました。その青年はわずか6ミリ秒の時間差があれば正確に順序判断を行うことができ、定型発達者の平均である60ミリ秒という時間分解能の10倍の値であることがわかりました(※4)。この青年は日常生活では複数の時計を見比べることを好み、時計の秒針が規則的に揃って動く様子を観察しているといいます。また、感覚過敏をもっており、車働く広場 2025.42
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