能力がどの程度で、どの程度の業務なら働けるのかなど、彼らに対する認識は浅かった」と語る黒瀬さん。採用当初はまさに試行錯誤の連続であり、当初は牛糞の運搬や除草などを任せていたが、除草作業の際に大事な植木や花まで綺麗に抜いてしまうなど、思いもよらないトラブルも経験した。「正直、障害者雇用はむずかしいかもしれない」と感じる場面もあったが、その都度、特別支援学校の教員やハローワークの職員から助言を受け、一人ひとりの特性に寄り添いながら、できる仕事をともに見出していった。現在では、知的障害のある人を中心に9人の障害のある従業員が働いている。性別や年齢もさまざまで、20代から50代までの幅広い人材が日々の仕事に従事しており、うち8人が敷地内の居住施設で生活をしている。日々のルーティンをこなしながらも、個々のペースを尊重し、必要に応じて声をかける。こうした日々の積重ねが、相互の信頼関係と安定した就労につながっ入されているブランド牛乳である。 取材に応じてくれたのは、同牧場4代目、代表取締役の黒くろ瀬せ礼れい子こさん。朗らかで気さくなその口調のなかに、障害者雇用と仕事に対する確かな信念と覚悟が垣間見えた。 植村牧場で障害のある従業員の雇用が始まったのは約45年前。黒瀬さんが代表になって間もないころであった。きっかけは「朝早く、夜遅い牧場の仕事に人手が集まらなかった」こと。立地的にも大阪や京都、三重に接しており、就職場所と業種に選択肢が多い奈良市において、牧場での求人募集をかけても1年近く応募はなかった。そうしたなか、ハローワークから「一度、障害者を雇ってみては」といわれたことをきっかけに、障害のある人を雇用した。初めて知的障害のある人を雇用したとき「コミュニケーション始まりは「人手不足」から 奈良市街地の静かな住宅地に所在する、1883(明治16)年創業の「植うえ村むら牧場株式会社」(以下、「植村牧場」)。般はん若にゃ寺じ、旧奈良監獄、奈良ホテルなど、歴史ある名所に囲まれたこの地で、創業以来140年余にわたり運営を続けている。牧場の敷地は約6600㎡。その敷地に、牛舎1棟のほか、加工場やレストラン、アイスクリームの販売所、グループホームが建つ。まず驚いたのは、清潔感があり、かつ洗練された、木造のつなぎ牛舎。創業時から使用していた瓦かわら葺ぶき牛舎が台風被害を受け、改修に向けた業者探しが難航していた際、宮大工が名乗りをあげ、その協力を得て2019(令和元)年に新牛舎が完成。内装もさることながら、新牛舎の屋根に乗るホルスタインのオブジェも印象的だ。この牛舎で育った牛から搾乳された牛乳は低温殺菌の後、牛乳瓶に充填されて自慢の「植村牛乳」として出荷される。毎朝約800本程度が近隣の一般家庭やお店に配送されるだけでなく、奈良ホテルをはじめ有名店にも牛乳を卸しており、奈良に皇族方が宿泊される際には、いわば「宮内庁御用達」として納生活の安定が仕事の土台1「障害」ではなく「人」を起点に考える2企業価値を高める「ていねいさ」3POINT木造の骨組みが美しい牛舎「植村牛乳」右は業務用として出荷される900ml瓶牛舎の屋根に置かれたホルスタインのオブジェが目を引く「植村牧場」は住宅地の一角にある働く広場 2025.921
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