働く広場2025年9月号
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「どのように任せたら、その人の力を引き出せるか」を考えること。そして、その第一歩が「業務の切り出し」だと考える。 植村牧場では、こうして切り出された業務と障害のある人の適性とのマッチングにも力をいれている。作業を「だれにでも同じように割りふる」のではなく、まずはすべての業務を順番に数カ月かけて体験してもらうことに取り組んでいるとのこと。植村牧場の業務は大きく分けて三つある。一つめは本来の酪農の仕事である牛の飼育、搾乳。二つめは搾られた牛乳を殺菌し瓶詰めにする業務。三つめは、その製品を各店や家庭に配達する業務で、運転をになう従業員の横に乗り助手的な役割を果たすことである。それぞれの業務を一通り体験するプロセスのなかで、作業中はつねに先輩たちがついて一緒に仕事をしながら作業内容を覚えてもらう。そして、作業を覚えた段階からは黙って仕事ぶりを観察しつつ、その仕事を任せてみる。その過程のなかで、一番適当と思われる作業をみきわめてその後はその作業を中心にになってもらう形で業務の割りふりを行っているということであった。「適した業務のみきわめはむずかしくないのか」という質問に対して、黒瀬さんは笑顔で「ていねいに教えても、翌日には同じミスをすることはよくあること。根負けしそうになったこともあったし、最初は適した作業が何かわかりにくいこともあったけれど、くり務が存在している。それらの業務を作業として細かく分解し、単なる作業工程の分割ではなく、「意味ある単位」として切り出していた。例えば「牛乳の製造」とひとくくりにするのではなく、「牛乳瓶の洗浄」、「牛乳の瓶詰」、「製品となった牛乳を冷蔵庫に入れる」といった具体的な行動に分けて、それぞれに「作業の関連」と「ゴール」がみえるようにする。「仕事である以上、『障害があるから仕方がない』ということではすまされません。それぞれの仕事に責任をもってもらえるよう、厳しくいうこともあります。でも、時間はかかるかもしれないけれど、信じて任せれば応えてくれるのです。彼らはそれぞれの持ち場のプロフェッショナルなのです」と力強く語る黒瀬さん。こうした業務の切り出しが、達成感や責任感、連帯感の醸成につながっていると考えられる。 業務を切り出すことで、「何が得意で、何が苦手か」という本人の特性もみえやすくなる。加えて、「業務の切り出し」は、単に障害者に仕事を任せやすくするための手段にとどまらず、企業全体の業務設計を見直す契機にもなりうる。実際、「だれにとってもわかりやすい仕事の流れ」ができあがることで、障害のある人を含むすべての従業員の作業効率やモチベーションが向上したという報告もある。障害者雇用をうまく活用するために、特別な制度や大規模な設備投資が必要なのではない。まずは目の前の仕事をみつめ直し、返しやってもらっていると一番適した、というか本人にとって『好きな作業』が必ずみつかる」と語ってくれた。「もちろん、ビジネスとしてみたときによくないことは叱ったり、注意したりすることもありますよ。でも、任せた仕事がきちんとできたときには『できたね!』って思いっきりほめるんです。そうすると自ずと仕事に対する責任感のようなものが芽生えてくるんですよね」といった黒瀬さんのコメントからもわかるように、こうした「小さな単位での体験」は、本人にとっても成功体験の積重ねとなり、「自分にもできることがある」、「次はこれに挑戦してみよう」といった前向きな意欲につながっていく。また、同僚にとっても、どこまでをサポートし、どこからは本人に任せるかという線引きが明確になることで、混乱や過剰な支援を避けることができるのである。  「最新の設備はありません。業務内容もアナログそのもの。でも、手作業だからこそていねいな仕事ができるし、それが結果的にブランド価値になっているのです」。黒瀬さんは、そういって微笑む。一つひとつの業務が人の手で行われ、だれがどの仕事をになっているかがみえている。雇用の場面では「業務効率」に意識が向けられがちである。もちろん、そアナログだからみえるもの牛乳瓶の洗浄(写真提供:植村牧場株式会社)瓶詰作業(写真提供:植村牧場株式会社)牛の世話(写真提供:植村牧場株式会社)搾乳作業(写真提供:植村牧場株式会社)働く広場 2025.923

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