的にわかるから説明ができ、ていねいな対応が可能になる。また、顧客の顔が見える仕事であれば、障害のある従業員にとっても「自分の仕事がだれかの役に立っている」ことを実感しやすい。その実感こそが、モチベーションを生み、職場への定着や成長にもつながっていく。そうした透明性と信頼感が、植村牧場というブランドへの地域の共感を育んできた。植村牧場に併設されたレストラン「いちづ」は映画監督の河かわ瀬せ直なお美みさんが命名し、その看板を手がけたのは書道家の紫し舟しゅうさんである。こうした著名人だけでなく、地域が自然と植村牧場の応援団にかかわっていることが、こうした「顔の見える関係」を大切にしてきた植村牧場の価値を物語っているように感じることができた。 「顔の見える」仕事のあり方は、規模の大小にかかわらず、どの企業にとっても参考になる姿勢である。障害者雇用の導入を検討する企業には、まずは自社の職場において「だれがどんな仕事をしているのかが見えているか」、「顧客や関係者と顔の見える関係が築けているか」という観点をもってみてほしい。そうすることで、単なる労働力の補填ではない、個人の強みや関心を活かした仕事のマッチングが可能になるものと考える。 順調と思われる植村牧場での障害者雇新たな挑戦らためてそうした視点の重要性について取材を通して認識することができた。 植村牧場では、「みんなの顔が見える範囲で仕事をする」ことが、仕事のあり方の根幹として大切にされている。それは、4代目の黒瀬礼子さんの祖父が残した教えでもある。従業員の顔が見えるからこそ、だれがどの仕事をになっているのかが自然と共有され、責任が生まれ、同時にその人にしかできない「自分の仕事」として誇りも芽生えていく。これは、障害の有無にかかわらず、だれにとっても働く喜びを実感できる重要な視点だ。障害者雇用というと、「だれでもできる簡単な作業を切り出して担当してもらう」というイメージをもつ企業もあるかもしれない。しかし、植村牧場では「障害者でもできる仕事」ではなく、「その人だからこそになえる仕事」がつくられている。その理由は、日々一緒に働くなかで、「その人の顔」がしっかりと見えているからにほかならない。「顔の見える範囲で仕事をする」ということは、ただ小規模であることを意味するのではない。それは、人と人との関係性が見え、業務と担当者が結びつき、顧客の顔までが見える距離であるということだ。例えば、配達でトラブルがあったときにも、「だれが担当していたのか」、「どのようなやりとりだったのか」が具体顔の見える仕事が生む価値れらは大切な視点だ。しかし、植村牧場のように、作業効率とは異なる尺度で、働く人の力が活かされている場面もある。 レストラン「いちづ」では、あえてキャッシュレス決済を導入していない。その理由は、現金会計なら落ちついて対応できる従業員がいるからだ。機械ではなくお客さまの目を見て、ていねいに「ありがとうございました」と頭を下げる従業員。黒瀬さんは「看板娘のこの子の接客をみて、また来たいと思ってくださるお客さまもいる」と語る。「いちづ」での接客だけでなく、植村牧場の業務では随所でこうした「ていねいさ」を感じ取ることができた。このように、障害のある従業員が発揮する「ていねいさ」や「まじめさ」は、ただの作業能力ではなく、顧客との関係づくりや企業イメージの向上にもつながる可能性を秘めている。とりわけサービス業では、その対応が「また来たい」という顧客の感情に直結する。効率化が重視される現代において、ていねいに仕事をすることは、むしろ希少価値になりつつある。AIや自動化が進んでも、人と人との「ていねいなかかわり」を求める場面は必ず残る。障害者雇用は、そうした「人間らしい価値」を再発見する機会にもなりうるのだ。 効率化だけが企業の成長を支えるのではなく、ていねいな仕事と、ていねいに働く人の姿勢が、顧客の心に残り、企業の信頼やブランド価値を築いていく。あ敷地内のレストラン「いちづ」「いちづ」では、障害のある従業員が看板娘として活躍している働く広場 2025.924
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