働く広場2025年9月号
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改善につながる可能性を秘めていると思うので、がんばっていきますよ」とその決意を聞くことができた。  取材を通して感じたのは、黒瀬さんが「障害者雇用」という枠組みで人をみていないということだ。「福祉としての支援が必要なら、福祉の作業場に行けばいい。私は福祉のためなんて立派な考えはないんよ。ただただ、任された仕事をていねいに、しっかりやってくれればいい。それが仕事というもんでしょ」と黒瀬さんは語る。障害があるからと特別扱いするのではなく、「仕事をする一人」として向き合う。「叱ることもあるし、喧嘩することもある。でも、それは障害があるからではなく、対等な仕事仲間として接しているからこそだと思っています。社長の私が怒ると一番怖いっていわれていますけどね…」と語る黒瀬さんのその姿勢は、厳しくも温かい信頼の表れと感じ取れた。 現在、多くの業種で深刻な人手不足が続いている。特に中小企業や第一次産業、サービス業などでは、「仕事はあるのに人がいない」という声が後を絶たない。このような状況において、障害者雇用は単なる社会貢献にとどまらず、企業の人材戦略として有効な選択肢となりうることが今回の取材を通して得られた結論である。植村牧場がそうであったように、「人まとめ用であるが、黒瀬さんは新たな課題も出てきているという。そのうちの一つがこれまで雇用してきた従業員の高齢化問題である。加齢による処理能力の低下や、判断能力の低下など高齢化は業務にも影響を及ぼすようになってきている。黒瀬さんは「彼らが働きたいと望むかぎり、雇用を続けていきたい」と語るが、両親が他界してしまっている従業員などの場合、施設入所も含め「老後」をどう考えるのかということは大きな課題であるという。こうした側面については、やはり企業の努力だけでなく行政とも協力して検討を進めていく必要があるものと考える。 また、黒瀬さんはこれまで知的障害のある人を中心に雇用してきたが、こうした高齢化の問題と継続する人手不足の課題を受けて、地域の障害者就業・生活支援センターと協力して精神障害や発達障害のある人の雇用にも取り組み始めている。障害特性の違いにより、新たに従業員同士の人間関係からくるトラブルや、金銭的なトラブルなど知的障害のある人の雇用では経験したことのない問題や課題に直面しているとのこと。しかし、最近では牧場の生活にも慣れてきたことで、トラブルも少しずつ減少してきているそう。「悩みは尽きないですよ。でも、その都度向き合う姿勢はいままでと一緒だし、異なる特性をもつ人たちを受け入れることでみえてくる新しい側面もあります。突き詰めれば、働きやすい環境へのが足りない」という課題に直面したときこそ、障害のある人の力に目を向けてほしい。もちろん、はじめからすべてがうまくいくわけではない。理解不足や戸惑い、コミュニケーションのむずかしさに直面することもあるだろう。しかし、それらを乗り越えるなかで、職場には新しい視点や協働のかたちが育まれていく。 その際に重要となることは、障害のある人を「支援される存在」としてみるのではなく、「ともに働く仲間」として迎え入れることである。そうすることで、企業は新たな人材を得るだけでなく、職場の風土そのものが豊かになると考える。実際、障害のある従業員を受け入れた企業からは、「職場の雰囲気がよくなった」、「従業員同士が互いに思いやるようになった」といった声も多く聞かれる。人手不足に悩む企業にこそ、いまこそ障害者雇用の可能性をみつめ直してほしい。ていねいな業務の切り出しや、少しの工夫と柔軟な発想があれば、多くの現場で障害のある人の力を活かすことができる。その一歩が、企業の未来を支える人材確保と、組織全体の価値向上、多様性を尊重する持続可能な社会づくりにつながっていく。 帰り際にいただいた、レストラン「いちづ」おすすめの植村牛乳を使用したクリームコロッケは、繊細で、そしてやさしい味がした。そこにも、植村牧場らしいていねいな仕事が込められていた。「いちづ」の人気メニューの「ミックスランチ」。右側がクリームコロッケ働く広場 2025.925

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