働く広場2026年3月号
23/36

した。「よい就職につながるからパソコンを勉強しなさい」と先生にいわれて努力を続けたという話も、とても印象に残っています。伊藤 横田さんは、就労移行支援事業所から2020(令和2)年に中途で採用しました。入社後は企画部のサポート業務を担当し、体調が思うようにならない時期を乗り越えながら、コツコツとキャリアを積み重ねてきました。気がつけばいつも私の身近にいて、社長室の隣で働いてくれている、そんな存在になっていました。第1部の話を聞いて、あらためて「よくここまでやってきてくれたな」という感慨がありました。松爲 お二人とも、「継続して努力する力」を感じて採用し、その後の成長を見てこられたのですね。一方で、人間関係やコミュニケーションに関する課題もお聞きしました。佐々木さんの場合、同年代との関係がむずかしかったというお話もありましたが、その点はいかがですか?川田 そうですね。佐々木さんは、同年代の人たちとの「打ち解けた会話」が苦手だと話していました。軽い冗談のつもりでいわれたことに、つい強い口調で返してしまい相手を傷つける。そして本人もあとから反省して落ち込む。学生時代からそのくり返しで、入社後も同年代の社員との距離の取り方に悩んできたようです。松爲 そうした課題には、会社としてどのように向き合ってこられたのでしょうか?川田 人間関係は一朝一夕に解決できるものではないので、まずは〝話し合える場〟をつくることから始めました。佐々木さんと、身近なリーダー、私の三者で定期的に話し合う時間を設けて、どの場面でつまずいたのか、どう伝えればお互いにとってよかったのかをふり返るようにしています。人数が少ない会社ですから、部署を変えて解決、というわけにもいきません。だからこそ、職場全体で人間関係を少しずつ調整していくスタイルをとっています。2.障害者雇用につながるダイバーシティ経営松爲 続いて、ダイバーシティ経営のスタート地点についておうかがいします。栄和産業では、まず外国人雇用から始まり、そこから障害者雇用に広がっていったと聞いています。伊藤 はい。最初はダイバーシティという言葉も知りませんでした。ただ、その萌ほう芽がは私が高校1年生のころ、父が人手不足を背景にインドシナ難民定住促進センターからカンボジア人を受け入れたことにありました。当時は「きつい・汚い・危険」といわれる3K職場のイメージがあり、日本人の人材が集まりにくい状況でした。そんななかで、英語と片言の日本語を交えながら会話し、彼らとテレビゲームで一緒に楽しんでいるうちに、「言語は違ってもコミュニケーションはできる」という実感を得ました。そのお二人はいまも当社で働いてくれています。もし最初の出会いでコミュニケーションがとれなかったら、当社はいまでも日本人やエクセルの資格を取るほどパソコンの勉強に打ち込んでいた、という点でした。定時制高校で皆勤というのは本当に大変なことですから、継続して努力できる人なんだろうなと強く感じま座談会参加者のみなさま。左から株式会社栄和産業代表取締役の伊藤正貴さん、株式会社栄和産業企画部副主任の横田博之さん、松爲信雄委員、有限会社川田製作所で生産管理・管理業務をになう佐々木彩花さん、有限会社川田製作所代表取締役の川田俊介さん働く広場 2026.321

元のページ  ../index.html#23

このブックを見る