働く広場2026年3月号
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だけの会社だったかもしれません。松爲 障害者雇用にふみ出したきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?伊藤 事業規模が大きくなるなかで、法定雇用率と障害者雇用納付金の問題が現実味を帯びてきました。最初は『納付金を払ったほうが安いのではないか』と考えてしまうほど、うまくいかない時期もありました。そんなときに、がんの手術を受けた社員が身体障害者手帳を取得し、社内に障害者雇用の当事者が生まれたのです。制度ではなく〝人〟を見ることの重要性に気づきました。しかし、 やがてその方が退職してしまい、〝やはりこのままではダメだ〟と痛感しました。 そこから、特別支援学校などと連携して実習生を受け入れるようになり、2週間の実習を重ねるなかで、〝この仕事ならできる〟、〝この子にはこういう強みがある〟などといった、実習を受け入れる企業としての視点が蓄積されていきました。いまでは13校とつながりができました。松爲 一方、川田製作所では、かなり早い時期から障害のある社員とともに働いてこられたとうかがいました。川田 はい。当社の場合は、1975(昭和50)年に先代である父が聴覚障害のある方を採用したのが出発点です。きっかけは、施設の職員さんが『当施設の利用者に仕事の場を』と相談に来られたことでした。当時、高度経済成長期で人手不足の時代でしたから、〝まずは一度一緒に働いてみよう〟ということで受け入れたと父から聞いています。結果として、その方は仕事ぶりもまじめで、周囲の社員からも信頼されました。そこから少しずつ聴覚障害のある社員が増え、私が入社したころには、社内に障害のある方がいることがあたり前になっていました。当時は「障害者雇用を進めている」という意識は正直あまりありませんでした。むしろ、障害の有無に関係なく、社員として活躍してもらう、という考え方で人材を受け入れてきたのが実情です。その姿勢を続けるなかで、結果として障害のある社員が力を発揮し、職場に根づいていきました。このスタンスは、障害のある社員にかぎらず、すべての社員一人ひとりの活躍につながっていると感じています。3.配慮と戦力化のバランス松爲 お二人のお話をうかがっていると、〝福祉としての雇用〟ではなく、〝労働者としての戦力化〟という視点を強く感じます。その一方で、障害特性に応じた配慮も欠かせません。どのようにバランスをとっておられるのでしょうか?伊藤 私はよく「当社は福祉事業をやっているわけではない」といいます。労働者として採用する以上、障害があってもなくても同じように昇給・昇進のルールが適用されますし、一定の水準に達していなければ採用できないこともあります。その意味では、トライアル雇用(※2)の段階で基準を明確にすることが重要です。例えば「3カ月後に、1時間あたりこれだけの個数ができるようになったら、正式採用」といった目標を、本人と会社で共有してスタートします。 そのうえで、配慮の中身を具体的に考えます。漢字が読めない社員がいれ※2 障害者のトライアル雇用については、厚生労働省ホームページをご覧ください。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/shougai_trial.html制度ではなく“人”を見ることの重要性を語る栄和産業の伊藤さんスムーズな進行で司会を務める松爲委員“障害の有無に関係なく活躍してもらう”と話す川田製作所の川田さん22

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