編集委員が行く ビジネスパートナーとの連携による新規事業の創出と人材育成への取組み 株式会社かんでんエルハート(大阪府) トヨタループス株式会社 管理部次長 金井渉 取材先データ 株式会社かんでんエルハート 〒559-0023 大阪府大阪市住之江区泉1-1-110-58 TEL 06-6686-6874 FAX 06-6684-2132 https://www.klh.co.jp 金井(かない)渉(わたる) 編集委員から  株式会社かんでんエルハートは、さまざまな困難な状況を乗り越えてきた経験を活かし、次の時代へつなげていくという、温故知新の精神を大切にする会社である。  障がい者の適性に合う仕事を見つけるむずかしさは、多くの企業でも経験されているはずであるが、同社での長年の経験のなかで辿り着いた「パートナーとの連携」による事業創出手法と、人材育成の取組みを紹介する。 Keyword:知的障害、連携、協業、PCリファービッシュ、被服管理、電線リサイクル、研修、技能競技 POINT 1 「パートナーとの連携」による新規事業の創出 2 社内技能競技会「エルハート甲子園」を毎年開催 3 オリジナルの研修で従業員を育成  大阪府大阪市に本社を置く、株式会社かんでんエルハート(以下、「エルハート」)は多様な障がいのある人が仕事を通じて輝くことを目ざす特例子会社である。今回の取材ではエルハート代表取締役社長の西井(にしい)洋(よう)さん、ビジネスアシストセンターグループ長の上林(うえばやし)康典(やすのり)さんをはじめとする多くの方に協力いただき、お話をうかがった。 会社概要  エルハートの親会社である関西電力株式会社(以下、「関西電力」)(大阪府)や、関西電力のグループ企業である関西電力送配電株式会社(大阪府)は、発電・送配電といった事業性格上、障がい者が安全に働ける場は事務的職場に限られており、障がい者雇用が進まない状況にあった。また、関西電力の本社がある大阪市も、地域雇用が進まないことについて課題意識を持っていたため、関西電力・大阪府・大阪市の出資のもと「あらゆる障がいのある従業員が活躍できる」会社を目ざして、1993(平成5)年にエルハートが設立された。従業員数は172人、障がいのある従業員は116人(2024〈令和6〉年4月)で、関西地区に複数の拠点を構えている。  社名のエルハートには「Live」、「Life」、「Labor」、「Largeness」、「Lead」、「Light」の六つのLと「人間はハート(心)が一番大切」という思いが込められている。  設立当初は、印刷や物品販売などの受注業務が主力であり、そのほか花の栽培・花壇管理や社内郵便物の集配・仕分けなどを行ってきた。  開業から17年間は、順調に業務を拡大していったが、2011年にこれまでの事業基盤を揺るがす大きなできごとが起きた。東日本大震災である。これにより、親会社の経営環境が悪化して受注業務が激減した。  以降は事務補助や清掃など、安定的・継続的な受託業務を開拓していったが、2020年には新型コロナウイルス感染拡大の影響によるリモートワークが進み、またしても印刷や清掃、社内郵便といった既存業務が減少した。  さらには法定雇用率の将来的な引上げに対応するため、これからの軸となる新たな業務創出が経営上の重要課題となっていった。 事業紹介 PCリファービッシュ(使用済みパソコンの再生、販売)  ただ、そうはいっても障がいのある従業員にマッチした業務を見つけることは、容易なことではなかった。  これまでの主力業務だった印刷や社内郵便、清掃は、ペーパーレス化、在宅勤務、IT化が進むなかでは規模縮小が自然の流れであり、逆にこれまでかかわったことのない領域の業務となると、多能工で難易度の高い業務が多いため適性が合いがたく、また安定的な事業運営を鑑みると、この先10年は続くと予測できる業務が望ましかった。  そのような状況のなかで、使用済みパソコン(以下、「PC」)の再生・販売を行う事業で起業したばかりの関西電力のベンチャー企業である、株式会社ポンデテック(以下、「ポンデテック」)がPC再生作業要員を探していることを知った。  IT機器にかかわる業務のため今後の業務拡大に相応しい分野であるが、懸念点は作業ノウハウ、業務難易度、障がいのある従業員とのマッチングであった。  しかしながら、その懸念は作業現場の見学や再生作業のトライ、ポンデテックとの協議を重ねるなかで払拭されていくことになった。その最大の理由が、エルハートにはこれまでなかった「パートナー(ポンデテック)との連携による事業の構築」ができたことであった。このパートナー連携による仕事の仕組みとは、まずエルハートはITスキルが不要で、障がいのある従業員が得意とするていねいなくり返し作業を担当する。  次に、ITスキルが必要な作業でも、できる作業であればエルハートが行うが、高度なITスキルが必要と判断した作業はポンデテックが行う。  またポンデテックでツール開発を進めてもらい単純化ができた作業や、ポンデテックのサポートがあればできる作業はエルハートが行う。  さらに最初はできなかった作業でも、エルハート従業員のITスキルアップや適性人材の配置により実施可能になれば、ポンデテックから作業移管を行うという、お互いが協力しながら、それぞれの得意分野を活かした、柔軟な両社協業によるビジネススキームである。  実際にエルハートが担当する作業は、@PCの埃(ほこり)払い、汚れ落とし、拭きあげ、きずの確認などの軽作業、AメモリーとSSDの増設・交換、Bキーボードなどの動作確認、Cシリアルナンバー入力、Dシステム不具合チェックといった内容である。  実際の作業を見学させてもらったが、基本的にIT知識は不要であり、@Aは機種ごとに作業方法が異なることもあるが回数を重ねることで習得可能、BCDはシステムによる自動判定・自動入力化で作業がシンプルになっていた。  見学するまでは、勝手な想像で難易度が高く、精神・発達障がいのある人に向いた作業と思っていたが、この作業内容であれば多様な障がいのある人が行えると思った。  また実際には、知的障がいのある従業員が多く作業していた。  ただ、それでも当初はむずかしい作業が存在し、また複数の工程があるため育成にも多くの時間を要し、この業務の受託をあきらめかけたことがあった。  そういったときには、作業方法の見直しやマニュアル化を図りながら粘り強く教え、ポンデテックと幾度も協議を重ね、サポートを受けながら一つずつ問題を解決していった。  現在ではPCリファービッシュ事業は安定的に作業を進めることができ、さらなる拡大を目ざしているとのことだが、この事業が成功した背景は両社が同じ思いを抱いていたからであり、だからこそ壁にぶつかってもお互いに協力して克服することができたのだと感じた。  それは「ビジネス」として成功させたいという思いである。  エルハートとしては、既存業務の売上げが減るなかで、新たな業務創出が必要で、ポンデテックは使用済みPCの再生販売を目的に立ち上げた企業のため、作業要員の確保は重要課題であった。  エルハートは新規事業を検討する際、ニーズがある、採算が合う、輝ける(成長)という点を重要視しており、ポンデテックも子どものICT教育の分野などで安価なPCを望む声や、電子ゴミ(廃棄されるPC)の削減といった社会ニーズに応えることを会社の使命としており、そのためには収益を維持しながら発展することが必要と考えていた。  そうした思いで、両社が同じ方向を向いて、あきらめずに課題を克服していきながら事業を軌道に乗せることができたのだ。  また現在では、エルハートだけでなく、ほかの障がい者雇用を進める企業もPCリファービッシュ事業に参画している。  複数の企業が入ることにより、各企業にて使用済みPCを調達できるだけでなく、将来的には、参加企業間で使用済みPCをシェアすることで、各社の仕事が安定的に確保できる仕組みをつくっていきたいと考えている。 作業を担当する従業員へのインタビュー 山荘(やまじょう)学(まなぶ)さん  メインは埃取りや汚れ落としなどの清掃です。作業のむずかしいところは、目では見えにくい埃を取ることです。取れる汚れと取れない汚れがあるので判断に悩むことがありますが、仕事はやりがいがあり、楽しく作業をしています。 射場(いば)南侑(みゆう)さん  さまざまな作業を任せてもらっていますが、おもに電源アダプターの清掃、作業実績の入力をしています。たいへんだと思うことは電源アダプターを数えることです。  最初は慣れずに苦労することもありましたが、わからないことは工夫をしたり周りの人に聞いてできるようになっていきました。  またPCの勉強もしたので、いまでは得意な作業だと思っています。 被服管理  パートナーとの連携により成功した事例をさらに二つほど紹介する。  関西電力グループ会社では、以前は被服の調達や在庫管理、従業員への個別配布、回収をすべて自社で実施していたが、たいへんな手間を要し、また、在庫過不足が発生する、タイムリーに被服を貸与できないなどといった課題も抱えていた。  一方、エルハートは被服管理業務のノウハウはあったものの、デザイン、機能性や価格などをふまえた被服を調達するノウハウはなかった。  そこで、アパレル業者とパートナーシップを組み、被服の調達から在庫管理、配布、回収まで一元管理する提案をグループ会社に行った結果、見事、業務を受託するに至った。  現在では、被服の在庫過不足も解消し、事務処理負担も軽減されたことで、お客さまの信頼を獲得している。 作業を担当する従業員へのインタビュー 吉田(よしだ)晟子(せいこ)さん  被服の発送業務にたずさわり3年目です。現在は作業リーダーを担当しています。  ほかのメンバーに教えるとき、最初はうまくいかなくても、やり方を工夫することで連携がとれて、できることが増えてきたときは楽しくてやりがいを感じます。  これからも新しい作業メンバーが来たときには、仕事を教えて一緒に働くことができるようになりたいです。 電線リサイクル  エルハートは、関西電力送配電株式会社から老朽化などで取替えとなった電線ケーブルを買い取り、その中の銅などをリサイクルする業務も行っている。  取り出した銅は電線メーカーに売却するのだが、それには塩化ビニールなどの被覆を剥く必要がある。  この電線リサイクル業務は機械を扱うため、安全配慮と重量物を持ち運ぶ体力が必要となるが、基本的には反復定型作業のため、重度の知的障がいのある人も活躍が可能である。  ただこの業務もエルハートだけでは対応できない工程があった。電線の運搬、保管、売却仲介といった領域であった。さらには保管されてる銅線も3mと、かなりの重量と長さがあるため取り扱うにも骨が折れる作業であった。  そこで、専門業者とパートナーシップを組み、運搬・保管・売却工程は専門業者に委ね、さらに前工程で長さを1m程度にまでカットしてもらい、障がいのある従業員でも作業しやすい事業形態とした。 ●●●  自社単独では業務遂行が困難なため、断念するケースは一般的にも多く存在するはずである。遂行できない作業領域を他社との連携で実現する事業形態は、その事業を取り巻くさまざまな状況により実現の可否が決まるところが大きいが、障がいのある人の業務拡大の一つの手法になるのでは、と感じた次第である。 花壇管理・栽培  パートナーとの連携ではないが、作業しやすいように工夫した業務改善事例を紹介する。  エルハートには園芸部門があり、関西電力などの各事業所の花壇管理を行っている。また植えるための花の栽培も行っている。栽培のむずかしい点は、自然と向き合う業務のため、花の状態を適宜判断し、同じ作業でも実施方法を変える必要があることだ。  その典型が水やりである。そのときの花や土の状態を把握し、気温や天気などの環境の影響も考慮したうえで、水やりのタイミングや量を決める。当初は、そういったむずかしい判断が必要な業務は、すべて障がいのない作業責任者が行っていた。  しかしそれでは障がい者雇用につながらず、サポートや育成の時間捻出ができなくなることから、試行錯誤の末にたどり着いたのが次の方法である。  水やりの有無や水量判断はこれまで通り作業責任者が行うが、水やり作業はメトロノームと水量計を利用し、水量があらかじめ調節されたホースのノズルを、メトロノームのリズムに合わせて決められた方法で動かすことで、だれでも迷うことなく定量の水やりができる方法を考案し、障がいのある従業員の業務を増やしていった。  花壇での作業でも工夫が凝らされている。植えつけのむずかしい点は植える位置を適切に把握することである。位置がずれると見た目が綺麗ではない花壇になってしまう。  そこで植えつけする花壇の土の上に、等間隔に印が入った手製の棒(目安棒)をあらかじめ置くようにした。あとは印を目安にして花を植えていけば、綺麗な花壇が完成するといった具合だ。  だれもが作業できるような改善が随所に見られ、感心した次第であった。 従業員の育成  ここまでは各業務の取組みを紹介したが、取組みが成功した背景には、人材育成による従業員の課題解決能力や作業遂行能力の向上がある。  エルハートでは多くの、そしてオリジナリティあふれる研修がある。規律遵守・ビジネスマナーなどの基礎研修、障がい者の特性理解や援助者・指導者を養成する障がい者サポート研修、役職者向けのマネジメント強化やスキルアップ向上を目的とした階層別研修などである。  特に、役職者・指導者向けのロジカルシンキング研修やクリティカルシンキング研修では課題解決の方法を身につける。  実際の業務を題材にする、「業務改善チャレンジ会議」は、その名の通りPDCAを回して、1年かけて実業務の改善を図る研修プログラムで、実践的に、改善の手法や意識を学ぶカリキュラムとなっている。  社内ベンチマーク研修は現場指導員が他職場に赴き、新たな気づきや学びを得て自らの職場改善に役立てている。 エルハート甲子園  障がいのある従業員向けの研修のなかで特徴的なのが「エルハート甲子園」である。  内容は技能競技会に近い。障がい者の技能競技会といえばアビリンピックをもちろん思い浮かべるが、始めたきっかけは、そのアビリンピックに参加するために社内で選手を選抜することであった。  そうして始まったエルハート甲子園だが、アビリンピック種目にはない業務が社内で存在すること、種目と同じ業務はあるが作業内容が異なる、といったことからエルハートの業務に即した競技を独自で開発していった。  初開催から10年目の現在では、規模も拡大しており、管理間接部門を除くすべての部門ごとに競技を行っている。  また個人戦にすると毎年の優勝者が同じになりやすいため、チーム戦にして、メンバーシップやコミュニケーションも採点基準としている。  従業員の技能とモチベーションの向上につながっていることはいうまでもないが、仕事のくせが競技会でわかるため、本人にフィードバックして、指導や今後の目標設定にも役立てられている。 西井さんのコメント  最後に関西電力から出向し、2021年にエルハート代表取締役に就任された西井洋さんのコメントを紹介する。  「関西電力では、おもに人事労務の業務を担当しました。なかでも従業員の育成や働き方改革にかかわる仕事にたずさわってきたこともあり、エルハートでも従業員の成長や働きやすさを高めることに力を入れてきました。  ロジカルシンキングによる業務改善を進める風土づくり、柔軟な勤務制度の導入や福祉との連携などです。  経営を進めるにあたり、たびたびエルハートの過去の失敗や成功事例、先代の経営者の思いをふり返りながら、自分が進めようとしている方向性が正しいだろうか、と自問自答するように心がけています」  今回、多くの現場と従業員の方への取材を行ったが、西井さんの考えと方針は、各業務に形となって表れており、また従業員への思いも、みなさんの笑顔や働く姿から、しっかり伝わっていると感じた。  これからもエルハートが、多くの障がい者の活躍の場を広げ、社会に役立つ会社として発展していくことを期待する。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、金井渉委員の意向により「障がい」としています 写真のキャプション 株式会社かんでんエルハート本社 株式会社かんでんエルハート代表取締役社長の西井洋さん (写真提供:株式会社かんでんエルハート) ビジネスアシストセンターでグループ長を務める上林康典さん PCリファービッシュ事業。外装の清掃作業の様子 メモリーとSSDの増設・交換作業 専用システムを利用したパソコンの動作確認作業 PCリファービッシュ業務を担当する山荘学さん PCリファービッシュ業務を担当する射場南侑さん 被服のピッキング・発送作業の様子 被服の発送業務を担当する吉田晟子さん 電線リサイクル業務、被覆剥ぎ作業の様子 電線は1m程度にカットされ搬入される 植えつけ作業のデモンストレーション。等間隔に印が入った目安棒をガイドに作業を進める 水量計やメトロノームを活用した潅水(かんすい)作業。胸ポケットにメトロノームが見える (写真提供:株式会社かんでんエルハート) エルハート甲子園の園芸部門。3人1組で植栽作業を競う (写真提供:株式会社かんでんエルハート)