エッセイ 障がいのある人が働きやすくなるヒントと考え方 第1回 お金のありがたみと金融リテラシー 放送作家・ライター 姫路(ひめじ)まさのり  放送作家として、数多くのテレビ・ラジオ番組の制作をにない、ライターとして、新聞や雑誌、ウェブメディアで記事を執筆。同時に、ダウン症をはじめ、自閉症などの障がい、HIV・AIDSなどの支援事業にたずさわり、当事者の声を取材。執筆や講演活動を通し、その思いを伝える。  著書に『ダウン症で、幸せでした。〜10年追いかけて分かった幸福の秘密』(東京ニュース通信社・講談社、2025年)、『障がい者だからって、稼ぎがないと思うなよ。〜ソーシャルファームという希望』(新潮社、2020年)などがある。 放送作家として感じたあたり前の疑問  私は多くの読者のみなさんのように、障がい福祉・雇用の世界に身を置く人間ではありません。「放送作家」という、これまた他人に説明するのがむずかしい仕事を25年ほど続けています。親さえも息子がどんな仕事をしているか、あまり理解していません……。  それでも、障がいに関する本を3冊も書かせていただき、ご家族や作業所なども数多く取材させていただきました。そんななか、福祉と直接関係のない自分だからこそ“あたり前の疑問”にぶつかることも多かったのです。  「なぜ工賃といういい方をするの?」、「なぜこれほど金額が安いの?」  あるとき、そんな自分の考えと同じ疑問を持つ人物と出会いました。それが、京都府舞鶴市にあるフレンチレストラン「ほのぼの屋」の支配人・西澤(にしざわ)(心しん)さんです。  年間1万人以上が訪れるこのお店は、西澤さんが“工賃”の少なさに疑問を感じ、仲間たちとつくった理想の場所です。知的・精神・身体障がいのある20〜70代の約20人が、接客や調理、掃除などを担当。そして、開業時から今日まで「開店前の店内準備に、職員が立ち会わない」という決まりがあります。  障がいのある人たちだけが、予約状況をみながらその日の準備を取りつくろうのです。訪れた人のほとんどは、「どこに障がいのある方がいるの?」と首をかしげるほど、だれもが自分から進んで作業をこなしていきます。 2万円で仕事ぶりが変わる!ほのぼの屋  そんな「ほのぼの屋」で、働くだれもが口にする言葉があります。  「2万円で仕事ぶりが変わる。5万円で生活が変わる。8万円で未来が変わる。10万円で働き方が変わる」  実際に給料で初めてジーパンを買った人は、身だしなみや清潔感に気をつけるようになり、外出する機会も増えるなど、生活圏や人生観が変化していきました。「5万円」を節目として生活の幅が広がり、「8万円」を超えると結婚・一人暮らしと人生の展望を語る余裕が生まれ、大台の「10万円」に辿り着くと、“お金を貰(もら)っている責任”から、お客さまのために働くという考えが生まれ始めたのです。  開業から10年を迎えた際、ある常連客がこういいました。「10年も経つのに、店のグラスにはホコリ一つない」と。グラスを磨いていたのは精神疾患のある男性職員でした。彼は、こう答えました。「グラスの向こうに、お客さまの笑顔がみえるんです」。そして「これが、ほのぼの屋ではあたり前ですから」と微笑みました。 給料明細を宝物のように保管する女性  もう一人、私が出会ったのは、一般就労で30年近く働いていたダウン症のある50代の女性でした。彼女は働き出してからずっと、いただいた給料の明細を、すべて大切に金庫に保管していたのです。「今月もがんばって働いた。来月もがんばって働こう」と、自分自身にいい聞かせるように、感謝の言葉とともに、明細を整理するその所作を、私は固唾を飲んで眺めていました。  紹介した二人は、だれよりも働くことを尊いと思い、働くことに感謝の念を持ち続けているのだと、心の底から感じました。 障がいのある方に必要な金融教育とは?  金融リテラシーなる言葉が飛び交うなか、障がいのある人を対象にした金融教室も見受けられるようになりました。ただ、例えば、知的障がい者向けの内容は、お釣りの数え方や買い物体験、キャッシュレス決済にお金の管理術など、「スキル」に関する講座が多いように感じられます。でも、本当に必要なのは「お金のありがたみ」を教えることだと思うのです。私は、先ほどの二人から、お金の大切さを何よりも強く学ばされました。二人の働く姿が、いまも目に焼きついて離れません。そんな当事者の姿を伝えることが、何よりの「金融教育」ではないでしょうか? ★本誌では通常「障害」と表記しますが、姫路まさのりさんのご意向により「障がい」としています