研究開発レポート 「実行機能」の視点を用いた効果的なアセスメント及び支援に関する研究 障害者職業総合センター研究部門 障害者支援部門 1 はじめに  「実行機能」とは、ある目標を達成するために思考と行動を調整する認知機能のことです。実行機能に困難があると、職場では、仕事の手はずや段取りが悪い、時間内・期限内に仕事を終えられない、といった課題が生じることが想定されます。本調査研究は、実行機能に困難のある対象者への効果的なアセスメント方法及び効果的な支援(介入)のポイントを明らかにする目的で実施しました。本稿では、その研究成果の一部についてご紹介します。  なお、本調査研究では実行機能の下位項目を、抑制、シフト、情緒のコントロール、セルフモニタ、開始、ワーキングメモリ、計画・組織化、タスクモニタ、道具の整理の九つと定義しました。図1では、実行機能の九つの下位項目ごとに、職場で見られる具体的な困難(状態像)を示しています。 2 実行機能に困難のある対象者の支援事例に関するアンケート調査  実行機能に困難のある対象者への支援実施状況等を把握することを目的とし、全国の地域及び広域障害者職業センター等を対象としたアンケート調査を、2023(令和5)年に実施しました。実行機能に困難のある対象者について、98.2%の地域障害者職業センター等で支援経験があり、105件の事例が得られました。 (1)対象者の特徴  事例の障害種類は、発達障害が約半数(47.6%)であり、高次脳機能障害(26.7%)、精神障害(24.8%)と続きました。また、対象者に生じていた困難について、実行機能の九つの下位項目を対応づけたところ、最も多かったのは「状況に応じて行動や考え方を柔軟に変えることができない(シフト)」と「感情的な反応を適切に調節することができない(情緒のコントロール)」(それぞれ56.2%)であり、半数以上の事例で選択されました(図1)。 (2)支援の傾向  対象者への支援内容について、支援の対象に注目して分類すると、本人への働きかけだけではなく、職場の環境調整や上司・同僚等の関係者への支援も行われていました。また、支援による対象者の課題の改善は、改善が見られない事例も一定数報告されたものの、約6割の事例において改善が見られました。 (3)対象者像の分類  対象者に生じていた困難の回答傾向の分析をもとに、事例を「行動・感情制御困難型」、「認知制御困難型」、「複合困難型」の三つの困難類型に分類しました。 3 実行機能に困難のある対象者への支援に関するフォーカスグループ・インタビュー  アンケート調査で分類した三つの困難類型別に、その支援方法や支援を実施する際の課題や効果について、その具体的なポイントを明らかにすることを目的として、障害者の就労支援の経験年数が10〜17年の障害者職業カウンセラー6名に対し120分間のフォーカスグループ・インタビューを実施しました。 (1)フォーカスグループ・インタビューの進め方  三つの困難類型に対応する三つのエピソード例を事前に提示しておき、どのようなかかわり、働きかけを行ったか、できるだけ具体的な内容と、その際着目したポイントや留意点について話してもらうように求めました。 (2)三つのエピソード例ごとの支援のポイント(図2) ア エピソード例1(行動・感情制御困難型)  このエピソード例では、情緒的あるいは情動的・衝動的な行動や自己認識の困難が多くあげられました。支援者の対応としては、@自身の行動が他者にどう映り、どのような影響を与えるかについての「気づき」をうながし、本人のセルフモニタの機能に働きかけて望ましい行動を増やす介入と、A職場の人的・物的環境へ働きかける対応が行われていました。 イ エピソード例2(認知制御困難型)  このエピソード例では、目標設定や優先順位づけの困難からタスク過多・仕事の抱え込みが起き、進捗不良や叱責を契機にメンタルヘルス不調に至る例があがりました。支援者の対応は、学習・スキル獲得や補完手段の導入により、作業を自律的に遂行できるようにすることが中心でした。 ウ エピソード例3(複合困難型)  このエピソード例では、認知制御(例:時間の見積もりが立てられないことによる残業過多)と、行動・感情制御(例:指摘時の強い反応や責任転嫁)の両方に困難のあるケースがあげられました。また、地域障害者職業センター等のようなあらかじめ構造化された支援環境では見えなかった課題が就職後に顕在化しやすいという意見もありました。対応として、エピソード例1、2と同様に対応しつつ、重要度に基づいて優先順位をつけること等があげられました。また、若年で社会人としての経験が不足している場合は、特性への対処を行う前に社会人教育等の知識付与を行うことの必要性も提起されました。 エ 三つのエピソード例のまとめ  三つのエピソード例は、いずれも本人が事態を客観視できるかが重要で、支援者は状況説明等で「気づき」をうながし適応的な行動の獲得等を目ざしていました。本人による適応的な行動の獲得が困難な場合は、本人への働きかけに加え、職場環境の調整・構造化も行っていました。目的は「本人と周囲の困り感を減らし、気持ちよく働けるための行動を身につける」ことであり、本人への働きかけと職場環境調整等の比重は本人の認識の深まりに応じて変わっていました。  また、エピソード例1(行動・感情制御困難型)は周囲が先に「困る」ことが多く、まず本人にその事実への気づきをうながしていました。エピソード例2(認知制御困難型)は本人がおもに困っており一定の気づきがあるため、目の前の問題解決方略の獲得が課題となりました。エピソード例3(複合困難型)は両者の複合で、就業の心構えなど基本的で教育的な対応から始める場合がありました。 4 まとめ  本調査研究では、実行機能に困難のある対象者を三つの類型に分類し、類型ごとにアセスメントや支援(介入)のポイントを具体的に示しました。これらの結果は、対象者の行動をより正確に理解し、支援仮説を効率的に生成するためのツールとなると考えられます。より詳しい調査結果については、調査研究報告書178「『実行機能』の視点を用いた効果的なアセスメント及び支援に関する研究」(※)をご覧ください。 ※調査研究報告書No.178「『実行機能』の視点を用いた効果的なアセスメント及び支援に関する研究」は、以下のホームページでご覧になれます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku178.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室 (TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 図1 対象者に生じていた実行機能の困難と困難類型 n=105(%) 複合困難型 行動・感情制御困難型 認知制御困難型 事例の分類実行機能の困難 行動・感情制御 状況に応じて行動や考え方を柔軟に変えることができない(シフト) 56.2 感情的な反応を適切に調節することができない(情緒のコントロール) 56.2 自分の行動が他人に与える影響を認識することができない(セルフモニタ) 49.5 衝動をコントロールできない(抑制) 48.6 作業の実施中や終了後に、ミスがないか確認して評価することができない(タスクモニタ) 31.4 自発的に課題や活動を始めることができない(開始) 24.8 段階を踏んで作業を進めることができない(計画・組織化2) 23.8 作業を実施するための手順を事前に作成することができない(計画・組織化3) 23.8 仕事場を整頓し、作業に必要な道具を管理することができない(道具の整理) 22.9 作業を完了するために、情報を記憶することができない(ワーキングメモリ) 22.9 目標を設定することができない(計画・組織化1) 19.0 その他 10.5 注:事例の分類は「その他」を除いて実施しました。また、実行機能の困難は、「計画・組織化」を状態像別にさらに三つに分類して示しています。 図2 フォーカスグループ・インタビューのまとめ エピソード例1(行動・感情制御困難型) @本人の特性 ・感情や行動の抑制・シフトに課題 A支援者の対応 a)本人への働きかけ ・気づき(自己や自己の周囲の状況の理解)の促進 ・気づきに対応する行動の獲得 b)環境への働きかけ ・本人の状況を周囲が理解することを目指す ・対応策についても、場合によっては本人を交え共有 エピソード例2(認知制御困難型) @本人の特性 ・指示が覚えにくい ・計画的な行動が苦手 A支援者の対応 a)本人への働きかけ ・本人のスキル向上を目指す ・抽象的な指示等を具体的な行動に落とし込む練習やツールの活用 b)環境への働きかけ ・担当職員による声掛けやフィードバックを促す ・指示出しなどに際し、補完手段の活用を促す エピソード例3(複合困難型) @本人の特性 ・課題の背景に認知機能の困難 ・社会人の基礎がない A支援者の対応 a)本人への働きかけ ・適応的な行動の確立を目指し、淡々と根気強く接する ・社会人教育(知識付与)が有効である場合も b)環境への働きかけ ・目標とする行動や優先順位を明らかにする まとめ 客観視できているか→気づきを与える ・エピソード例1〜3は支援の当面の目標設定が異なる ・目指すところは、いずれも本人及び周囲の困り感の解消