この人を訪ねて 目の前の人のことを、正しく理解することから 手話通訳士 中野佐世子さん なかの さよこ 1960(昭和35)年東京生まれ。1989(平成元)年に手話通訳士の第1回認定試験に合格。1990年から2021(令和3)年まで「NHK手話ニュース」(1996年3月までの番組名は「きょうのニュース〜聴覚障害者のみなさんへ」)キャスター。現在は、障害者や高齢者との接し方などをテーマに大学の授業や企業研修で講師を務めている。近著に「ハッピー コミュニケーションのすすめ〜誰もが笑顔でいられる社会のために〜」やDVD「心のバリアフリーをめざして〜合理的配慮と職場のコミュニケーション〜」(株式会社自己啓発協会)監修・出演など(問合せはユニバーサルデザイン・ラボ「MOVE東京 中野佐世子」まで)。 高校時代からボランティア活動 ――手話通訳士として35年以上活躍してきた中野さんの、手話との出会いを教えてください。 中野 私の名前「佐世子」は、父が「世の中の助けになる人になってほしい」との願いを込め、補佐・助ける意味の「佐」と「世」を入れたそうです。そんなことをいわれて育った私は、小学1年生のクラスで、知的障害のある男の子と肢体不自由の女の子と一緒になりました。ベテランの担任教師の適切な指導のもとでともに過ごすうちに、将来は障害児にかかわる仕事がしたいと思うようになりました。  高校に入ってからボランティア活動で知的障害児施設に通うようになり、そこで初めて遊んだ子が、知的障害と聴覚障害のある重複障害児でした。彼と話がしたくて手話を学ぼうと思ったのですが、当時は市販の本がありません。通学途中に「全日本ろうあ連盟」の事務所があるのを見つけ、そこで1冊買って独学で手話を覚えました。  大学では本格的に手話を学ぼうと、大学や自治体のサークルに入り、毎日手話を使っていました。そのうちに他大学の授業のボランティア通訳も始めました。たとえ手話通訳がおぼつかなくても、必要としているろう者がいるならと、学生同士で通訳を派遣する仕組みもつくりました。指導してもらったろう者の結婚式では、言葉だけではなく、想いを届けることができる通訳の仕事に喜びを感じました。  一方、大学での専攻は障害児保育でしたので、卒業後は都内の保健所や児童館で心理相談員として働きました。サポートが必要と思われる子どもと親を対象にしたグループで、ここでは遊び方や接し方の指導をしました。現在は大学や専門学校で障害児保育の講義を行っています。 社会で手話が認められるまで ――「NHK手話ニュース」が始まったときから、手話通訳キャスターを務められてきましたね。 中野 私は1989(平成元)年の第1回手話通訳技能認定試験に合格し、翌年に始まったNHK「きょうのニュース〜聴覚障害者のみなさんへ」(現在の「NHK手話ニュース」)で手話ニュースキャスターを務めることになりました。  しかし、このころはまだ手話に対する理解が少なく、難聴の友人から「電車に乗ったら手話は使わないでね」といわれることもありました。ろう学校でも当時は、手話ではなく口話法(口の形を見て話を理解する方法)の指導が主流で、耳の聞こえる人たちに合わせて生きていくための教育を受けていました。  その後、NHK手話ニュースのほか「NHKみんなの手話」といった講座番組、さらに手話を使うシーンが登場するテレビドラマの影響もあって、社会的に手話が認知されるようになったと思います。小学校へ手話指導に行くと、子どもたちから「先生、手話できるの? かっこいいね!」といわれるようになり、これはとてもうれしい驚きでした。そして2011年には手話を言語と位置づける改正障害者基本法が成立し、公的にも認められました。  NHK手話ニュースのスタート時は、キャスター全員が私のように聞こえる人でしたが、2021(令和3)年に辞めるときには私以外は全員が聞こえない人たちになっていました。アナウンサーが使うプロンプターもありますし、だれかがタイミングを示してくれさえすればまったく問題はありません。昨年10月に開催されたデフリンピックの開閉会式で活躍した国際手話や、日本手話の通訳者も、すべて聞こえない人でした。みなさん、本当にすばらしい通訳でした。 聴覚障害をめぐる誤解も ――大学では、障害のある人をテーマに、どんなことを教えていらっしゃるのですか。 中野 幼稚園教諭や保育士を育成する大学では、助けを必要とする子どもたちとの接し方を、薬科大学では薬局などにおける障害者や高齢者との接し方などを指導しています。私たちが誤解していることもたくさんあり、それを正しく理解しておくことが大切だからです。  例えば高齢者が補聴器をつけていたら、普通に聞こえるのだと思ってしまいます。しかし、補聴器はマイクで周囲の音を集め、アンプで音を大きくし、スピーカーから耳へ届ける器械ですので、機能差はありますが、雑音まで拾ってしまいがちです。ですから、装着しただけでは目の前の人の声をクリアに聞くことはできないのです。より聞こえやすくするためには、環境を整えてください。ドアを閉めてBGMを消し、エアコンの音も拾わない静かな場所なら聞こえやすくなります。そして必ず相手の目を見て、声を届けようと意識してください。  聴覚障害は、みなさんが思っているよりずっと重い障害です。先天性の方は、まず言語の獲得に苦労します。例えば3歳の子でも「お姉ちゃんがたたいた」、「お姉ちゃんにたたかれた」と自然にいえるのは聞こえているからです。聞こえない人は「が」、「に」の使い方などから学ばなければなりません。発語も大きな課題です。「あかさたな」の舌の使い方を教えるためにスプーンを使用したり、ときには口の中に指を入れて、舌の位置を体得させるのです。ただ音が聞こえないという問題ではないことを、学生たちに伝えています。  また、同じ聴覚障害でも、いつ失聴したかによって手話通訳の方法は違ってきます。言葉を覚える前に失聴した方たちが使う日本手話は「私、遊びに行った、京都、先週」という語順になり、ここにうなずきや眉の上げ下げなどの文法が入ります。中途失聴の方たちは通常の日本語順での表現を求めることが多く、これは日本語対応手話などと呼ばれています。 思い込みで接しないように ――障害者雇用を進める企業へのアドバイスをお願いします。 中野 行政や企業の研修を担当させていただくことが多いのですが、みなさんにまずお願いするのは、「正しく知って理解してください」ということです。そのためには目の前にいる本人に、「きちんと聞いて確認する」ことです。受け入れる側は「聞いたら失礼なのではないか」と遠慮し、当事者のほうは「困っている状況をわかってもらえない」と悩んでいる、というすれ違いが少なからず起きています。よかれと思ってやったことが、かえって相手を困らせることになりかねません。  当事者の立場に立って想像力を働かせ、率直に話し合える人間関係づくりをすることは、障害者だけでなく、さまざまな事情をかかえた従業員全員にとっても必要なことです。その結果、だれもが働きやすく、安心して自分の能力を発揮できる職場になっていくと思うのです。  最後に、私自身の反省を含めてお伝えしたいことがあります。先日、ある企業で「障害者雇用に関する研修」を行ったのですが、その後に届いたアンケートのなかに「ずっと『お願いします』といわれて苦しかった」という声がありました。新しく職場に入ってきた当事者への支援はもちろんですが、それとともに支援担当者への配慮も重要なのですよね。さまざまな調整を含めて周囲の理解が得にくい状況では、孤独な闘いになってしまいます。決して担当者任せにせず、職場全体が「障害」について正しい知識を得て正しく理解し、担当者と協力し合っていく仕組みづくりこそが重要なのだと、あらためて思っています。