私のひとこと 働くことの意味を、社会とともに育てる 〜特別支援学校に求められるキャリア教育とは〜 名古屋学芸大学ヒューマンケア学部 教職課程 特任教授 吉村匡 日曜日の朝のラジオから  「寝たきり社長のおはようエール」  日曜日の早朝、私は目覚まし時計を止めて、地元のFMラジオ局から流れてくる声に耳を傾ける。  語り手は、自称「寝たきり社長」の佐藤(さとう)仙務(ひさむ)さんである。脊髄性筋萎縮症という難病を抱え、全介助を必要としながらも、自ら「仙拓(せんたく)」という会社を立ち上げ、経営者として働いている。  「仙拓」は、同じ障害のある佐藤さんと松元(まつもと)拓也(たくや)さんが共同で創業したものである。彼らが起業した理由は、決して大仰な理念からではない。「高校卒業後、自分たちが働ける場所がなかったから、自分たちで会社を創った」。それだけの、しかし重い事実がそこにあった。  「仙拓」は当初、名刺づくりやウェブページの制作・管理をおもな事業としていた。しかし、二人は次第に、「障害のある人が、障害のある人の悩みに向き合う」ことの意味に気づき、ピアサポートを具現化したサービス「るくぴあ」を立ち上げる。  支援される側と支援する側を分けないその発想は、従来の福祉や就労の枠組みを、静かに越えていった。コロナ禍以前からオンラインをフル活用し、在宅で仕事を進める二人の姿は「働くとは、決められた場所に通い、決められた時間働くこと」という私の固定観念を、静かに揺さぶった。そんな二人は、私が勤めていた肢体不自由特別支援学校の頼もしい教え子である。  佐藤さん自身は、入院により気管切開を行い、一時的に声を失い、口から食事が摂れない時期を経験している。その体験を通して、話すこと、食べること、そして働くことの意味を、あらためて深く考えるようになったという。現在はキッチンカーの経営や電動車いすサッカーチームの運営に加え、重度障害者の在宅生活を医療と介護の両面から支える「ホームケアステーションさてと」や「訪問看護ケアさてと」も立ち上げた。  一方、松元さんは新たに「株式会社OLD(オールド)−ROOKIE(ルーキー)」という会社を立ち上げた社長である。この会社もさまざまな取組みを展開しているが、最近は、常時介護が必要な重度身体障害者と、介護事業所やスタッフをマッチングするウェブサイト「ふくはぴ」を開設し、無料で登録・利用できるようにしている。  二人の活動はメディアでも取り上げられる機会が増え、大学の講義中には「TikTokで見たことがある」、「ニュースに出ていた人だ」と学生から声が上がることも珍しくなくなった。私は彼らの活躍に触れるたび、長年染みついてきた古い職業観が、心地よく壊れていく感覚を覚える。 愛知県の審議会から  ここ数年、愛知県障害者雇用審議会の委員として議論を重ねるなかで、特に発達障害や精神障害のある方々の就労と職場定着のむずかしさが、くり返し話題に上っている。  就職はできても、業務量や勤務時間、職場内の理解不足などから、早期離職に至る例は少なくない。そこには、本人の努力ではなく、環境調整や支援の不足という構造的課題がある。まさに「障害の社会モデル」である。  こうした課題への現実的な対応として、短時間雇用制度の活用やジョブコーチによる伴走支援は、事業主にとっても有効な選択肢となる。  個々の特性に合わせて業務を切り出し、勤務時間を柔軟に設定し、専門家が間に入って調整を行うことで、本人の力を活かしつつ、職場全体の安定にもつながる。  フルタイム就労だけを前提としない雇用の在り方は、結果として人材の定着を支える可能性が高い。  この点で思い起こされるのが、熊谷(くまがや)晋一郎(しんいちろう)さんの「自立とは、依存先を増やすこと」という言葉である。熊谷さんは脳性まひのある医師であり研究者で、近年は「当事者研究」という学術分野の先駆者として有名な方である。  自立とは、だれにも頼らずに生きることではなく、必要なときに、必要な人や制度、道具にアクセスできる状態をつくることだという視点は、障害のある人の働き方を考えるうえでも示唆に富む。  熊谷さんはさらに、障害のない人ほど、じつは広く浅く多くの物や人、仕組みに依存して生きており、特定の何かへの依存が深くないために、あたかも「何にも依存していない」と錯覚しているのだと述べている。私たちが「自立」と呼んでいる状態の正体は、じつはこの錯覚の上に成り立っているのではないだろうか。  私は講義のなかでこの一節を引用し「例えばスマートフォンなしの生活を想像してください。スマートフォンの便利な機能に依存している自分が浮かび上がってきませんか」と呼びかけている。  ジョブコーチ、支援制度、職場の理解ある同僚―それらは「依存先」ではなく、自立を支える重要な要素であり「信頼できる対象」なのである。 特別支援学校のキャリア教育  私は長年、特別支援学校の現場に身を置いてきた。学校は子どもたちに多くのことを教え、伝える。しかし、正直にいえば、学校教育だけで「働くことの意味」まで十分に伝え切れているかと問われると、確信が揺らぐ。働くことは知識ではなく、実感であり、人と人との関係性のなかで育つものだからである。地域、企業、卒業生……そうした社会の現実に触れる機会があって初めて、「自分もだれかの役に立ちたい」という思いが芽生えるのではないだろうか。だからこそ、特別支援学校のキャリア教育は、「どこに就職するか」、「どの福祉施設を選ぶか」だけを目標にしてはならないと考えるに至った。大切なのは、「自分は、どのように社会とかかわりたいのか」、「自分は何が好きで、どのような人のなかで毎日を過ごしたいのか」、「どのような形で人の役に立てるのか」を、本人なりに伝えることができるように支援することかもしれない。かつて佐藤さんが語った、「家族に、自分で稼いだお金で恩返しをしたい」という思いは、きわめて自然で、だからこそ力強い。そこに障害の有無は関係ない。働くとは、生きることと深く結びついている。それは、特別なだれかの話ではなく、すべての人に共通する営みである。その意味を、学校と社会がともに考え、ともに育てていくこと。それが、これからの特別支援教育、そして障害者雇用の基盤になるのではないだろうか。 吉村 匡 (よしむら ただし)  名古屋学芸大学ヒューマンケア学部教職課程特任教授。公立特別支援学校の教諭を経て、教頭、校長、教育センター相談部長等を歴任し、長年にわたって障害のある子どもの教育と自立支援にたずさわる。特にICTを活用した学習支援やキャリア教育の実践に深くかかわり、現場視点での発信を続けている。現在は大学で後進の育成にあたるほか、愛知県障害者雇用審議会委員なども務める。