クローズアップ 「合理的配慮」という希望 〜人事と法務の交差点から〜 第3回 雇用開始時における配慮 〜法務や産業保健との協働が拓く「対話」〜  2016(平成28)年4月の障害者雇用促進法改正により、事業主には障害のある労働者に対する合理的配慮の提供が法的に義務づけられ、それ以降、働く障害者のみなさんの間では、合理的配慮への期待が大いに高まっているのを感じます。  第3回は、Q&A形式で「雇用開始時」における人事労務担当者が直面する合理的配慮にもとづく配慮事項の確認などについて、弁護士の小島健一さんが解説します。 はじめに  採用選考というプロセスを経て、雇用契約を結び職場に迎え入れる段階は、労使間の「建設的対話」を具体的な環境調整へと落とし込む最初の試金石です。今回は、雇用開始時に人事が直面する配慮事項の確認、医療・健康情報の取得、現場の同僚への周知といった実務課題について、賛多(さんた)弁護士とのQ&A形式で深掘りします。 1 配慮事項の確認 ―入社面談はスタートライン Q 人事担当者  入社にあたって配慮事項を確認する際、安全確保のために現在の健康状態や病名について、どこまで詳しく聞くべきでしょうか。 A 賛多弁護士  面談の目的は「医学的な診断」ではなく、「業務遂行上の社会的障壁の特定」です。現場の管理職はしばしば、ハラスメントへの恐怖や対応への不安から、病名や症状といった医療情報に過剰に依存しようとします。しかし、病名や症状を聞き出す「医学モデル」のアプローチは、プライバシー侵害のリスクをともなうばかりか、職場での実務的な解決策を生み出しません。ここで産業医学の知見がきわめて有用になります。障害管理においては、「傷病(病気そのもの)」、「機能障害(病気による心身の機能低下)」、「能力障害(機能低下によって特定の作業ができないこと)」を厳密に区別します。面談で確認すべきは、「傷病」の名称ではなく、業務と直結する「能力障害」と、それを引き起こしている「機能障害」、そして、その「機能障害」が「能力障害」につながってしまうプロセスで鍵になっている「社会的障壁(環境やルール)」の特定です。例えば、「この業務(例:電話応対とデータ入力の並行作業)を行ううえで、どのような困りごとが予想されますか?」、「前職や学生時代に、どのような工夫や環境があれば能力を発揮しやすかったですか?」というように、具体的な業務や場面にひもづけて質問を展開してください。また、本人が自身の特性や必要な配慮を完全に言語化できているとはかぎりません。特に発達特性のある方などの場合、環境が変わることで新たな障壁が生じることもあります。したがって、この面談ですべての配慮事項を確定させようとするのではなく、「実際に働き始めてから、想定外の不都合があればいつでも相談してほしい」と伝え、入社後も対話を継続できるようにする心理的安全性を担保することがもっとも重要です。合理的配慮は、入社時の約束で完結するものではなく、働き続けるなかで変化し、更新されていく動的なプロセスです。  同時に、「配慮」と「甘やかし」の境界線も意識します。米国医師会が発行している作業能力評価と職場復帰支援のガイドブックでは、本人自身もしくは他人や公共に対する脅威をもたらすリスク(risk)があるため、やるべきでない、という制限(restriction)と、訓練し完全に慣れた状態での作業能力(ability)の限界である作業容量(functional capacity)を超えるため当該作業を行うことが不可能である、という禁止(limitation)は、医学的な判断を尊重すべきこととされています。それらに至らない程度の負荷や苦痛、つまり、作業容量の範囲で、かつ受け入れ可能なリスクで作業をこなす能力はあるが、痛みや疲労などの症状により仕事をすることを本人が好まない、という耐容(tolerance)については、労使の対話を通じて当事者が決定すべきこととし、明確に区別しています。「朝起きるのがつらい」からといって「遅刻を不問にする」のではなく、「始業時刻をくり下げるが、所定労働時間の就労義務は維持する」といった工夫をして、訓練と慣れを通じて本人の適応を高めていく途みちを探るのです。この能力発揮を前提とした境界線の共有が、労使間の過度な依存を防ぎます。 2 医療・健康情報の取得 ―法務や産業保健との協働 Q 人事担当者  安全配慮義務を果たすため、主治医の診断書など網羅的な医療情報を求めておくべきでしょうか。また、それをどう実務に落とし込めばよいでしょうか。 A 賛多弁護士  障害や病歴などの医療・健康情報は、個人情報保護法における「要配慮個人情報」に該当し、その取得は本人の同意に基づくことが原則です。職業安定法上も「業務目的の達成に必要な範囲」に限定されます。「念のため」、「とりあえず安全配慮のために」といった理由で網羅的な情報取得に走るべきではありません。では、なぜ企業側に医療・健康情報が不可欠となるのでしょうか。それは、企業が、法的に、安全・健康リスクのコントロールと配慮の合理性、そして配慮の限界を画する「過重な負担」について客観的に判断する責任を負っているからです。  この判断において、産業医による「医学的職務適性評価(FFD:Fitness for Duty)」の枠組みが鍵を握ります。米国の手法を応用したこのステップでは、産業医が主治医からの医療情報を、企業の実務に則した「就業上の配慮事項」へと翻訳します。 特に重要なのは、「安全配慮(働かせない方向)」と「合理的配慮(働かせる方向)」の統合です。そのためには、一律の基準ではなく、リスクと能力の個別評価が求められます。人事担当者は、こうした産業医の専門的評価のために必要な情報のみを取得し、社内でも限定された範囲(人事部門と産業保健スタッフ)で厳格に管理するのです。 3 配慮事項の周知 ―障害の開示は何のためか Q 人事担当者  決定した配慮事項を現場に実施させる際、周囲の従業員へどのように周知すれば、不公平感や疲弊を生まずに理解を得られるでしょうか。 A 賛多弁護士  障害情報の第三者への開示は、本人の明確な同意が必要です。「配属先には伝えてほしくない」という本人の希望がある場合、周囲への非開示という制約のなかで可能な配慮を模索しつつも、「なぜ障害の開示が必要なのか」をていねいに説明し、本人の納得を得るプロセスを踏まなければなりません。障害の正しい理解は、周囲の納得を高め、配慮を主体的・自律的に運用することを助けます。  一方、配慮の実施にあたりもっとも注意すべきは、配慮対象者の業務を同僚が肩代わりするだけでは、現場が疲弊して「逆差別」という被害感情が蔓延することです。これを防ぐには、@業務配分を見直し、配慮対象者にも「できる業務」で確実に貢献してもらうこと(役割の再定義)、A周囲の社員に対しても負担増への評価やケアを行うこと、という両輪の対応が必須です。配慮対象者からすべての負荷を取り上げることは、本人の「出番」と「居場所」を奪い、自尊心を傷つけることにもつながります。  ここで人事は、現場の管理職を「二人羽織(黒子)」のように背後から支える役割をにないます。産業医が同定した配慮事項(FFD評価)を活用して、人事が管理職と協働し、部下との直接対話を支援するのです。最終的に、個別の配慮は「特定の個人への優遇」ではなく、「だれもが働きやすい職場環境への改善(ユニバーサルデザイン)」へと昇華させる必要があります。医学的評価という客観的根拠を基盤に持ちながら、特定の課題を起点に個人と組織の双方の自律性と寛容性を高めること。これこそが、これからの人事の「本懐」といえるでしょう。  次回は、職場での労務関係での配慮、とりわけ日々のマネジメントをになう管理職への支援を通じた合理的配慮について、考えてまいります。 (第4回へ続く) 参考:辻洋志「障害者への就労支援のステップ〜米国の手法を応用した適切な配慮を同定する医学的職務適性評価の試み〜」(産業医学ジャーナル Vol.48 No.1 2025 特集 障害者の雇用における合理的配慮提供義務をめぐって) https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ohpfjrnl/48/1/_contents/-char/ja 執筆者プロフィール 鳥飼(とりかい)総合法律事務所 弁護士 小島(こじま)健一(けんいち)さん  人事労務を基軸に、問題社員処遇から組織・風土改革、産業保健、障害者雇用まで、紛争予防・迅速解決を助言・支援。日本産業保健法学会理事など、労働法務・人事労務と産業保健を架橋する諸活動を行う。精神・発達障害者の就労、治療と仕事の両立などの執筆・講演多数。