リーダーズ トーク Leaders Talk 第8回 仕事を楽しく、働きがいのある職場で Benesse=「よく生きる」実現へ 株式会社ベネッセホールディングス 常務執行役員CHRO兼人財・総務本部長 村上久乃さん 村上久乃(むらかみ ひさの) 1991(平成3)年、株式会社福武書店(現株式会社ベネッセホールディングス)入社。進研ゼミのマーケティング、商品サービス開発を担当後、2000年から進研ゼミの事業部長、2013年からベネッセコーポレーション人財部長、2022(令和4)年から事業基盤本部長、2024年から現職。 株式会社 ベネッセソシアス 代表取締役社長 須藤(すどう)智子(ともこ)さん 株式会社 ベネッセビジネスメイト 代表取締役社長 茶谷(ちゃたに)宏康(ひろやす)さん  教育・介護事業などを展開する「株式会社ベネッセホールディングス」は、経営理念「よく生きる」を軸にした障がい者雇用を積極的に推進してきました。  そこで、常務執行役員CHRO(※1)兼人財・総務本部長を務める村上久乃さんと、同社の特例子会社「株式会社ベネッセビジネスメイト」代表取締役社長の茶谷宏康さん、就労継続支援A型事業所等を運営する「株式会社ベネッセソシアス」代表取締役社長の須藤智子さんに、ベネッセグループのこれまでの障がい者雇用の取組みについて語っていただきました。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 「楽ジョブ」で業務設計 ―障がい者雇用の主体となっている特例子会社「株式会社ベネッセビジネスメイト」(以下、「ビジネスメイト」)の運営方針や取組みについて教えてください。 村上 2005(平成17)年にビジネスメイトを設立したのは、従業員規模の拡大にともなう障がい者の法定雇用率達成が前提である一方、グループの企業哲学「ベネッセ=よく生きる」を障がいのある人にも実現してもらいたい、という思いがありました。当初はメール便やクリーンサービスからスタートし、徐々に業務領域や採用の幅を広げてきました。東京と岡山を拠点に184人(身体障がい28人、知的障がい85人、精神障がい71人)が活躍しています(2024〈令和6〉年6月1日現在)。  運営全体を通して大事にしてきたのが、ビジネスメイトの行動指針=クレドです。「お客様への約束」、「社員への約束」、「パートナーへの約束」(取引先・支援機関・家族・地域社会)という三つのくくりで行動指針を確認しながら日々仕事を進めています。  そして肝となる業務内容については「働きがいを実感しながら、長く働き続けられる仕組み」にこだわってきました。 茶谷 現場で成果を上げてきた取組みの一つが、10数年前に始めた「楽(らく)ジョブ(仕事を楽にしよう、仕事を楽しくしていこうという意味)」です。障がいのあるメンバーが1人でこなすにはむずかしい業務を、指導員が作業を分解してユニバーサルな業務に設計し直し、各自の得意・強みを活かしながらチームで業務を成し遂げます。これにより採用できる層が広がり、メンバーの加齢への対応も可能になりました。  また、指導員側の支援にも力を入れてきました。楽ジョブをスムーズに進めるための業務設計の研修を実施しているほか、「ジョブアシスト会」を定期的に開催しています。事例研究をメインに指導員同士が情報交換をし、仲間意識を育てながら現場で活路を見いだす機会にもなっています。  採用から定着まで一体化して取り組む「人事定着推進課」も、大きな役割を果たしています。現場の指導員や管理職による支援とは別に、定着推進担当が少し離れた立場からメンバーを見守り、コミュニケーションをとりながら支援機関と連携しています。 コロナ禍で生まれた新業務 ―多くの従業員を抱える組織として、コロナ禍はどう乗り越えたのでしょうか。 村上 本社ビルには多くのグループ会社も入っており、まず感染防止対策に力を入れました。新しく導入した「チャレンジドハウスキーピングシステム○R」★(CHKS)(※2)は、米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター)のガイドラインに沿った衛生管理力の高いサービスです。ここで採用されている清掃器具は、中重度の知的障がいがあったり、加齢などで足腰が弱ったりしているメンバーでも簡単に使いこなしながら安定して高い品質の業務を行うことができる利点がありました。除菌されたオフィスは検査機器で調べた数値を社内公表し、安全性とともにビジネスメイトのサービス品質の高さもアピールしています。  一方、コロナ禍での業務上の大きな変化は、在宅勤務者が増え、メール室からの配送量や届け先が激減したことでした。そこで始めたのが、会社に荷物が届いたことをメールでお知らせし、希望があれば開封して中身をスキャンして送る「通知サービス」です。出社のタイミングに合わせて届ける「出社時配達サービス」もあります。予想以上に社員から喜ばれ、これまでメール室に荷物がたまりがちだった課題も解消されました。 茶谷 コロナ禍以降は、コピーなど作業系の代わりにパソコン関連の事務系のオファーも増えたのですが、難度が高いからと断ってしまうと依頼が来なくなります。そこで誕生したのが「ジョブサポートセンター」です。障がいのあるメンバーと指導員、アルバイトスタッフの三者で協力しながら仕事をする体制です。  ここでは、まずアルバイトスタッフが業務の対応をします。その間に指導員が業務を設計し直して、メンバーが対応できる業務に「楽ジョブ」化を進めます。これによって業務の「種類」が増え、どのような特性のメンバーでもマッチングしやすい環境ができました。  最近多いのはパソコンのMacによるデザイン業務で、デザインやデータ修正、画像加工を行います。それまで部署ごとに外注していた案件を早く安く仕上げてもらえると好評です。もともとゲーム会社に勤めていた経験者1人を採用してスタートしましたが、同僚メンバーが「やってみたい」と独学したり研修を受けたりして4人が担当できるようになりました。 村上 ビジネスメイトでは以前からD]チームも組織化されており、精神障がいのあるメンバー4人が難度の高い開発案件を担当しています。グループ会社の事務業務の自動化を図るRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)や、VBA(ビジュアル・ベーシック・フォー・アプリケーション)によるシステムの開発も手がけています。  ビジネスメイトでは、グループ社員にどうしたら喜んでもらえるかを起点に事業開発を重ねていますが、より新しい領域へのチャレンジや持続可能性という面で、生産性もしっかり上げていかなければいけません。「他社に頼むのと同じか、それ以上の貢献をしなければいけない」というのをメンバーはつねに意識してくれています。今後はD]化のさらなる推進のために活躍の場を広げてもらいたいと期待しています。 カフェやワゴン販売が人気 ―コロナ禍の2021年にはカフェ事業にもふみ出しました。 村上 本社の社員食堂の委託業者がコロナ禍で運営困難との話が出て、ビジネスメイトが手をあげました。最初は健康をテーマに、ベーグルサンドとコーヒー・紅茶からスタートし、社員のリクエストに応えながらメニューを増やしてきました。知的障がいのあるメンバー5人と精神障がいのあるメンバー1人が、接客やメニュー開発も含めて活躍してくれています。 茶谷 飲食業のプロの指導と訓練を受け、最初は手を震わせながらハンドドリップしていたのが1カ月後には立派にできるようになり、いまはメニュー開発まで手がけています。昼時には200人以上が押し寄せるのでメール室から応援で2〜3人が来ます。地域の就労継続支援B型事業所とも連携し、お菓子やシフォンケーキ、野菜を直売したり、野菜入りメニューを出したりしています。 村上 野菜は早く行かないと売り切れてしまうほど人気です。それから、15時ごろに各フロアをまわる新サービスも好評ですよね。 茶谷 メール室のメンバーが、売れ残ったサンドイッチやお菓子、コーヒー・紅茶のドリンクケースをワゴンに載せて回るのですが、とても売れます。食品ロスにも多大な貢献ですね。最近は朝の通用口前で行っている朝食販売も順調です。 就労継続支援A型事業も ―2016年には就労継続支援A型事業所を運営する「株式会社ベネッセソシアス」(以下、「ソシアス」)も設立されていますね。 村上 ビジネスメイトの業務内容では障がいの重い人をなかなか採用できず、「なんとか働く場所をつくりたい」というのが原点です。それには@難度の低い職域の開発、A指導支援しやすい集約型の職場、B継続的に安定的に業務が確保できる環境、が必要でした。  検討するなかで浮上したのが、グループ内の介護部門が運営する高齢者施設の入居者の私物の洗濯でした。介護職の人たちが勤務時間中にやりくりしていると知り、これを請け負うことにしました。 須藤 現在拠点は都内3カ所で、高齢者施設109カ所から委託され、利用者87人が洗濯業務に従事しています。かわりに介護職の人たちが入居者とのコミュニケーションなど、コア業務に集中できるようになり喜ばれています。  当初目的としていた障がいの重いメンバーも雇用することができています。さらにビジネスメイトでの就労継続がむずかしくなった方たちも移ってきて、元気に仕事をしています。今後は加齢の問題も出てきますので、グループ内の受け皿としても機能していくと思います。  逆にこれまでソシアスからは2人がビジネスメイトに入社しました。今秋も5人が職場見学に行っていますが、コロナ禍で中断していた一般就労にも力を入れていきたいですね。 活き活きと活動できる場こそ ―取組みがグループにもたらした効果や今後の展開について教えてください。 村上 ビジネスメイトは日ごろから近いところで事業の一環として活動してくれていて、障がいのある人と一緒に働くことが特別ではないと社員たちは感じています。新入社員研修でもビジネスメイトで一緒に仕事をする取組みを長年続けています。  私自身が事業部門で痛感しているのは、いくら戦略が机上でうまく描けても、それを実現する人や組織がなければ絵に描いた餅になってしまうことです。人や組織が活き活きと活動できる場をつくることこそが、会社にとっても重要です。  だれもが長く働く時代にもなってきているいま、いろいろなライフステージの人、さまざまな事情を抱えた人が、そのときのベストパフォーマンスで生きがいを持って働いていける労働環境を整えることが大きなテーマでもあります。そういう面でビジネスメイトやソシアスも、大きな意義と可能性を持っていると感じています。  ちなみにグループ社員のなかには、ビジネスメイトやソシアスの活動に共感し、公募制度で異動するケースも少なくありません。須藤もその一人で、以前は私と一緒にマーケターとして活躍していました。 須藤 私は、異動してきてよかったなとつくづく思っています。ほかのグループ会社から異動してくる社員をはじめ多様な人たちとともに、まさに働きがいのある職場です。また、現場で日常的に出てくる「よく生きる」という言葉が、大きな一体感とともに背中を押してくれています。 村上 「よく生きる」、「よく生きたい」との思いが、他者への支援やサービスにつながっていくのだと思います。この理念を中心に多様な人たちが集まっていることが、ベネッセグループの強みにもなっていると実感しますね。  今後は、2社がより大きな存在として持続的に続いていくためにも、時代をとらえた事業開発を続けながら成長する必要があると考えています。  昨年は多摩市シルバー人材センター(東京都)と包括連携協定を結びました。会員が1500人いてもさばけない仕事をビジネスメイトがにない、逆に早朝の業務などをシルバー人材センターのみなさんに依頼する形で互いにカバーしあいながら、ともに活躍の領域を広げていきます。今後は、ベネッセグループにとどまらず地域社会にとっても、なくてはならない存在になっていくことを期待しています。  また企業のみなさん向けには、ビジネスメイトのホームページ上にある「TAMATE-BAKO」で障がい者雇用のノウハウを公開しています。企業・団体による会社見学も2023年は国内外107件、延べ589人にのぼりました。意欲のある企業のみなさんと一緒に、これからも障がい者雇用を盛り上げていきたいと思っていますので、いつでもご連絡をお待ちしています。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、株式会社ベネッセホールディングス様のご意向により「障がい」としています ※1 CHRO:Chief Human Resource Officer。最高人事責任者 ※2 チャレンジドハウスキーピングシステム:チャレンジド(障がいのある人)がハウスキーピング(清掃)を通じ社会参加するためのシステム。「感染防止」を目的とし、清掃と消毒を同時に行うことができる。人的要因による失敗が少ない点が特徴 ★「チャレンジドハウスキーピングシステム○R」は、東栄部品株式会社の登録商標です。 ベネッセビジネスメイトのおもな業務内容 ・メールサービス(郵便物や荷物の仕分けデリバリー) ・クリーンサービス(オフィス清掃) ・ジョブサポートセンター(各種業務サポート) ・オフィスサービス(総務サービス) ・マッサージサービス ・カフェサービス ・スタードーム(プラネタリウム運営) ・カスタマーサポート(申請処理、サポート) ・経理伝票BO(伝票処理) ・知財事業(知的財産申請・管理) ・スタッフ部門(研修・労務管理・グループの障がい者雇用推進など)