職場ルポ ジョブコーチを中心に支援体制、戦力化と定着を図る ―アール・ビー・コントロールズ株式会社(石川県)― 電子制御機器を手がける会社では、ジョブコーチを中心に支援体制を整え、従業員が戦力として活き活きと働き続けられる職場環境づくりを図っている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ アール・ビー・コントロールズ株式会社 〒920-0352 石川県金沢市観音堂町(かんのんどうまち)口71 TEL 076-268-0198 FAX 076-268-1278 Keyword:知的障害、製造業、ライン、特別支援学校、障害者職業生活相談員、職場適応援助者(ジョブコーチ) POINT 1 「職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修」などを参考に、採用から定着までの体制を整える 2 知的障害のある従業員を公私にわたり多面的にフォロー 3 管理者勉強会やトップからの発信などで職場理解を拡大 日常生活を支える製品づくり  石川県金沢市にある「アール・ビー・コントロールズ株式会社」(以下、「アール・ビー・コントロールズ」)は、コンロや給湯器などの熱エネルギー機器の大手メーカー「リンナイ株式会社」(以下、「リンナイ」)の子会社として1971(昭和46)年に設立された。電子制御ユニットやリモコン、LED照明などの設計から生産までを手がけ、石川県内に本社と2工場・物流センターがあるほか韓国と中国に関連会社を持ち、リンナイ以外の取引先も多岐にわたる。  同社の障害者雇用については、社員の中途障害や単発的な採用はあったものの法定雇用率をなかなか達成できなかったそうだ。そこで総務部の担当者や現場の管理職らが奮起して採用から定着までの支援体制を整えた結果、現在は従業員594人のうち障害のある従業員が13人(身体障害4人、知的障害9人)、障害者雇用率2.90%(2024〈令和6〉年6月1日現在)だという。2023年に「令和5年度障害者雇用優良事業所」として石川県知事表彰を受賞、翌2024年3月には、人を大切にする経営学会「第14回日本でいちばん大切にしたい会社大賞」審査委員会特別賞を受賞している。  これまでの支援担当者らの取組みや工夫、生産現場や本社内の業務において戦力として働く障害のある従業員を紹介する。 きっかけは障害者職業生活相談員資格認定講習  アール・ビー・コントロールズが障害者雇用へと積極的に動き出したのは2017(平成29 )年ごろ。その火つけ役の1人が、総務部人事課で主事を務める山本(やまもと)麻梨菜(まりな)さんだ。  入社以来ずっと採用や広報にかかわってきた山本さんは障害者雇用も担当していたが、毎年のように納付金申請をするなかで、「納付金さえ納めればいいのだろうか」との疑問を抱くようになった。そんななかで2017年、当機構(JEED)が実施する「障害者職業生活相談員資格認定講習」(※1)を受けた。生産現場の課長と部下の2人もたまたま一緒に受けるなかで、その部下の男性社員が、「自分にも知的障害のある子どもがいる」と話してくれた。それが山本さんにとって大きな転機になったという。  「その男性社員が、子どもの就職には苦労するとしながら『私たちの会社も、障害のある人がどんどん働ける職場になったらいいね』といったところ、隣にいた課長が『じゃあ俺たちのところで受け入れてみよう』と提案してくれたのです」  3人で講習を受けながら「生産現場でもやれることがありそうだ」、「こういう作業ならできるかも」などとアイデアを出しあった。  一方で山本さんは「本格的に障害者雇用を進めるには、どんな知識や準備が必要だろうか」と調べるうちに、「企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修」(※2)のことを知った。上司から「どんどんやってみればいいよ」と背中を押され、JEEDで実施する千葉会場での4日間の集合研修に参加。山本さんは「研修内容は予想以上のレベルで、グループワークではさまざまなケースの赤裸々な話を聞けました。同じような問題を抱える仲間がいると知ったことも自分のなかでは力になりました」とふり返る。  さっそく採用活動に動き始めた山本さんは、地域の特別支援学校が毎年開催している公開セミナーにも参加した。学生たちの就労先や、どういった仕事・業務に向いているか、逆にどんなことが課題になりやすいかなどを教わり、進路指導の先生ともつながりができた。  そうして特別支援学校の先生から「こういう生徒がいますよ」との情報提供を受け、2019年に採用したのが高野(たかの)響平(きょうへい)さん(24歳)だ。「いまでは立派な現場の戦力になっています」と山本さん。さっそく高野さんの職場を見せてもらった。 製造ラインのキーパー担当  本社から車で30分ほどの郊外にある鶴来(つるぎ)工場。主力商品である電子制御ユニットなどを製造しており、ここで高野さんは部品のラインキーパーを担当している。  製造フロアでは、ラインごとに20種類以上の部品を組み込んでいくが、各部品が入ったトレーが空になるとシューターから出てくる仕組みだ。ラインキーパーは、同じ番号のトレーを棚から探してきて、バーコードを読み取り確認してからセットする仕事で、高野さんは「最初はトレーの場所を覚えるのに苦労しました。二つのラインに気を配りながらの仕事です」と教えてくれた。  高野さんは特別支援学校3年次にアール・ビー・コントロールズで2回のインターンシップを経験。入社後はケースを洗浄したり棚に供給したりする仕事をしていたが、5年目のある日、現場の上司に「新しいこともやってみたい」と相談したそうだ。その意欲をくんだ上司は、現場の社員らと検討し、ワンランク上の業務としてラインキーパーに挑戦してもらうことを決めたという。  当時の作業担当者と一緒に練習し、最初は一つのラインだけ試してみて、問題がないと判断されたら二つめのラインも一緒にできるか確認していった。合格基準は「これまでの担当者と同じ速度でミスなくできるか」で、高野さんは1カ月あまりでOKが出たそうだ。  鶴来工場製造一課課長の山田(やまだ)忍(しのぶ)さんによると「最初はたしかに不安もありましたが、挑戦してもらって本当によかったと思います。前任者がちょうど定年退職したため、タイミングよく新担当者となりました」という。「彼はいつも元気いっぱいで、現場を明るくしてくれるのも大きな長所です。ただし行動も元気すぎて、たまに通路で人とぶつかりそうになるので注意しています」と冗談を交えつつ激励した。  高野さんに今後の目標を聞いたところ「後輩社員が入ってきたら、仕事を教えてあげられるようになりたいです」と答えてくれた。  ちょうど前日、特別支援学校の生徒たちが工場見学に訪れた際、工場長から紹介された高野さんは「僕のかっこよく仕事しているところを見ていってください」といったそうだ。案内役だった山本さんが「あとで生徒さんたちに感想を聞いたら『あのかっこいい先輩の姿を見て、自分たちも同じように活躍したいと思いました』と返ってきました」と伝えると、高野さんはうれしそうに笑顔を見せていた。 チェックシートで自己管理  管理者のいない現場で、1人で業務をこなす従業員もいる。澤田(さわだ)朋佳(ほのか)さん(22歳)は、特別支援学校の2年次と3年次に同社でインターンシップを受けた。学校でも清掃作業を学ぶ授業があり、「掃除の仕事が好きで、ここを志望しました」と話す。  入社後は、本社内の食堂の清掃や消毒作業、中庭の水やり、社内郵便などの業務を1人で担当している。それを可能にしたのが作業チェックシートだ。JEEDが研修などで提供している資料を参考にして、山本さんがつくったという。  最初は作業を一つひとつ指導しながら何分かかるかを確認し、「何時から何をするか」を細かく書いた作業チェックシートができた。澤田さんは毎日それを手にチェックを入れながら作業を進めていく。山本さんによると「作業チェックシートは管理機能を果たしています。会社側としては作業後の結果さえしっかりわかればよいので、澤田さんも自己管理しながらひとり立ちできます」とのことだ。作業チェックシートには、1カ月をふり返って翌月に何をがんばるかという目標も記入し、面談をしながらスキルアップにつなげていくそうだ。  澤田さんは「1人で働き始めた当初は、作業中にわからないことがあっても緊張して周りの人に聞けませんでしたが、仕事に慣れていくうちに自信もついて、自分から聞けるようになったことがよかったです」とふり返る。  社内郵便は、量によって毎日数回に分けて仕分け、社内を回って担当者に渡している。「それぞれの作業の時間配分や段取りは、自分なりに工夫していることもあります。天気によっては先に掃除をしたり、社内郵便を優先させたりして、終わったものから順番にチェックして、確認していますね」という澤田さんは、「社員のみなさんから『いつもありがとう』っていってもらえるのがうれしいです。今後も、早寝早起きをして元気よく働けるようにしたいです」と語ってくれた。 定着のための工夫  山本さんたちは定着のための取組みにも力を入れてきたという。おもな内容について、これまでの苦労や工夫も含めて教えてもらった。 @チーム支援の体制づくり  障害のある人に対しては、インターンシップを受け入れており、家族に対しても職場見学に招き、仕事内容のほか職場環境や福利厚生、会社の方針なども知ってもらっている。入社後も互いに連絡を取りやすい関係性をつくっておくことを大事にしているそうだ。  一方で当初は、入社後の受入れ先の部署を見つけることが容易ではなかったという。「以前まで現場では、受け入れることで生まれる効果が想像されにくく、負担だけがかかると思われていました。それで『うちはちょっとむずかしい』といわれてしまうのが悩みでした」と山本さん。  まず現場の心理的負担を軽減するため、ジョブコーチである山本さんのほか本人の家族や出身の特別支援学校、医療機関、さらに訪問型ジョブコーチも含めたチーム支援の体制を整えた。支援のやり方などを説明し、山本さんが「何かあれば必ず駆けつけて仲介役として対処する」と伝えることで、「それならやってみる」と前向きになる部署が増えていったそうだ。  また、障害のある従業員にちょっとした課題や直してほしいことが出てきたとき、日ごろからつながりのある家族や学校の先生の助けを借りることもある。山本さんはいう。  「特に3年間の信頼関係がある先生は、親のように叱咤激励してくれます。職場に慣れたころ、先生が見学に来るだけで本人もビシッと姿勢を正します。愛情のある厳しめの声がけも含めて周囲に見られていることを自覚してもらっています。さまざまな立場からゆるやかに見守り続けることが大事だと思います」  ちなみに山本さんは、採用から定着まで一人ひとりを着実にフォローできるよう、障害者雇用での採用は2年に1回程度と決めている。ただし採用にかかわらずインターンシップを希望するケースは広く受け入れているそうだ。 Aジョブコーチとのつながり  知的障害のある従業員を中心に、山本さんは3カ月に1回以上の個別面談を実施している。業務だけでなく生活面でのフォローもしているそうで「面談をきっかけにトラブルを未然に防いだケースがいくつもあります」  例えば、ある従業員の場合、面談で「何か困っていることはない?」と聞いても最初はないと答えていたが、雑談中のお金の話から「じつは貯金がなくなりました」と明かされた。ゲームの課金に1カ月数万円近く使い込んでいたという。  「金銭管理が行きづまると仕事にも影響することは目に見えています。説明してすぐに課金をやめてもらいましたが、次は漫画やカードなどを買い込むなど浪費癖がありました。そのため親御さんからのサポートもあり、いまは小遣い制になっています。いずれ自立しなければいけないのですが、少しずつですね」  社会福祉法人金沢市社会福祉協議会の訪問型ジョブコーチとも連携している。最近は精神面で波がある従業員について、一緒に面談をしている。本人は経済的な問題も抱えていたが、障害年金を申請していないことがわかり、ジョブコーチに助言をもらいながら本人にていねいに説明して申請にこぎつけた。  従業員のなかには、日ごろから山本さんとLINEでつながり、私生活のできごとなどを共有しているケースもある。「姉のような存在になっているのかもしれませんね。2024年1月の能登半島地震のときに『大丈夫ですか?』と従業員から連絡が来たときは、いろいろな意味でうれしかったです」と山本さん。 B社内イベント  アール・ビー・コントロールズでは「みんなが幸せになる経営」の一環として、社員同士の交流を図るイベントを毎月開催している。「10月はホテルのスイーツビュッフェに、家族も含めて参加できるイベント(費用の4分の3を会社が補てん)を開催し大好評でした」と山本さんはいう。こうした社内イベントを機に、障害のある従業員同士もプライベートで一緒に旅行に出かけるようになっているそうだ。  「特に障害のある従業員の採用は2年ごとのため、社内で横のつながりができにくく孤立しないかと心配していましたが、社内イベントが効果的な仲間づくりの場になっています」と山本さんは話してくれた。 C管理者の勉強会  障害のある従業員を現場でもよりスムーズに支援し、受入れ部署を増やしていくために始めたのが管理者勉強会。障害特性への理解や作業指示のポイントを学んでもらっている。実際に受け入れた部署からは日ごろから抱えている質問なども出されているそうで、毎回山本さんがアドバイスをしながら管理者同士が情報共有できる場にもなっている。  「いつでもジョブコーチが駆けつけますと伝えるだけで安心してもらえますし、管理者同士で『一緒にがんばっていこう』という一体感も生まれます」と話す山本さんは、いまもJEEDの石川障害者職業センターなどで開催される研修会に参加しながら、支援方法などを学び続けているという。 「全社員経営、全社員戦力」  アール・ビー・コントロールズ代表取締役社長の遠藤(えんどう)健治(けんじ)さんにも話を聞いた。  親会社のリンナイで開発などにたずさわり、当社に出向している遠藤さんは、障害者雇用については、2023年、「障害者雇用優良事業所」として石川県知事表彰を受けたときにトップとしての認識が大きく変わったと明かす。  「恥ずかしながらこれまで部下に任せっぱなしでしたが、取組みが社内外に広く知られるなか、私自身もより積極的に取り組んでいかねばと思うきっかけになりました」  遠藤さんは表彰式翌日、賞状を手に各部署を回り、障害のある従業員らと面談を行ったところ「彼らの向上心の強さにも驚きました。いまの仕事をもっと追求して改善したいと真摯(しんし)に考えている様子を見て、ありがたい気持ちにもなりました」という。  面談では、職場への感謝の声も聞けて安心したそうだ。それを伝えた1人が入社10年以上になる男性で、軽度の知的障害がある。職場でめきめきとスキルアップし、電子点火装置の生産ラインにある機械メンテナンスを担当するまでになった。男性は遠藤さんに「障害のある自分を頼ってくれて、やさしくわかりやすく説明してくれることにも感謝しています」と語った。本人の父親からも後日「社長さんとの面談で、自分の目標ややりがいを伝えさせてもらえたことに感謝したい」との手紙が届いたという。  障害のある従業員たちが働く現場も見て回った遠藤さんは、一般社員と一緒になって活き活きと働いている様子に、障害者雇用が、企業の社会的責任という範囲を超え、社員や職場にとってよいことも多いと実感したという。  「例えば現場で行われていた、わかりやすい説明。一般社員に対しても、より理解しやすい方法で伝えたほうがいいに決まっていますよね。また経験や勘に頼るような仕事もなるべくつくるべきではありません。機械の性能や特徴を活かしながら、よりシンプルに、だれがやってもミスを起こさない仕組みは必要で、この先もどんどん進めていけると思います」  また遠藤さんは以前、周辺の社員から「彼らががんばっている様子を見ていたら、自分ももっとがんばろうという気になる」という話も聞いていた。  「社員同士のコミュニケーションやかかわりあいが深い職場では、相手を思いやったり大事にしたりする気持ちが自然と醸成されますね。そうした社風が育まれていく職場環境こそ、会社にとって大事なことだとつくづく気づかされます」と遠藤さん。  今後も障害者雇用を拡大していく方針だという遠藤さんは、「私たちはこれまで『全社員経営』、『みんなが幸せになる経営』を実践してきましたが、もちろん障害の有無は関係ありません。役割分担があり、全員がレギュラーでフル出場する。全社員が一人ひとり自己のベストを尽くすことが大事で、自分の持てるスキルをフルに発揮するよう努めながら挑戦する、それをしっかり支援できる会社を引き続き目ざしていきたいと思っています」と力強く語った。 ※1 障害者職業生活相談員資格認定講習の詳細はJEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/disability/employer/employer04/koshu.html ※2 企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修の詳細はJEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/disability/supporter/seminar/job_adapt02.html 写真のキャプション アール・ビー・コントロールズで生産される「電子制御ユニット」(写真提供:アール・ビー・コントロールズ株式会社) 総務部人事課主事の山本麻梨菜さん アール・ビー・コントロールズ株式会社 鶴来工場 鶴来工場でラインキーパーとして働く高野響平さん 高野さんが働く鶴来工場の製造フロア シューターに部品をセットする高野さん 鶴来工場製造一課課長の山田忍さん 本社で働く澤田朋佳さん 本社内の食堂で消毒作業を行う澤田さん 澤田さんは、中庭の水やりなども担当している 自己管理に活用される「作業チェックシート」(写真提供:アール・ビー・コントロールズ株式会社) 社内イベントの一つ「クリーンビーチ」(海岸の清掃)(写真提供:アール・ビー・コントロールズ株式会社) 代表取締役社長の遠藤健治さん 表彰式の翌日、遠藤さんは障害のある従業員らとグループ面談をした(写真提供:アール・ビー・コントロールズ株式会社)