新春特別対談 松爲信雄編集委員×八重田淳編集委員 これからの時代の障害者雇用とは  いよいよ2025年。今号では、本誌編集委員会座長を務め、障害者雇用の研究における第一人者である松爲(まつい)信雄(のぶお)委員と、海外の先進事例などにも造詣の深い八重田(やえだ)淳(じゅん)委員による「新春特別対談」をお届けします。  キーワードは「未来の障害者雇用」。障害者の雇用にかかる環境変化が著しい時代における障害者雇用のあり方についてお話しいただきました。 プロフィール 八重田 淳 (やえだ じゅん) 筑波大学大学院教授 「リハビリテーション科学学位プログラムリーダー」として、専門性を備えた人材を養成すると同時に、社会人の再教育の機会提供の研究にも取り組む。 松爲 信雄 (まつい のぶお) 神奈川県立保健福祉大学・東京通信大学名誉教授 前日本職業リハビリテーション学会会長。2022年より「松為雇用支援塾」を主宰し、障害者雇用をリードできる支援者の育成に力を尽くしている。 〜2024年をふり返る〜職業リハビリテーションに期待される役割の広がり 松爲 新しい年を迎えるにあたり、障害者雇用の未来についてお話しできればと思います。八重田先生は、2024(令和6)年をふり返り、どのようなことを感じていらっしゃいますか? 八重田 2024年は、災害や戦争によって多くの方が生活基盤や仕事を失い、その復興も職業リハビリテーション(※1)の大きな役割の一つではないかと感じた年でした。日本国内では、能登半島での地震や豪雨が発生し、国際的にはウクライナでの戦争が続いています。こうした状況で、職を失った人々に対して、枠組みを超えた新たな支援の必要性を痛感しました。  例えばアメリカには、ハリケーンなどの災害が起こったときに、被災地に職業リハビリテーションカウンセラーなどの専門家が派遣され、失業者の相談やメンタルヘルスのサポートに応じている事例があります。アメリカは、多くの職業リハビリテーションカウンセラーがいるため実現できていることではありますが、日本の職業リハビリテーション支援も、障害者にとどまらず、災害や困難に直面した人々など、幅広い人に向けたものとして、より広くとらえ、拡充していくことが必要だと感じました。今後日本でもそうした支援が求められていくのではないでしょうか。 松爲 その視点はとても重要ですね。こうした支援は、障害の有無にかかわらず、多くの人に必要とされていますから。また、障害者の職業リハビリテーションで得られた知見やノウハウは、ダイバーシティへの対応など、これからの多様性の時代を支えていくさまざまな人たちにも活かせるものだと思います。特に日本では、少子高齢化が進み、労働力不足が深刻化していますので、こうした多様な人材を活かすための支援はますます重要性を増していくことでしょう。 働くことの本質とは何か? 松爲 ここで「ワーキング心理学」(※2)という考え方に注目したいと思います。これは、単に職業としての働き方だけでなく、家庭での役割や余暇、ボランティア活動なども含めて、働くことをより広い意味でとらえる考え方です。 八重田 つまり、働くことは金銭を得る手段としてだけでなく、そこに時間を費やすこと自体にも意味があり、自己の満足感にもつながるということですね。「働くとは何か」という根本的な問いにつながりそうですね。私自身も「せっかく働くなら、喜んで楽しく働きたい」と考えています。就労支援においても、対象者の人生の充実感を高めることにつながる支援ができれば、その意義はいっそう高まるでしょう。 松爲 そうですね。仕事や役割を通して、相手に感謝されるなどの喜びを得られることも働くことの醍醐味ともいえます。単に金銭を得るために仕事をするのではなく、仕事を通して相手に貢献できる喜びや自己充実感を得られるよう、「クオリティ・オブ・ライフ(※3)」や「ウェルビーイング(※4)」につながる支援が、今後の課題であり目標となると思います。 障害者雇用におけるキャリア支援の重要性 松爲 障害者雇用に関して、もう一つ重要なのは「キャリア形成」だと考えています。アメリカでは、キャリアという言葉はどのようにとらえられていますか? 八重田 アメリカでは「キャリア」という言葉がより広い意味で使われていて、単に働くという意味ではなく、生まれてから死ぬまでの「人生航路」という形でとらえられることが多いですね。転職を重ねながら経験を積み、自分の適性に合った分野を模索していく考え方が浸透しています。  日本においてもそのような視点で、職業リハビリテーションを拡げていってほしいと思います。 松爲 日本では、障害者に対して「キャリア」という概念がまだ十分に浸透していないと感じます。一方、アメリカでは1980〜1990年代ころからキャリア論が専門のハーシェンソン(※5)などが障害のある人たちもキャリアの概念が成り立つことをもたらし、障害者もキャリアを持ち、その成長を支援する考え方が根づいてきました。日本の支援では、障害者が仕事を得ること自体が目標になりがちですが、本来はその人の人生全体を見すえ、「キャリア」を形成していく視点が重要です。障害の有無にかかわらず、一人ひとりの生涯にわたる成長や社会への貢献を考えた「キャリア支援」が必要だと思います。 八重田 アメリカはジョブ型の雇用が基本で転職があたり前の社会なので、この視点が取り入れられやすいと思います。日本でもコロナ禍を経て、リモートワークが増えるなど、ようやく少しずつジョブ型の雇用が増える機運が見えてきましたね。日本においても、その視点をもって、職業リハビリテーションのあり方も拡がっていくとよいと思います。 職業リハビリテーションを支える人材育成の課題 松爲 このようなキャリア支援を充実させるためには、障害者雇用にかかわる支援者が、職業リハビリテーションの役割を適切に認識していることが大切だと思います。支援者の人材育成において、支援者の技術や方法論はもちろん重要ですが、それだけではなく支援の根底にある価値観を共有すること、つまり「働くことの本質」や「ウェルビーイング」との関係を深く理解することが不可欠だと思います。 八重田 そうですね。支援者自身が、職業リハビリテーションは、単に仕事を提供することを目的とするものではなく、対象となる人の人生に大きな影響を与え、その人の人生に喜びをもたらす、きわめて重要な役割を果たしていることを認識することが大切ですよね。 松爲 「支援者の人材育成」は、2025年の障害者雇用の大きなテーマともいえますね。2025年度から、初めて就労支援にたずさわる人を対象に「雇用と福祉に関する分野横断的な基礎的知識とスキルを付与する研修(基礎的研修)(※6)」が始まります。また「就労選択支援(※7)」も新たにスタートし、それにともなって支援者の役割がさらに重要になります。雇用と福祉サービスを横断的に選べるようになると、障害者が自分に合った仕事と生活を柔軟に選択し、社会に参加するための道がいっそう広がりそうですね。私個人も、支援者にとって最も重要な、支援における価値観を理解し、実践できる人を増やす必要性を感じています。 八重田 職業リハビリテーションやキャリア支援について学べる場が増えると同時に、学校教育にも、学びの場が広がっていくことが望まれますね。大学の一般教養科目として学んだり、さらに子どものころから障害について学んだりして、多様性への理解を深める教育が広がっていくことに期待しています。そうした機会が増えることでさまざまな個性や特性を持った人を受け入れることのできる社会の土壌が形成されていくのではないでしょうか。 「本人・支援者・企業」三位一体の支援が求められる 松爲 これからの障害者雇用や職業リハビリテーションにおいて、私は「三位一体の支援(24ページ図)」が欠かせないと考えています。 八重田 「障害者本人」、「支援者」そして「企業」の三者が一体となって支援を行うという考え方ですね。 松爲 法定雇用率の段階的な引上げや、障害者の算定方法の変更、雇用の質の向上のための事業主の責務の明確化など、障害者雇用促進法関係法令の改正(※8)がありました。これは企業が障害者の雇用をより積極的に促進するための大きな後押しとはなりますが、制度的な変化だけでは、障害者が職場に定着し、安心して働き、活躍するための「雇用の質」は確保できないでしょう。障害者雇用の真の充実には、企業が障害のある人を含む多様な人材を取り込んで、そのウェルビーイングの達成を目ざす価値観のもとに主体的に責任を果たすだけでなく、支援者は企業と本人の双方を支えるかけ橋となる責任が求められます。また、障害者本人も自らのキャリアを築いていこうとする意識改革も不可欠です。企業・支援者・障害者本人の三者が働き続けるために役割を互いに補い合いながら一体となって取り組むことが、障害者のキャリア形成や長期的な職場定着を支える鍵だと思います。 八重田 障害者本人が、自らのキャリア形成に主体的に取り組むことが重要だという考えも大切なポイントですね。アメリカの職業リハビリテーションでは、支援者の役割は「本人の自立と自律を高めること」とする明確な職業指針があり、障害者本人が、自らのキャリアを主体的に築けるようにサポートするのが支援者の役割だとされています。日本でも手助けをすることに加えて、「障害者が自分でキャリアを築けるよう支援する」視点が求められますね。 松爲 おっしゃる通りです。支援者はあくまで「サポート役」であり、最終的に自分の道を切り開くのは本人自身です。支援の本質は、本人がその力を育み、自分の意思で道を進んでいけるようにすることにあります。この「本人の力を高める」という視点は、これまでの日本の支援では不足していた部分かもしれませんが、まさに今後の支援で最も重要視されるべき要素ですね。また、支援者には企業に対し、コンサルティングを行う力、企業と支援機関をつなぐコーディネーションをしていく力も求められます。「雇用の質」の向上を実現するためには、企業に責任を求めるだけでは不十分です。本人、支援者、企業が、それぞれの立場からその人のキャリア形成にかかわる責任を持ち、協力して取り組む姿勢が不可欠だと思います。 八重田 研究という点からいうと、私の指導する大学院にも、働く障害のある人や支援者にインタビューするなど質的な研究を行う学生が増えてきました。質的研究は量的研究と比べると、主観的な要素が大きいと思われがちなのですが、やはり一人ひとりの生の声を拾うことはとても重要だと感じています。職業リハビリテーションの研究で、質的研究はまだ少ないと思いますが、インタビュー対象者が主体となる視点をもったアプローチを蓄積することで質的研究の質を高めていくことが必要だと思います。 IT技術が開く未来の障害者支援の可能性 松爲 最近は、IT技術やAIの進化が目覚ましく、働き方や支援の形態も変化しています。例えば、コロナ禍を経て、リモートワークの導入が進んだことは、精神障害や身体障害等がありオフィスでの勤務がむずかしい人にとっては、働きやすさの向上につながったと思います。企業にとっても、リモートワークという新しい働き方を導入することは試行錯誤の連続だったと思いますが、同時に、リモートワークに適した仕事のつくり方を見直す機会にもなりましたよね。 八重田 アメリカでのIT技術の活用は、さらに進んでいて、移動が困難な障害者に対して、テレリハビリテーション(遠隔リハビリテーション)を実施している事例があります。リモートでの支援が可能になれば、都市部から離れた地域に住む障害者も支援が受けやすくなるなど、支援の幅が広がると思います。 松爲 リモート支援には、移動の負担が減るという点でも非常に大きな可能性がありますね。一方で、対面でのコミュニケーションには、リモートにはないメリットもあります。例えば、相手の表情や仕草から感情や心理状態を察するには、対面の方が適していますので、対面でのコミュニケーションはやはり欠かせないと思います。 八重田 リモートと対面をバランスよく組み合わせて、両者の利点を最大限に活用することが理想ですね。テクノロジーの力を活かすためには、支援者自身がその技術を理解し、活用するスキルも必要です。職場でも活用していくために、職業リハビリテーションと情報工学を合わせた新たな分野も求められるようになるかもしれません。こういった時代の流れに応じた変化に対応していくことも必要になると思います。 松爲 AIを使ったカウンセリングなども登場するかもしれませんね。最新の技術を用いた支援には非常に期待が持てますが、だからといって、支援者の存在が不要になるわけではありません。 八重田 そうですね。AIには、人間のように、相手の感情や表情の微妙なニュアンスを読み取ることがまだむずかしいので、相談者にも「人に相談したい」という気持ちは残るでしょう。AIを利用したアバターが支援者の業務の一部をになうとしても、人間が行うケアやサポートが欠かせない領域は必ず残ります。やはり最終的には、「人による支援」は重要ですね。 松爲 今後も、対話や相談といった「人と人」とのコミュニケーションが支援の根幹であるという点は変わらないと思います。ただし、それを支える支援者が、日本では圧倒的に不足している現状があります。まずは、この人材をどのように増やしていくか、そして支援の質を確保していくかが今後の障害者雇用の鍵となると思います。 八重田 職業リハビリテーションにたずさわる支援者の立場がしっかりと確立され、企業内でその専門性を発揮できるようになるとよいですね。 松爲 支援者の立場がしっかりと確立され、障害者が働きやすい職場環境が整えば、ひいては、多様な人々が自分の力を最大限に発揮できる職場環境を築くための基盤となると思います。日本全体を見ても、働き手が不足していくことが課題になっています。今後の企業の成長には、こうした取組みが必要不可欠であり、企業文化として根づかせることが必要だといえるのではないでしょうか。本日はありがとうございました。 八重田 こちらこそありがとうございました。 用語解説 ※1 職業リハビリテーション 障害者に対して職業指導、職業訓練、職業紹介その他この法律に定める措置を講じ、その職業生活における自立を図ること(「障害者の雇用の促進等に関する法律」より) ※2 ワーキング心理学 アメリカのD.L.ブルスティン博士が提唱。働く人すべてに「尊厳ある仕事」が与えられるべきという理想を支える理論 ※3 クオリティ・オブ・ライフ Quality of Life。「QOL」とも略される。日本語では「生活の質」や「人生の質」などと訳され、生活や人生に対する満足度をあらわす指標のこと ※4 ウェルビーイング Well-being。身体的、精神的、社会的に良好ですべてが満たされた状態のこと 用語解説 ※5 ハーシェンソン.D.B アメリカのキャリア理論の研究者。1970年代に「進路発達」と「職業的発達」は相互に関連するととらえ、その後の障害者とキャリア理論の関連性の理解に役立つ「生態学的モデル」を作成した ※6 基礎的研修 障害者の就労支援に携わる人材に対する雇用・福祉の分野横断的な基礎的知識・スキルを付与する研修。障害者就業・生活支援センターの就業支援担当者と生活支援担当者、就労移行支援事業所の就労支援員、就労定着支援事業所の就労定着支援員の四者は受講必須となる。JEEDでは2025年度より開始予定 ※7 就労選択支援 障害者本人が就労先・働き方についてよりよい選択ができるよう、就労アセスメントの手法を活用して、本人の希望、就労能力や適性等に合った選択を支援するもの 用語解説 ※8 障害者雇用促進法関係法令の改正 直近では令和4年度に改正され、令和5年度以降順次施行されている。改正の概要は厚生労働省のホームページをご参照ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077386_00019.html また、法定雇用率の引上げや除外率の変更についてはこちらをご参照ください。 https://www.mhlw.go.jp/content/001064502.pdf 図 三位一体の支援 キャリア発達 適応→適応向上・定着→QOL Well Being 対処行動 満足 役割 充足 ・自己実現 ・安全 ・自尊 ・生理的 ・連帯 個人の(欲求)ニーズ ・職場 ・地域 ・家庭など 環境(集団)ニーズ 機能の発達 技能の発達 技能の活用 介入と支援 資源の開発 資源の調整 資源の修正 キャリア支援に基づく 職業リハビリテーション学 理念・理論・知識・技術 企業関係者 支援機関家族 本人 雇用の質 支援の質 キャリア意識 ワークキャリア支援 ライフキャリア支援 セルフマネジメント コンサルテーション・コーディネーション 出典:松爲信雄編集委員が作成 写真のキャプション 今後の障害者の職場環境や支援の場においてITの活用やAIの可能性などについて意見を交わす松爲委員(左)と八重田委員(右)