職場ルポ 意思表示が苦手な従業員も安心できる職場づくり ―日本海冷凍魚株式会社(鳥取県)― 食品加工業の職場では、困りごとなどをいい出しにくい従業員も安心して働き続けられるよう支援し、定着と戦力化を目ざし取り組んでいる。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 日本海(にほんかい)冷凍魚(れいとうぎょ)株式会社 〒684-0034 鳥取県境港市(さかいみなとし)昭和町(しょうわまち)12-26 TEL 0859-44-3531 FAX 0859-44-3386 Keyword:知的障害、精神障害、食品加工、特別支援学校、障害者就業・生活支援センター、職場実習、作業日誌、メンター POINT 1 一定期間の職場実習で特性を見きわめ、定着と戦力化を図る 2 現場のキーパーソンを決め、ノートや日誌を活用し安心感につなげる 3 家族や支援機関と連携しながらフォローする カニ加工食品の製造販売  ベニズワイガニなどの水揚げで知られる鳥取県境港(さかいみなと)市。この地で1970(昭和45)年に設立された「日本海(にほんかい)冷凍魚(れいとうぎょ)株式会社」(以下、「日本海冷凍魚」)は、国産カニの解体から冷凍、調理食品の加工、販売までを一手に行っている。  障害者雇用については2000(平成12)年に「障害者雇用優良事業所」として鳥取県知事表彰を受けていたが、その後、障害のある従業員の離職が続き、在職者がゼロになってしまったという。しかし、2011年から2代目として代表取締役社長を務める越河(こしかわ)彰統(あきのり)さんが、障害者雇用の積極的な推進を決め、特別支援学校からの実習生受け入れを中心に採用活動を開始。いまでは従業員123人のうち障害のある従業員は8人(知的障害7人、精神障害1人)で、障害者雇用率は6.09%(2024〈令和6〉年6月1日現在)にのぼる。  越河さんは「障害者雇用では一定期間の実習を行うことでミスマッチが起こりにくくなり、採用後はそれぞれ特性を活かしながら、向上心を持って働いてくれているようです」と話す。各工程にあるさまざまな作業から、本人の特性に合ったものを見きわめ、慣れてきたら少しずつ作業の幅を広げていくようにしているという。製造現場で働く障害のある従業員と、職場の取組みについて紹介する。 会話が苦手な男性の大きな成長  越河さんからのトップダウンで、再び障害者雇用に取り組むことが決まった2011年、タイミングよく地元の特別支援学校から職場実習の依頼があった。そのとき受け入れた実習生が、2012年に入社した藤本(ふじもと)尭大(あきのり)さん(31歳)だ。いまは商品の出荷作業の現場で働いている。  取材した日は、加工食品を詰める組立前の段ボールにスタンプで加工日付の押印作業をしたあと、上司の指示を受けて冷凍庫にある大量の氷をスコップでケースに移し換える作業を行っていた。ほかに商品の箱詰め作業も担当している藤本さんは、「例えば、カニの甲羅(こうらのサイズによって箱が違うので、最初は、一つひとつ大きさを見きわめるのがむずかしかったです」と説明してくれた。  朝8時半からのフルタイム勤務だという藤本さんは、「入社したころは、ちょっと休みがちでした」と明かす。  「仕事を覚えるのがとてもつらくて、ほかの人に話すこともできませんでした。でも会社の人にいろいろ話しかけてもらってから、自分でも話せるようになって、仕事にも慣れて、休まないようになりました」  この経緯について、生産部チーフマネージャーの柳楽(なぎら)一成(かずなり)さんと生産部リーダーの高橋(たかはし)多希(たき)さんに話を聞いた。2人は、障害のある従業員の支援役として、企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ) の養成研修も受けている。  柳楽さんによると藤本さんは、2週間程度の職場実習ではいわれた作業をきちんとこなしたことから採用されたが、いざ入社してみると、出勤してもすぐに、具合が悪いからといって帰ってしまうことが3カ月ほど続いたという。  「このままでは雇用を続けるのはむずかしい」と危機感を抱いた柳楽さんは、ある日、やはり出勤直後に帰ろうとした藤本さんを引き留めて、作業着に着替えてもらい、現場に連れて行った。「やる前から不安だけが大きくなっていた藤本さんの背中を押す必要がありました」  すると藤本さんは、その日は終業まで働くことができた。柳楽さんから「終わりまでできたじゃないか」といわれてうれしそうな顔をしたという。  その日を境に、途中で帰ることが急激に減った藤本さんだが、就業中の課題がもう一つあった。それは、職場で困りごとがあっても直接周囲にはいわず、母親に携帯電話で電話をかけ、母親の口から会社側に伝えてもらうという間接的なコミュニケーションが続いていたことだった。  そこで藤本さんと母親、定着支援を行う障害者就業・生活支援センターの担当者が集まり、話し合った。  「その場で、藤本さんの母校では生徒たちが携帯電話を預けていたことがわかり、職場でも、『強制はしないけれど預けてみたらどうか』と藤本さん親子に提案したところ、藤本さん本人から『預けます』と返ってきました」と柳楽さん。  しかし、携帯電話を預けたからといって、すぐに周囲と話せるようになったわけではない。そこで、「聞きたいことを書くことはできる」といったため、ノートを1冊渡した。藤本さんはその後、職場で聞きたいことや困りごとがあるたびにノートに書き込み、それを柳楽さんたちに見せて助言などをもらうようになった。柳楽さんは「掲示板でみつけた年末調整のお知らせへの対応から『明日が休日というのは本当か』といったことまで、何でも聞かれました」という。  そうしているうちに、藤本さんは仕事や職場の雰囲気に慣れたのか、少しずつ周囲と自然な会話もできるようになったそうだ。いまではノートを介した質問はごくたまにしかないが、それでも本人からは「続けてほしい」といわれている。柳楽さんが話す。  「あのノートがあると安心するのだそうです。家でもノートを見返して、確認しているのだといっていました」  職場内でだれとでも話し、担当作業も増えた現在の藤本さんについて、「奇跡のような大きな成長です」という柳楽さんに、高橋さんがつけ加える。  「いまでは、現場の表示板の間違いなども見つけてくれる働きぶりです。力仕事でも頼りにされ、休まれると困るほどですね。日ごろはみんなに何かと可愛がられる存在でもあります」  藤本さん自身は「会社のみなさんがやさしいので、これからも働いていけると思います」と笑顔を見せていた。 日誌でコミュニケーション  藤本さんとのノートを活用したコミュニケーションが成功した経験をふまえ、ほかの障害のある従業員にも作業日誌を書いてもらうことにした。  高橋さんは「じつは、新たに入社した障害のある従業員に共通していたのは、『困りごとを自分からいい出せない』ことでした。書き込みやすい選択肢つきの日誌なら、小さなことでも相談してもらいやすいと思ったのです」と説明する。  連携している障害者就業・生活支援センター提供の資料をアレンジし、特性に合わせて数種類の作業日誌を用意した。選択肢として「仕事で注意、指摘されたことがある(ある・ない)」、「体調はどうか(悪い=1〜5=よい)」、「相談したい、気になることがあった(ある・ない)」といった内容を基準に、「仕事で困ったレベル(1〜5)」、「仕事で失敗しちゃったレベル(同)」、「嫌な気持ちになったレベル(同)」、「体調レベル(同)」など、わかりやすい表現の選択肢も独自に用意した。  毎日、昼休みなどに総務部のあるフロアへ提出に来てもらい、その窓口で高橋さんたちが一緒に内容を確認し、「ざっくばらんに会話をやり取りしながら、本人の調子や異変を感じとるようにしています」(高橋さん)とのことだ。  また現場では、障害のある従業員一人ひとりにメンター役の社員がつき、仕事の指導や助言をしている。高橋さんによると「本人が頼ることのできる社員を一人に絞っておくことで、仕事のやり方をぶれることなく教えられると同時に、何かあれば気軽に相談できるキーパーソンのような存在として、障害のある従業員の精神的な支えにもなっています」という。そこで確認された課題は、ケースによっては高橋さんたちとも共有し、必要に応じて家族や障害者就業・生活支援センターなどと連携して対応しているそうだ。  こうした支援体制を整える一方、本人に対しては、基本的な挨拶を欠かさないよう力を入れて指導してきたという。柳楽さんが説明する。  「一緒に働いていると『ありがとう』、『ごめんなさい』といった言葉が出てこない従業員が少なくありません。いくら自分からいい出しにくいといっても、少しずつ周囲との心のすき間ができてしまいます。日ごろから助け合わなければいけない職場ですから、本人のためにも、最低限のマナーは必要です。特別支援学校などにもこうした指導をお願いしています」 臨機応変に動く現場  続いて見学させてもらったのは、カニの冷却作業の現場だ。解体されたカニが部位ごとにケースに入って流れてきたものを素早く冷却容器に落とし入れ、温度によって手作業で氷を放り込みながら調節する。「流れ作業を止めないよう、いろいろな作業を考えながら臨機応変に動かなければいけない忙しい現場です」と高橋さんが説明してくれた。  ここでてきぱきと作業していたのは、2017年入社の川上(かわかみ)綾音(あやね)さん(26歳)と、2024年入社の矢吹(やぶき)香菜(かな)さん(25歳)。2人は中学校時代からの知り合いで、いまは毎日一緒に通勤している仲よしだそうだ。  川上さんは、特別支援学校にいたときに2回、それぞれ2週間と1カ月程度の職場実習に参加し、「もともと料理が好きで、食品関係の仕事がしたいと思い志望しました。実習時から冷却作業もやらせてもらえました」という。  「実際に仕事を始めてからは、覚えることが多く、何度も失敗したり間違えたりしました。いまもミスをしないよう注意しながらの作業です」としながらも、「この仕事が好きです。決まった流れ作業が、私に合っていると思います」と語る。  「この職場は、本当にみなさんやさしい人たちばかりで、いろいろ話しかけてもらえるのがうれしいです」とも語ってくれた川上さん。プライベートでは一人暮らしを目ざし、1年以上前からグループホームで生活しているそうだ。  矢吹さんも、特別支援学校時代に日本海冷凍魚で職場実習を受けたが、たまたま採用しない年だったために別の会社に就職した。しかし、しばらくして事業閉鎖のため退職を余儀なくされてしまう。あらためてハローワークで日本海冷凍魚の求人票を見つけ、3カ月間の障害者トライアル雇用を経て念願の入社となったそうだ。  矢吹さんは、洗濯業務も担当しているが、入社当時からそこで仕事を教えてくれたメンター役の上司は、いまも頼りにしている大事な存在だという。  「なかなか人にいえないような自分の悩みも話しています。解決法などを教えてもらったり、アドバイスをもらったりしています。話を聞いてもらえるだけでも安心できます」  いま担当している冷却作業は、「ずっと体を動かしているので好きです」という矢吹さん。「まだまだ覚えることもありますが、社会人としてきちんと働き続けられるよう体力もつけていきたいです」と意欲を見せていた。 就業前の声がけが“スイッチ”  最後に見せてもらったのは、水揚げされたカニが解体されている現場だ。機械や手作業で部位ごとに流れ作業でケースに分けられ、各レーンの端に積み上げられていく。  レーンの間を早歩きで行き来しながら、ケースを移動させていたのは田村(たむら)拓海(たくみ)さん(21歳)。特別支援学校在籍時の実習を経て2021年に入社した。志望した理由を聞くと、「社員旅行や新年会などがあって楽しそうだと思ったからです」と教えてくれた。  「働き始めた当初は、各レーンの積み上げ具合を見ながら臨機応変に動かなければいけないので、ついていくのがたいへんでした」とふり返る一方、「あちこち動き回るようになって、体力もつきました」と笑顔で話す。  記憶するのが少し苦手という田村さん。高橋さんも、このことを田村さんの母校から聞いていたので、忘れてはいけない業務内容などは、紙に書いてロッカーに貼っておくなどの工夫をしてきた。  いまの課題は、たまに原因がよくわからず体調が悪くなり、現場での動きが緩慢になってしまうことだという。その日のうちに「何かあったの?」と聞いても、本人自身もわからないことが多いそうだ。「逆によいときはすばらしい働きぶりなので、体調が悪くなるときの理由がわかるようになるとよいのですが」と高橋さん。  作業日誌になるべく日々のことを書き加えながら、調子の波について分析できるよう試行錯誤しているところだが、最近はよい傾向も見られるという。柳楽さんによると、「朝、現場で田村さんのメンター役の社員が声がけをするとスイッチが入るみたいです。忙しくてそれができないと、スイッチが入らないままお昼を迎えることもあって、そのときは私が声がけをすると午後から動けるようになりますね」。  高橋さんも、「毎日どれだけきちんと声がけができるかが大事かもしれません」と話す。  ところで、田村さんは最近、朝は自分でお弁当をつくっているという。「親にいわれて始めました。冷凍食品ばかりですけど」と苦笑いするが、これも社会人としての大事な一歩だ。 「尊敬する上司のように」  田村さんと同じ現場には、頼もしい先輩従業員もいる。2017年入社の勝部(かつべ)裕太郎(ゆうたろう)さん(26歳)だ。  担当しているのは、各レーンに積み上げられた解体後のカニ入りケースを隣のフロアに運び、次工程につながるレーンに送り出す仕事。部位ごとに冷却などに適した重さが決まっているため、勝部さんは、ケースをレーンの台に載せるたびに、計量数値を見ながら手作業で中身を加減し、適量になったケースから送り出していく。「作業に手間取っていると、すぐにケースがたまってしまいますが、重量数値を間違ってはいけないので、たいへんです」と勝部さん。高橋さんも、「時間と正確さが問われるうえに体力も必要な、とても重要な仕事です」という。  勝部さんは、特別支援学校時代にいくつかの会社の職場実習を経験したなかで、日本海冷凍魚が一番合っているような気がしたという。いまも「入社してよかったと思っている」と話す勝部さんに理由を聞くと、こう返ってきた。  「職場環境に恵まれていると思います。じつは僕は、昔からすぐにイライラしてしまう悪い癖があったのですが、上司や柳楽さんたちと話し合いながら『考えすぎないこと』を心がけるようにしました。いまは、細かいことにイライラする感情を完全になくすことはできなくても、10%ぐらいまで小さくなりました。この職場のおかげです」  柳楽さんは勝部さんについて「とても向上心があって、まじめに仕事に取り組んでくれているのがよいところです。たまにそれが空回りしてしまうことがあるので、みんなで声がけをしながら見守っています」と話す。  勝部さんは、いまも仕事の不安や人間関係が苦手なことなど「課題はある」としたうえで、今後の目標も話してくれた。  「少しずつ改善していって、新しいことにも取り組みたいです。上司が尊敬できる方なので、いつか自分も上の立場になったら、そういう人になりたいです」 精神障害のある従業員も  日本海冷凍魚は、2024年に初めて精神障害のある女性を採用した。3カ月間の障害者トライアル雇用を経て、現在は通院や体力面を考慮し、4時間勤務で働いている。  トライアル雇用中から、仕事のことをメモに書き留めるなど一生懸命な姿も見られた女性社員は、入社前に、合理的配慮として「同時並行で二つ三つのことに取り組むのは、頭が混乱するためむずかしい」、「気持ちがハイテンションになりすぎるとその次に急激に下がってしまうことがあることを知っておいてほしい」と自らの特性を伝えた。女性は以前の職場で、障害のことをいわずに働いていてうまくいかなかった経緯があったそうで、「今回は思い切って開示したところ働きやすくなり、本当によかったです」と話しているそうだ。  今後の障害者雇用について、柳楽さんたちは次のように話してくれた。  「特に食品加工の現場は人手不足になりがちで、若い人たちもなかなか続かないという傾向もあります。そんななかで障害のある従業員のみなさんが、現場の戦力として働き続けてくれることは大きな安心材料です。職場実習やトライアル雇用でのマッチングを重視しながら、今後も可能なかぎり障害のある人を採用していけたらと考えています」 写真のキャプション 国産カニの加工から販売までを手がける「日本海冷凍魚株式会社」 日本海冷凍魚株式会社代表取締役社長の越河彰統さん 加工食品の出荷作業を担当する藤本尭大さん 生産部リーダーの高橋多希さん 生産部チーフマネージャーの柳楽一成さん 段ボールに加工日付を押印する藤本さん カニの冷却作業を担当する矢吹香菜さん 冷却を終えたカニ入りのケースを運ぶ川上さん カニの冷却作業を担当する川上綾音さん 社内のコミュニケーションに活用される作業日誌 各レーンから出されたケースを次の工程へと運ぶ田村さん ケースの移動を担当する田村拓海さん カニの入ったケースを冷却装置に投入する矢吹さん 適量になったケースをレーンに送る勝部さん ケースの移動を担当する勝部裕太郎さん