研究開発レポート 事業主が採用後に障害を把握した発達障害者の就労継続事例等に関する調査研究 障害者職業総合センター研究部門 事業主支援部門 1 はじめに  2005(平成17)年4月の発達障害者支援法の施行にともない、発達障害者に対する支援は充実が図られてきており、職場における課題や継続雇用に向けて講じるべき対処策についての知見は蓄積されつつあるものの、先行研究の多くは、発達障害者として雇用された人を対象としていました。しかしながら、採用後に発達障害であることが事業主に把握された場合に、職場適応上の課題への対応が、新たに求められることもあります。  そこで本調査研究では、事業主が採用後に発達障害であることを把握し、就労継続のために職場適応上の課題解決に取り組んだ事例を通して、発達障害を把握したプロセスや課題解決のプロセスを整理し、採用後に発達障害であることが把握された従業員(以下、「当該従業員」)を雇用する事業主にどのような支援が必要であるかを明らかにすることを目的としました。本稿では、調査研究全体のなかで、企業アンケート調査と企業ヒアリング調査の結果の一部について紹介します。 2 調査方法 (1)企業アンケート調査  2021(令和3)年6月1日現在の障害者雇用状況報告の対象企業10万6921社から、規模×産業×障害者雇用の有無による層化抽出により1万5000社を抽出し、人事・労務管理担当者あてに依頼文を郵送し、Webアンケートフォームにより各社1件の回答を求めました。 (2)企業ヒアリング調査  JEEDの地域障害者職業センター経由で承諾が得られた5社に加え、企業アンケート調査でヒアリングへの対応が可能と回答した51社のうち5社の、計10社に対してヒアリングを実施しました。ヒアリング対象者は、総務担当者、人事担当者、障害者雇用担当者、上司、経営者、社内保健師または社内看護師など、当該従業員の状況をよく知る方々としました。 3 調査結果の概要 (1)企業アンケート調査  3456社から回答を得ました(回収率23.2%)。過去5年程度の間の当該従業員の人数は、「該当者なし」が3143社(約91%)であり、当該従業員が1人以上いるとしたのは、313社(約9%)でした。以下は、当該従業員が1人以上いるとした企業からの回答結果です。  職業生活上の問題(23項目)(図)について、「全く問題がなかった(1点)」、「あまり問題がなかった(2点)」、「やや問題があった(3点)」、「とても問題があった(4点)」として項目ごとに平均点を算出したところ、得点が高い順に「Kマルチタスクが苦手(複数の作業を並行して行うことが困難など)だった」、「P仕事の優先順位を付けられなかった」、「L本人が不注意からミスをしてしまうことが多かった」、「D本人が上司や同僚が言ったことなどをうまく理解できなかった」、「E本人が自分が言いたいことを相手にうまく伝えることができなかった(しゃべりすぎる、情報を伝えすぎる、不適切なことを言うなど)」となっており、これらの5項目に対し、企業が支援や配慮を実施した割合は7割を超えていました。  職業生活上の問題に対する支援や配慮(16項目から複数回答)のうち、企業が実施した割合が高い項目は、「業務指示方法の見直し」(54.8%)、「業務指示や相談に関する担当者の配置」(51.7%)、「職場のルールや迷惑に感じていることを説明し、望ましい対応を伝えた」(51.0%)であり、特に問題を解消した項目として割合が高い項目は、「業務指示方法の見直し」(29.2%)、「本人が遂行可能な職務の創出」(28.8%)、「障害特性上困難な業務(顧客対応や対面業務等)への配慮や工夫、職務内容の見直し」(21.5%)でした。本人が遂行可能な職務を準備し、指示方法の見直しなどを行うことが有効であることが示唆されました。 (2)企業ヒアリング調査 ア 診断・開示に至ったきっかけと経緯  ヒアリングで聴取した10事例のうち5事例は、診断・開示に至った経緯を「職場からの受診勧奨から」としていました。そのなかの1事例は、ストレスチェックで高ストレス者と判定され、本人が産業医の面接指導を希望したことが発端となっており、ほかの4事例は、いずれもほかの従業員との関係に支障を来していた点が共通していました。また別の3事例は、「本人からの自主的な相談から」診断・開示に至ったとしており、そのなかの2事例は、本人が、業務がうまくいかないことに悩み、上司や健康管理室などに相談を持ちかけたものでした。そのほかの2事例は、「本人の心身の不調による勤怠問題から」診断・開示に至っていました。 イ 職業生活上の課題と対応(配慮や工夫)  職業生活上の課題については、作業上またはコミュニケーション上の課題に言及しているものが各8事例で、いずれの課題にも言及していない事例はありませんでした。それ以外には、感情コントロールおよびソフトスキルへの言及が各2事例、気持ちの不安定さおよび出勤の不安定さへの言及が各1事例、対人関係のトラブル(人間関係の拗れ)への言及が4事例ありました。  言及された課題のうち対人関係のトラブルについて、うまくいかないことの原因・理由がわからないまま当該従業員および周囲の従業員の双方が疲弊し修復不能な段階まで拗れてしまうという、障害が把握されていなかったために生じてしまった課題が含まれていました。発達障害と診断され、原因がわかることで周囲の納得や協力が得られることにつながった事例もありましたが、修復不能な段階まで拗れていた場合には、配置転換で環境を変え、新たに人間関係を構築することで対応した事例もありました。 ウ 対応をふり返って(課題、有効な対応方法)  企業で実際に当該従業員と向き合ったヒアリング回答者らの語りのなかには、「根気強く」、「時間をかけて」、「丁寧に」、「寄り添って」、「諦めずに」、「信頼関係の下で」といった言葉が多く聞かれており、こうした姿勢が対応上のポイントになっていたことがうかがえました。また、発達障害者の雇用経験や雇用障害者への対応経験がなかったヒアリング回答者が多く、「手探り」での対応であったことや「手探り」であるがゆえの不安や苦労も語られていました。 4 まとめ  当該従業員が直面する職業生活上の問題は、発達障害者として就職した場合と同様のものでしたが、障害が把握されたのが就職後であったために、業務の調整や周囲の人々との関係の再構築に困難が生じやすいことがうかがわれました。当該従業員に「寄り添い」、「根気強く」、「諦めずに」、「時間をかけて」、「丁寧に」、「信頼関係を築いて」支援や配慮を行っている上司・同僚などが重要な役割を果たしていることがわかりました。こうした方々を支援し、孤立化させないための取組みが重要になると考えられます。  本レポートの元となる調査研究報告書173「事業主が採用後に障害を把握した発達障害者の就労継続事例等に関する調査研究」(※)は障害者職業総合センターホームページからご覧いただけますので、あわせてご活用ください。 図 職業生活上の問題 全く問題がなかった あまり問題がなかった やや問題があった とても問題があった 無回答 n=313 @時間を守ることが難しかった 39.9% 25.2% 17.6% 9.3% 8.0% A衛生面を整えることが難しかった 53.0% 28.1% 8.6% 1.9% 8.3% B仕事をする上で適切な服装をすることが難しかった 55.9% 24.6% 8.9% 1.6% 8.9% Cトイレのマナーを守ることが難しかった 64.5% 25.2% 1.9% 8.3% D本人が上司や同僚が言ったことなどをうまく理解できなかった 14.7% 17.3% 40.3% 19.2% 8.6% E本人が自分が言いたいことを相手にうまく伝えることができなかった 12.5% 21.7% 40.9% 16.0% 8.9% F本人が上司や同僚などの話をうまく聞くことができなかった 16.6% 22.0% 38.0% 14.4% 8.9% G本人が職場の明文化されたルール・規則を守れなかった 30.7% 31.6% 19.2% 9.3% 9.3% H本人が職場の暗黙のルールや場の雰囲気、相手の感情をうまく理解できなかった 21.4% 24.3% 33.2% 12.5% 8.6% Iこだわりが強く、興味や行動が限られた 22.0% 29.4% 27.5% 12.5% 8.6% J興味のない仕事の質や効率が(極端に)低かった 19.5% 30.7% 28.8% 12.1% 8.9% Kマルチタスクが苦手(複数の作業を並行して行うことが困難など)だった 9.6% 14.4% 37.1% 30.7% 8.3% L本人が不注意からミスをしてしまうことが多かった 11.8% 21.7% 36.1% 21.7% 8.6% M本人がやらなければならないことや指示内容を忘れてしまった 15.7% 22.0% 34.8% 18.5% 8.9% N注意の持続が短く、気が散ってしまった 21.4% 27.8% 29.7% 11.8% 9.3% O一つの物事や作業に過度に集中してしまった 19.8% 35.5% 27.8% 7.7% 9.3% P仕事の優先順位を付けられなかった 12.8% 19.5% 36.7% 22.0% 8.9% Q締切に間に合わないことが多かった 19.2% 34.2% 28.8% 8.3% 9.6% R本人が感情的になりやすく、かんしゃくを起こした 39.9% 27.2% 14.7% 8.9% 9.3% S本人と上司や同僚との間で対人トラブルが生じた 27.5% 29.1% 22.0% 12.8% 8.6% 21本人が文字の読み書きをうまくできなかった 50.8% 31.3% 6.7% 1.9% 9.3% 22本人が計算をうまくできなかった 48.9% 30.7% 8.9% 2.6% 8.9% 23本人の勤怠が乱れた 38.3% 24.0% 18.8% 10.5% 8.3% ◇お問合せ先 研究企画部企画調整室 (TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) ※https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku173.html