職場ルポ 効率的な分業、特性に応じた支援で戦力化 ―四国管財株式会社(高知県)― 病院の清掃業務などをになう職場では、従業員の特性を活かした分業と戦力化、家庭との連携などによって、安心して働きやすい環境づくりを目ざしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 四国管財株式会社 〒780-0833 高知県高知市南はりまや町2-4-15 TEL 088-884-3777 FAX 088-883-0872 Keyword:知的障害、精神障害、聴覚障害、病院、清掃、分業、ミーティング、コミュニケーション POINT 1 作業負担の高い清掃業務を分業、効率化と戦力化を図る 2 家庭との緊密な連携、こまやかな声がけが安心感に 3 独自の報・連・相システムで働きやすい環境づくり ビルメンテナンスからハト対策まで  高知県高知市に本社を構える「四国管財株式会社」(以下、「四国管財」)は、1962(昭和37)年の設立以来、ビルメンテナンスから病院サポート業務、マンション管理、害虫駆除、ハト対策まで幅広い事業を展開してきた。なかでも病院現場の清掃・衛生管理業務には、2000(平成12)年ごろから障害のある従業員もたずさわるようになり、大事な戦力として定着しているという。  いまでは従業員340人のうち障害のある従業員は8人(身体障害3人、知的障害3人、精神障害2人)で、障害者雇用率は2.79%(2023〈令和5〉年6月1日現在)にのぼるそうだ。  今回は、取引先の病院現場で働く従業員のみなさんを中心に、四国管財の社風を活かした障害者雇用の取組みについて紹介していきたい。 1日150枚のダスター洗浄  JR高知駅から徒歩5分、街なかの川沿いにある「社会医療法人近森(ちかもり)会近森病院」は、年間の救急車搬入が約7千件超という地域の中核病院だ。ここで四国管財は、クラークやアテンダント、警備、清掃、設備管理などの業務を請け負い、180人ほどの従業員が働いている。  このうち清掃部門(約70人)には障害のある従業員3人が所属している。四国管財の事業部第1事業課長とお客様係を務める筒井(つつい)潤(じゅん)さんに職場を案内してもらった。ちなみに四国管財では、代表取締役社長の森下(もりした)幸雄(ゆきお)さんをはじめ、主要な管理職は「お客様係」の肩書きも持っているそうだ。  最初に見学させてもらったのは、同病院の職員と四国管財の従業員の休憩場所や事務所が入っている病院管理棟。1階の敷地内に、ずらりと洗濯機が並ぶ一角がある。院内の清掃で使われたダスタークロスを洗浄している場所で、毎日150枚ほどが集まってくるという。ここでの作業は、業務用の掃除機で小さなごみなどを吸い取り、消毒液につけ込んだあと、洗濯機で洗ってから干していくという流れだ。  テーブルに乗せたダスタークロスに、1枚ずつ掃除機ノズルをあてて吸引作業をしていたのは山ア(やまさき)功喜(こうき)さん(23歳)。特別支援学校2年次、3年次の職場実習を経て2019年に入社した。学校の先生から四国管財に、「会話はむずかしいが、いわれたことはしっかりやれる生徒です」との推薦があったそうだ。  事業部第1事業課主任の中平(なかひら)美香(みか)さんは、実習生の指導をするなかで「一度教えた作業のやり方を守っていた山アさんの様子を見て、少しずつ作業の幅を広げても大丈夫だと感じました」とふり返る。  「食堂の掃除でテーブル拭きまでこなしたので、次にベッドメイキングなども試したところ、ペアを組めばできるとわかりました。双方向の会話がむずかしいので、一緒に組む人との息が合うかどうかがポイントでした」  この日も、ダスター洗浄作業を終えた山アさんは、先輩従業員と一緒に院内にある宿直室の清掃に向かった。先輩の声がけに合わせて黙々とシーツ交換をする姿に、筒井さんは「教えた作業を忘れず、いつもきっちり取り組むので驚かされます。大事な業務を任せられる、大事な戦力であることは間違いありません」と教えてくれた。 なくてはならない戦力  病院本館1階に併設されている医療廃棄物の回収場所では、水拭き掃除に使われるモップの先の替え糸部分の洗浄作業が行われていた。中平さんによると「各現場で使った従業員が、それぞれ消毒液入りの大きな専用器に入れていきます。それを担当者が引き上げ、高圧洗浄ホースを使って一つひとつ汚れを洗い落とし、洗濯機と脱水機を経たものを、棚に重ねていきます。1日300〜500枚ほど、干す間もなくどんどん使われます」とのことだ。  長靴を履き防水エプロンなどで身を固め、てきぱきと洗浄作業をしていたのは半田(はんだ)育大(いくひろ)さん(35歳)。入社13年になるベテランだ。  朝7時半に出勤し、病院職員向けの食堂や休憩所の清掃を担当したあと、休憩をはさみ15時半までモップの洗浄作業に従事している。以前は、南国市内の福祉作業所に通い、菓子箱の組立て作業に取り組んでいたそうだ。  仕事でたいへんなことは「ないです」と即答してくれた半田さんに、ここで働いていてよかったと思うことをたずねたところ、「みんなに『いつもきれいに洗ってくれてありがとう』と、ほめてもらえることが一番うれしいです」と教えてくれた。  筒井さんは「先日、半田さんが体調を崩して数日休んでいたときは、病院の職員さんたちに『どうかしたの?』と心配されるほど欠かすことのできない存在です。半田さんの代わりを務めた従業員は作業に苦労していましたね。あらためて半田さんは、なくてはならない戦力だと実感しています」と話してくれた。  モップ洗浄作業は、もともと専任の業務ではなかったそうだ。現場でモップを使う従業員が、それぞれ手作業で1本ずつ洗浄していたが時間と手間がかかっていた。そこで高圧洗浄機が使える場所を確保し、モップ洗浄だけの業務をつくったことで、全体の作業効率が大幅にアップしたという。筒井さんが話す。  「こうした分業は、障害者雇用のためというのではなく、さまざまな作業で実践されてきました。広い院内を回ってごみ回収だけをする従業員もいますし、逆に、掃き掃除やダスター干しなどを互いに手伝うこともあります。病棟の清掃業務は、ごみ回収から掃除機、拭き作業、モップ洗いまで1人で担当すると結構な重労働なので、分業を効率よく組み合わせていくようにしています」 声がけが安心感に  聴覚障害のある岡野(おかの)智子(ともこ)さん(33歳)も、半田さんと同じく入社13年になる。地元の聾学校を卒業したあと、父親の勤務先でもあったという四国管財に入社した。最初は、障害のない人たちとのコミュニケーションや指示内容がわかりにくかったことに苦労したそうだが、いまでは相手の口の動きを読み取り、いつも持ち歩いているメモを使って筆談も交えながら意思疎通を図っているそうだ。  朝は病院職員向け食堂の掃き・拭き掃除などをしてから、休憩室や病棟内の清掃の応援に向かう。その後は宿直室の清掃とベッドメイキングをこなし、午後は職員更衣室の掃き・拭き掃除、病棟内のごみ回収、建物の外回りの掃除まで行う。「さらに時間が余ったときは、私にメモで『なにか手伝えることありますか?』と伝えてくれます」と中平さん。  ちなみに岡野さんは毎日、業務が一つ終わるごとにメモに「済」マークをつけて中平さんに見せて確認してもらっている。「彼女にとっては、作業の一つひとつを目に見える形で確認してもらうことが、精神的な安心感につながっているようです」と話す中平さんは、全体として職場で心がけていることも「声がけ」だという。  「なかでも障害のある従業員には、たびたび声がけをします。特に1人で作業をしているときに近くにいる人が『お疲れさま』、『大丈夫?』、『何かあったらいってね』などと一言かけるだけで、安心して働けるようですね」  この日は、病棟の宿直室(4部屋)の清掃業務を見せてもらった。基本は1人での作業だという。まず部屋のごみ箱を廊下のドア脇に置く。何かの理由で作業中の従業員がその場から離れても、まだ掃除が終わっていないことを知らせる目印だという。  その一方、もしドアが閉まった状態で「在室中」の表示になっている清掃予定の部屋があった場合、岡野さんはほかの部屋の固定電話から中平さんに連絡を入れる。  「電話がかかってきた時点で場所がわかるので、現場に行くなどして確認します。そういうフォロー体制さえ取れば、岡野さんに1人での作業を任せられるので、とても助かっています」と中平さんはいう。  そんな岡野さんは2014年に初めて地方アビリンピック(高知県)のビルクリーニング種目に出場した。筒井さんによると、「たまたま職場にアビリンピックのお知らせが回ってきて、岡野さんに『出てみる?』と声をかけたらすぐに『出ます!』と返ってきました。なにごとにも意欲的なところが彼女のよいところでもあります」とのことだ。  ほかの従業員にも協力してもらって練習を重ね、競技当日は、職場の同僚たちが本人に内緒で作成した横断幕とともに応援にかけつけたそうだ。2017年と2018年には念願の全国アビリンピックにも出場し、2018年は努力賞を受賞した。「アビリンピックに参加できてうれしかったです。今後も楽しく仕事ができるようになりたいです」と伝えてくれた岡野さんは、いまは手話サークルや卓球の活動も楽しんでいるそうだ。 日ごろから家庭と連絡を取り合う  病院の清掃部門は、単独で作業に取り組む現場が多く、一人ひとりの心身の状況などを把握しにくいこともある。そのため筒井さんたちは、より意識的に、本人や家庭も含めて意思疎通と情報共有を図る機会をつくっているという。  山アさん、半田さん、岡野さんについても、日ごろから何かあれば家庭と連絡を取り合うなど連携し合っているそうだ。職場で本人に比較的大事なことを話したときは、必ず家庭に電話などで伝えるようにしている一方、家庭からも日常的にさまざまな連絡が入る。  例えば、山アさんの母親からは「今日はお弁当がないので売店で買わせてください」、「今日は別のルートでバスに乗ります」といったショートメールが届くそうだ。「基本的に本人が1人でできることですが、私たち周囲の従業員が『お金はちゃんと持った?』、『今日は別のバスだから時間違うよね』、『トイレは先に行った?』など家族のように声がけをしています」と中平さん。  筒井さんは「もともと私たちの職場では、障害の有無に関係なく、従業員に深くかかわってきました。入社まもない従業員に異変を感じたら、すぐに家族に連絡して事情を聞きますし、無断欠勤した場合は、本人の安否確認が取れるまで自宅まで行くこともあります」と説明する。  従業員一人ひとりと深くかかわる社風を象徴するのが、全従業員に渡されている「ドリームカード」だ。  名刺サイズに折りたためる細長いカードには、会社の経営理念やミッションなどがわかりやすい言葉で書かれているほか、表紙には「どんな小さな事でも…どんな悩み事でも…365日24時間お待ちしております。」との言葉とともにフリーダイヤルの電話番号が記載されている。  「会社ぐるみの多少おせっかいな職場で働いてきた私たちとしては、なんの違和感もなく3人の家庭とも親密にかかわってきました。逆にそうした日ごろからの意思疎通がなかったら、何かあったときに双方に誤解が生じやすくなります」と筒井さん。  従業員同士のちょっとした口喧嘩(げんか)などささいなトラブルがあったときは、家庭から心配する電話がかかってくることもあるが、筒井さんが事情を説明すると安心してもらえるという。  また職場では、毎日10分程度行われる全員参加のミーティングも重要だという。日によって指名された従業員が、入社時にドリームカードに記入した「私の夢」の進捗状況や身近な目標、新たに目ざしていることなどを自由に発表する場をつくっているそうだ。筒井さんが話す。  「コロナ禍で一時中止になっていましたが、予想以上に従業員同士の距離感ができてしまったようで、職場の雰囲気も悪くなり、実際に小さな行き違いも起きました。日中は各現場でそれぞれ働いているだけに、たとえ短い時間でも一堂に集まって、互いにコミュニケーションをとることが大事なのだと再認識しているところです」 「ラッキーコール」  職場内のコミュニケーションを大事にしているという四国管財は、独自の報連相(報告・連絡・相談)システムを「ラッキーコール」と呼び、取り組んでいる。現場で見つかった問題は改善できるラッキーなことだとプラスにとらえた考え方で、顧客からの報告だけでなく、従業員自ら現場での失敗やミスも申告するという仕組みだ。  年間300件ほどのラッキーコールのうち9割以上が従業員からだという。四国管財は「クレームを起こしたときに一番不安なのは従業員自身である」として、「どんな小さなことでも会社が対応することによって働きやすい環境をつくり、クレームに誠心誠意対応することで顧客との関係が深まり、会社として成長できる」としている。  筒井さんたちの現場でも、本人が少しでもいいやすい状況にするため、事前に「どんな失敗をしても、その先は会社側の問題なのだから、隠さず、ウソだけはつかないでほしい」と話しているそうだ。  実際に小さなものも含めて年間50件ほど上がってくるが、「多いのは道具などが壊れたケースで、ほとんど経年劣化が原因です。そういう小さなことも含めて申告しやすい環境が、安心して働きやすい職場につながっていると思います」とのことだ。  最後に、目下の課題について筒井さんにたずねたところ、「採用や雇用にかかわる一般的な知識が足りないなと感じ始めています」との答えが返ってきた。  いまも特別支援学校などからの依頼で職場実習を受け入れたり、就職希望者の実習を行ったりしているそうだが、「さまざまな障害特性を持った人たちに対応するなかで、やはり、コミュニケーションだけではカバーしきれない部分もあるなと思うようになりました」と筒井さん。まずは、当機構(JEED)が実施している障害者職業生活相談員資格認定講習(※1)や企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修(※2)の受講を検討しているという。  今後も、従業員一人ひとりの長所短所を見きわめ、職場のみんなで助け合いながら、業務全体の効率と質の向上を目ざしていくそうだ。 ※1 https://www.jeed.go.jp/disability/employer/employer04/koshu.html ※2 https://www.jeed.go.jp/disability/supporter/seminar/job_adapt02.html 写真のキャプション 四国管財株式会社事業部第1事業課長でお客様係の筒井潤さん 清掃部門で働く山ア功喜さん ダスターの洗浄作業にあたる山アさん 事業部第1事業課主任の中平美香さん 清掃部門で働く半田育大さん 山アさんは宿直室のベッドメイキングも担当している 半田さんはモップの洗浄作業をになう 清掃部門で働く岡野智子さん 宿直室のベッドメイキングを行う岡野さん 2017年に開催された第37回全国アビリンピック(栃木県)で競技に臨む岡野さん 「ドリームカード」には「私の夢」が記入されている 毎日行われるミーティングの様子。貴重なコミュニケーションの場にもなっている(写真提供:四国管財株式会社)