クローズアップ 障害のある人とスポーツ 最終回 〜だれもがスポーツを楽しめる社会に向けて〜  これまで5回にわたり、「障害のある人とスポーツ」についての連載をお届けしてきました。そして8月28日からは、フランス・パリで夏季パラリンピックが開催されます。最終回となる今回は、これまでの記事をふり返りながら、今後のパラスポーツがさらに推進されるための課題について、日本福祉大学スポーツ科学部教授の藤田紀昭さんに執筆していただきました。 執筆者プロフィール 日本福祉大学 スポーツ科学部教授 公益財団法人 日本パラスポーツ協会 技術委員会副委員長 藤田(ふじた)紀昭(もとあき)さん  1962(昭和37)年香川県生まれ。筑波大学大学院修士課程修了。2017(平成29)年より、日本福祉大学スポーツ科学部。研究分野は、体育学・障害者スポーツ論。文部科学省スポーツ庁「オリンピック・パラリンピック教育に関する有識者会議」委員などを歴任。 パラスポーツをめぐる現在の状況  本連載は、障害のある人のスポーツを通しての社会参加と効用といった幅広い視点を持つものでした。  第1回で、パラスポーツの言葉の意味と現状や歴史について触れた後、第2回ではパラアスリートの職場での実際、働く会社の支援について紹介しました。トップレベルの選手がパラリンピックなどの国際大会でよい成績を収めるうえで、生活を安定させることは何より大きな課題です。企業とパラスポーツの関係はこれにとどまらず、競技団体への経済的支援や人的支援、大会スポンサーなど幅広いものがあります。  公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団(静岡県)の調べ(※1)によれば、障害者スポーツの競技団体登録者数の平均は499人で、公益財団法人笹川スポーツ財団(東京都)の調査(※2)による障害のない人の競技団体の一団体あたりの平均登録者数10万2986人と比較して非常に少なく、経営基盤は極めて脆弱です。それゆえ競技団体の運営は公的な補助金や企業からの支援に頼らざるを得ない状況です。企業と被雇用者、スポンサーとスポンサードという関係のあり方だけでは企業の業績や社会状況により支援の打ち切りがいつくるともかぎりません。そうならないためにも選手や競技団体と企業が互いにメリットのある関係性を構築し、また、互いをさまざまな社会課題を協力し合って解決していくパートナーとして位置づける必要があります。そうした関係を土台として、企業も選手も競技団体も成長していけると考えられます。第4回で紹介されている特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会は、そうした企業との関係を持っている好事例といえます。  第3回はパラアスリートを支える装具についてのレポートでした。義足や車いすなどの発展は選手のパフォーマンスの向上につながるだけでなく、その技術や素材は日常で使用する車いすや義足などにも汎用されています。本連載のなかでも触れられたチタン合金やカーボンファイバーは軽くて丈夫な素材として日常生活用の装具や車いすにも使われるようになりました。また、身体を正確に素早く計測し、選手の負担を軽減する技術やスポーツ時の安定した動きを実現するための義足や車いすの構造なども同様です。トップ選手のために開発された技術は一般の車いすや義肢、装具に活かされているのです。こうして開発された技術の恩恵に成長期にある子どもたちも与(あずか)れることを願っています。成長に合わせて高価な装具などを買い替えていくことはむずかしく、そのことが子どもたちのスポーツ参加の機会を奪っていると考えます。もっとも運動の欲求やニーズが高い青少年期の子どもたちがこうした補助具を簡単に利用できる仕組みがあれば、さらにパラスポーツの強化と普及に、そして何より子どもたちの成長に貢献できるはずです。  第4回と第5回では肢体不自由、視覚障害、聴覚障害、知的障害のある人のスポーツ実践とそれを支える競技団体や障害者スポーツセンターなどを紹介しました。第2回と第3回の報告も含め、障害のある人のスポーツにはさまざまな人がかかわっていることがわかります。サポートする人の幅広さは障害のない人のそれよりも大きいと思われます。それでもなお、障害のある人のスポーツ実施率は障害のない人に比べて低い傾向が続いています(図1)。 障害のある人がスポーツを継続するために  さて、障害のある人がスポーツを始め、継続するためには次の七つの条件が揃う必要があることが近年わかってきました(※3)。@〜Bまではスポーツにアクセスするための条件、C〜Fはスポーツを継続するための条件です。 @スポーツを始める前の状況(スポーツに関心があるか否かなど) A障害者スポーツに関する情報を得ている B障害者スポーツの場へのファーストアクセスがある Cチームやクラブなど障害者スポーツを継続するための受け皿がある D継続的な障害者スポーツの場へのアクセス方法が確保されている E競技レベルに応じた社会的支援(家族、職場などの支援)、経済的支援(海外遠征、合宿、用具の購入など)がある F何らかの形(ロールモデルの存在、指導者、ライバルの存在、パラリンピックなどの大会、目標となる記録や成績など)で競技に対するモチベーションが維持されている  2021(令和3)年にパラリンピックが東京で開催されたことから、開催前から、多くの人々がパラスポーツに注目し、相当量の報道がなされました(図2)。また、小・中学校を中心にオリンピック・パラリンピックに関する教育が全国各地で展開され、子どもたちもパラスポーツについて学んだり、体験したりしました。その結果、国民の多くがパラスポーツに関する知識を得るようになり、障害のある人もパラスポーツに関する情報をさまざまなルートで得られるようになりました。七つの条件のうち、Aに関して大きな進歩が見られたといえます。国際大会で活躍するようなトップレベルの選手たちについてはアスリート雇用が促進されたり、各種助成金が支払われたりするようになり、条件のEが改善され、競技に集中できる環境も整ってきたといえます。  しかしながら障害のある人がスポーツを実施しやすい環境が十分であるとはまだいえません。ここでは特に条件@について触れておきたいと思います。2023年度のスポーツ庁の調査(※4)で障害のある人が運動・スポーツを実施しない理由の上位三つは(複数回答)「運動・スポーツが嫌いである」(33.4%)、次に「特に理由はない」(24.0%)、3番目が「運動・スポーツに興味がない」(23.0%)でした。運動・スポーツへの関心のなさが大きな要因になっていることがわかります。過去に運動・スポーツを実施する機会が少なかったり、うまくできないことが原因で嫌いになったり、興味を失うことがあったのではないかと推察されます。このようなことを減らすため、まずは運動やスポーツに関心を持てるような環境をつくる必要があります。学校、地域あるいは職場などのスポーツの現場において、どのように障害のある人にスポーツに参加してもらうのかを考え、さまざまな取組みがなされることが必要です。  2025年にはデフリンピック大会が東京で、2026年にはアジア・アジアパラ競技大会が愛知・名古屋で開催されることが決まっています。東京パラリンピックに続き、パラスポーツの国際大会が国内で開催されることは人々に障害のある人やパラスポーツに関心を持ち続けてもらうためのよい機会だといえます。こうした大会のレガシーとして多くの障害のある人がスポーツを通じて日々の楽しみや自己実現ができ、障害のある人もない人も、ともにスポーツを楽しめる社会、すなわち共生社会が実現することを期待したいと思います。 ※1 公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団「2023(令和5)年度障害者スポーツを取巻く社会的環境に関する調査研究」 ※2 公益財団法人笹川スポーツ財団「中央競技団体現況調査 2022年度報告書」 ※3 公益財団法人ヤマハ発動機スポーツ振興財団「2022(令和4)年度障害者スポーツを取り巻く社会的環境に関する調査研究」 ※4 スポーツ庁「障害児・者のスポーツライフに関する調査(令和5年度)」 図1 週1回以上スポーツを実施した人の割合(%) 2013年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施18.2 2015年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施19.2 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施40.4 2017年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施20.8 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施51.5 2019年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施25.3 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施53.6 2020年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施24.9 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施59.9 2021年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施31 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施56.4 2022年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施30.9 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施52.3 2023年 障害者:20歳以上で週に1日以上実施32.5 国民全体:20歳以上で週に1日以上実施52 「スポーツの実施状況等に関する世論調査」および「障害児・者のスポーツライフに関する調査」(いずれもスポーツ庁)より筆者作成 図2 2004年以降の障害者スポーツ関連の記事数 夏季パラリンピック開催年 2004年1778 2008年1815 2012年1867 2016年8437 2021年13767 冬季パラリンピック開催年 2006年1075 2010年1195 2014年3972 2018年7913 パラリンピック未開催年 2005年762 2007年642 2009年783 2011年571 2013年2029 2015年4714 2017年6817 2019年8398 2020年7646 (2004年〜2021年の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞に掲載されたスポーツ関連の記事数。各社データベースにて「パラスポーツ」など関連キーワードとして検索した記事の合計。筆者作成)