職場ルポ 高いパソコンスキルや能力、こまやかな支援で活かす ―静清信用金庫(静岡県)― 難易度の高い事務能力が求められる金融機関では、こまやかな支援や指導で、本人のパソコンスキルもいかんなく発揮できる職場を目ざしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 静清(せいしん)信用金庫 〒420-0033 静岡県静岡市葵区昭和町2-1 TEL 054-254-8882 FAX 054-254-7783 Keyword:精神障害、ADHD、知的障害、身体障害、金融業、国立職業リハビリテーションセンター POINT 1 ハローワークからの紹介を中心に採用、人事部拠点に支援と育成 2 一人ひとりの事情や特性に合わせて部署配属 3 他部署への応援派遣もしながらキャリアアップや業務拡大も 創立102年の信用金庫  1922(大正11)年の創立から102年を迎えた「静清(せいしん)信用金庫」は、地域の中小企業を経営面から支える金融機関として静岡県内に42店舗を展開している。  障害者雇用については1982(昭和57)年に身体障害のある職員を採用して以来、少しずつ雇用を進め、いまでは職員583人のうち、障害のある職員は12人(身体障害8人、知的障害2人、精神障害2人)、障害者雇用率は2.5%(2024〈令和6〉年4月1日現在)だという。採用から定着までかかわっている、人事部人事課で課長を務める加藤(かとう)久仁子(くにこ)さんは「それぞれの特性や事情に沿って支援をしながら能力を活かしてもらい、大事な戦力として活躍してくれています」と話す。  また静清信用金庫ではこれまで、福祉施設が手がけたパンやお菓子の販売機会をつくったり、特別支援学校の生徒や障害のある人の美術作品をロビー展示したりするなどの活動も続けてきた。2021年度には「障害者雇用優良事業所厚生労働大臣表彰」を受賞している。  今回は、パソコン作業が中心の職場で、こまやかな支援や指導を受けながら能力を発揮している精神障害のある職員のケースを中心に、全体の取組みなどを紹介していきたい。 高校でADHDと診断  2023年8月から人事部人事課で働いている加藤(かとう)圭樹(けいじゅ)さん(26歳)は、高校3年生のときに親のすすめで病院を受診し、注意欠如・多動症(ADHD)と診断されたそうだ。「自分は、ものごとに集中しすぎるところと、逆に注意散漫なところがあります」と説明してくれた。進学した国立大学で歴史などを学びながら、学生支援室にも通った。就職活動では公務員試験の面接まで進んだが残念な結果になってしまったという。  大学卒業後は就労移行支援事業所に通い、あらためてパソコンスキルの習得など就職活動に向けた訓練を1年半続けたそうだ。  ちょうどそのころ静清信用金庫の加藤課長に、ハローワークから加藤さんを紹介したいと連絡が入った。「私たちが以前からパソコン操作のできる人を探していると伝えていたので、適材だとすすめてくれたようです」と加藤課長。  さっそく職場見学に来た加藤さんに、加藤課長が人事課の業務を紹介しながら「エクセルの関数はできる?」と聞いてみたところ「できます」と即答。その日のうちに操作も披露してもらい、十分なパソコンスキルがあることを確認できたという。  職場実習と半年間のトライアル雇用期間中にも、加藤さんは持ち味の探求心や集中力を発揮して周囲を驚かせた。  加藤さんが最初に任された業務は、全職員の名簿づくりだった。1年を通して頻繁に異動があるため、そのたびに支店別、部署別に名前を入れ替える作業を、加藤課長は手作業でやっていたそうだが、加藤さんはエクセルの機能を駆使して、自動的に更新できるように整えてくれたそうだ。加藤課長がふり返る。  「私が何気なく『こういう社内名簿づくりは、更新が面倒なんだよね』と話していたことを覚えていたようで、ある日、自主的に完成させていました。『これはだれがつくったの?』と聞いたら『僕です』というのでびっくりしました」  加藤さんは、就労移行支援事業所で見つけたエクセルの本を読みこみ、独学でスキルアップしていたのだそうだ。 いくつかの課題も改善  一方で、実習時から対応を迫られた、いくつかの課題もあった。一つめがコミュニケーションだ。加藤課長が説明する。  「もともと就労移行支援事業所から、彼が会話で言葉が出にくいと聞いていましたが、配属予定先の人事部は社内からの問合せなど対話が必要なことが多く、相手方全員に特性を理解してもらえるわけでもありません。いかに職場に溶けこめるかがポイントでした」  加藤課長たちは、就労移行支援事業所から提供された、加藤さんについて配慮すべき点などをまとめた資料を部内で共有し、「まずは本人からの言葉を待つ」、「仕事を頼むときは一人一つずつ順番に」といったことから始めた。具体的には、加藤課長が加藤さんの窓口となって、さまざまな業務のスケジュールを交通整理していったそうだ。  「一方で、彼自身がうまくコミュニケーションをとっていけるような指導も心がけました。廊下で彼とすれ違うたびに『こういうときに、お疲れさまって挨拶するんだよ』などと声をかけていましたね」  もう一つの課題が遅刻だ。「学生時代は、昼夜逆転の生活習慣もなかなか治せませんでした」と明かす加藤さんは、就労移行支援事業所で支援を受けるなかで改善していったが、それでもトライアル雇用期間中に3回、遅刻してしまったことがある。  加藤課長は「朝が苦手だとも聞いていましたが、ある日は電話をしたときにまだ寝ていたので、さすがにきつく注意しました。同時に就労移行支援事業所にも連絡し、精神面でのフォローをお願いしました。もちろん本人は、真っ青な顔で職場に来たので、反省はしているのだなと思いました」と話す。  後でわかったそうだが、遅刻には、緊張による不眠や体の不調も影響していたという。これについて加藤さん自身も説明してくれた。  「トライアル雇用期間中に、就労移行支援事業所の担当者や主治医と相談して自分に本当に必要な睡眠時間を確認し、逆算して就寝できるよう薬も処方してもらいました。いまは薬に頼らずにすんでいます。緊張で眠れないということがなくなったからだと思います」  正式採用されてから半年経つが、それから遅刻は一度もない。「いまでは、なんでも一人でできるようになりましたね」と、加藤課長は太鼓判を押す。 他部署からも頼られる存在  加藤さんは正式採用されてまもなく、給与にかかわる各種保険料の算出という大事な業務も手がけるようになったが、これには想定外の事情もあった。当時担当していたベテラン職員が急きょ定年後再雇用を辞退して退職することになったのだ。  かぎられた短い期間での引継ぎ作業にもかかわらず、担当者が使っていたマニュアルは古く、変更点がたくさんあった。実際に引き継いだあとも、関係するいろいろな人から修正を求められるなど、たいへんだったそうだ。「それでも加藤さんは私に説明を求めることもなく、淡々と一人で作業を進めていたので、自分なりのやり方を確立したのだと思います」と話す加藤課長。「でも仕事は一人だけで進められない場合もあり、報連相も大事ですから、会話が苦手でも、きちんと伝えるようにとも指導しています」とつけ加えた。  予想外のハードルも乗り越えた加藤さんは、周囲からも頼りにされる存在になっている。加藤課長は「少し無理のある難題をお願いしたとき『それはできません』と即答したのに、数時間後には『できました』といって見せてくれたこともあります。じつはずっと考えていたようです。そういうあきらめない姿勢は本当に尊敬します」という。これについて加藤さんは「いくつか試して、これでダメだったらあきらめようと思ってやったのがうまくいきました」と笑顔を見せた。  職場でたいへんなことはないかとの問いには、しばらく考えて「アルバイトをしていたときに比べれば、大丈夫です。大学4年間、同じ飲食店でアルバイトを続けていたので」と教えてくれた。  「調理とレジ打ち以外の接客や盛りつけ、皿洗いまで担当していましたが、複数タスクがこなせずパニックになったことは何度もありました。いまの職場でたいへんなときも、そのときのアルバイトに比べたら耐えられます」  じつはこのアルバイトの職歴も、加藤さんを採用する大きな決め手の一つだったのだそうだ。 別部署に応援も  加藤さんは昨年11月から約2カ月間、別の部署に応援部隊として派遣された。仕事は、手書きの顧客情報をパソコンで文字入力する作業だった。加藤課長は「彼の処理能力がすごく高かったらしく、このままずっといてほしいといわれましたが、私たち人事課としても必要な戦力なので、ほかの人を探しているところです」と明かし、「将来的には、融資や企画営業の部署でも戦力になれると思います。キャリアアップという意味でも、本人の希望に沿って仕事を任せていけたらと考えています」という。  加藤さん自身も「自分が手がけた名簿などが職場で活用されているのを実感すると、働いていてよかったなと思います」と語ったうえで、今後の仕事の目標について「先輩から引き継いだパソコン上の操作マニュアルが分散していたり情報が古かったりするので、簡単にまとめて情報も更新し、みんなにわかりやすいものにつくり直していきたいです」と、頼もしく語ってくれた。 さまざまな事情に応じて  加藤さんのいる人事部人事課には、入庫10年以上になる知的障害のある職員もいる。メール便の仕分けや封入作業など事務補助を担当しているが、毎日の作業はリストにして、一つ終わるごとに上司から検印をもらうことで混乱を防ぎ、本人の心理的な安心感にもつなげているという。  ほかにもこれまで、視覚障害のある職員のために拡大読書器を導入したり、精神障害のある職員向けに休憩室を整備したりと、一人ひとりの事情に合わせて職場環境の改善を重ねてきたそうだ。 リハビリを経て復帰  車いすユーザーの男性職員(32歳)は、入庫間もない24歳のときに通勤途中でバイク事故に遭い、頸椎損傷を負った。半年間の入院後、リハビリ専門病院に3カ月間、さらに埼玉県の国立障害者リハビリテーションセンターに3カ月間通い、隣接する当機構(JEED)の国立職業リハビリテーションセンターにも2年間通ったのち、2018(平成30)年に職場復帰した。いまは融資部でおもにデータ入力を担当している。  両手の握力がないため、食事の際は車いすグローブと呼ばれる自助具を手にはめ、そこにスプーンなどをとりつけて食事をとっているそうだ。職場でパソコン業務をするときは、タイピングするための器具を自助具にとりつけて、両手で1文字ずつ打ちこむ。この器具は、国立職業リハビリテーションセンターに特注でつくってもらったそうだ。  頸椎損傷を負ったことで、起立性低血圧の症状にも苦労したそうだ。「朝、起き上がろうとすると血圧が急降下して気を失っていました。毎日、腹部にベルトを巻くなどして血圧を下げないよう訓練を重ね、いまはなんとか気を失わずに起き上がれるようになりました」と話す。  職場では当初、ほんのわずかな段差でも車いすで上がれず、同僚の助けが必要なときもあったそうだが、スロープを増やしてもらい、いまでは不自由なく移動できるようになっているという。「職場の人たちにもよくしてもらって働けています」と話す男性職員が、いま気をつけているのは、やはり健康面。「尿路感染などで発熱しないよう、手の消毒なども気をつけています。元気に働けるうちは働きたいです」と笑顔で答えてくれた。 スキルを活かしていきたい  もう1人の車いすユーザーの職員が、総務課で働く岩崎(いわざき)真弓(まゆみ)さん。プロ車いすテニスプレーヤーの上地(かみじ)結衣(ゆい)さんと同じ病気だそうで、幼少時から両足が不自由だ。  小学生時代から兄の使っていたパソコンに親しみ、養護学校(当時)在学中に簿記など商業系の資格を取得。「資格を活かせる仕事がしたい」と1990年に入庫し、現在34年目になる。外部からのメールを関係部署にふり分ける仕事や、現物の書類を仕分ける作業などを担当している。岩崎さんは「ここ5年ほど、職場の業務においてデジタル化が進んだことがうれしいですね。私はプログラミングもやっていたのでスキルを活かしていきたいと思います」と、話してくれた。  岩崎さんの入庫当時、職場ではトイレを改装した。さらに先ほど紹介した車いすユーザーの男性職員が入庫したときは、玄関の小さな段差にスロープもつけたという。その話を引き合いに、岩崎さんは「同じ車いすユーザーでも抱える事情はさまざまですし、障害のない方には気づきにくいことも多いですから、当事者が積極的に声をあげて改善してもらうことは大事です」と教えてくれた。岩崎さんの母親もかつて、駅構内のエレベーターの増設などを訴え、国会に陳情書を持って行ったこともあるそうだ。  通勤は、以前は父親が送迎してくれたそうだが、いまは往復でタクシーを使う。会社と市からの補助を組み合わせ、一部は本人負担だという。  岩崎さんはパートタイム雇用だが、勤続年数や人事評価などで昇給し、賞与も含め正職員とほぼ変わらない処遇だという。もちろん試験結果などの条件が揃えば正職員登用も可能となっている。 前向きな転職者も  「じつはこれまでには、前向きに転職した人も何人かいます」と加藤課長。例えば精神障害のある女性は、人事課で労務関連の業務にかかわったことから社会保険労務士の資格を取得、「資格をもっと活かせる職場で正社員として働きたい」と、社会保険労務士事務所に転職していった。「資格を取ると社内では奨励金も出るのですが、将来は社労士として独立したいという夢もあったようです。私たちには痛手ですが、本人にとってはよかったのだろうと思っています」と加藤課長。  最近は、加藤さんの成功例を機にハローワークから続々とパソコンスキルのある人材の紹介を受けている。だが毎回うまくいくわけではないようだ。  昨年から3人が職場見学に訪れ、それぞれ1日1人ずつ、4階の営業推進部で集計作業を手伝ってもらったという。加藤課長たちは「十分やっていけそうだ」と手ごたえを感じ採用するつもりだったそうだが、「人とのかかわりを避けたい」と工場勤務などの仕事を選ばれてしまったという。「特に営業推進部があるフロアは、緊張感のある会話が飛び交っているため、本人たちにプレッシャーを与えてしまったかもしれません」とふり返る加藤課長。  「そういう意味では、やはり最初は障害者雇用について一定の知識と理解がある人事部でていねいに育成してから、本人の希望に合わせて異動、もしくは人事部を拠点にして、不定期に応援派遣のような形でほかの部署を経験しながら職場に慣れてもらうという方法を考えています」  試行錯誤を重ねる日々だが、「一人ひとり特性も事情も異なりますので、なにごともトライだと思いながら、引き続き取り組んでいきたいと思っています」と話す加藤課長たちの前向きな姿勢の裏には、就労移行支援事業所側の取組みへの期待もあるようだ。  「見学に行ったとき、いろいろなシチュエーションで訓練されているのを見て感心しました。より具体的でリアルな職業準備性を身につけてもらっていると、より採用しやすいと思います」  静清信用金庫では今後も、ハローワークや就労移行支援事業所と連携しながら採用を進め、戦力になる人材の確保と育成を続けていくそうだ。 写真のキャプション 静清信用金庫人事部人事課長の加藤久仁子さん 人事部人事課で働く加藤圭樹さん 加藤さんは、人事部に届く郵便物の仕分けなども担当している 加藤さんが更新や新たに制作した業務マニュアルの一部 加藤さんらが働く人事部人事課のオフィス 職場環境改善の一環で整備された休憩室 融資部で働く車いすユーザーの男性職員 タイピングをサポートする自助具を使用し業務にあたる 総務課で働く岩崎真弓さん 岩崎さんもパソコンのスキルを業務に活かしている 玄関にあった段差の一部を削り、なだらかなスロープ(手前)とした