編集委員が行く すべての社員がやりがいや成長を感じられる会社を目ざして 株式会社王将ハートフル(久御山工場)(京都府) 株式会社FVP 代表取締役 大塚由紀子 取材先データ 株式会社王将ハートフル(久御山(くみやま)工場) 〒613-0036 京都府久世郡(くせぐん)久御山町(くみやまちょう)田井東荒見(たいひがしあらみ)1-1 TEL 0774-41-1106 編集委員から  全国に「餃子の王将」を展開する「株式会社王将フードサービス」の特例子会社である「株式会社王将ハートフル」は、西日本エリアの「餃子の王将」で提供される餃子における重要な工程を支えている。  そのような王将ハートフルの取組みについて、今回は、障害のある社員の成長や働きがいの観点からレポートしたい。 写真:官野貴 Keyword:特例子会社、食品加工業、工場、知的障害、キャリア形成、障害者職業生活相談員 POINT 1 一人ひとりに合ったキャリア形成を実践 2 障害を理解し活躍領域の拡大を図る 3 やりがいや成長を促進させる制度を整備  「餃子の王将」731店舗(2024〈令和6〉年3月31日現在)を全国に展開する「株式会社王将フードサービス」(以下、「王将フードサービス」)の特例子会社である「株式会社王将ハートフル」(以下、「王将ハートフル」)は、京都府久世(くせ)郡にある王将フードサービスの久御山(くみやま)工場内に拠点を構えている。この工場では、西日本エリアの「餃子の王将」で提供される餃子、麺、スープなどの製造を受け持つ。王将ハートフルがその工場で行っている業務は、キャベツ、玉ねぎ、ニンニクの一次加工ラインのすべてである。そのため、王将ハートフルは、西日本エリアの「餃子の王将」店舗で提供される餃子の品質にかかわる重要な工程を支えているといっても過言ではない。 障害のある社員から初めての指導員が誕生  2024年6月。この久御山工場では、障害のある社員のなかから初めての「指導員」が誕生した。岩前(いわまえ)克弥(かつや)さん(25歳)である。指導員は、障害のある社員に業務を教える役割である。岩前さんを除くほかの指導員は、障害のない従業員ばかりだ。  岩前さんは、地元の特別支援学校を卒業し、2017(平成29)年4月に王将ハートフルの「一期生」の一人として入社した。2019年6月には「リーダー」を命じられ、ほかの障害のある社員への指示やサポートをする役割をになっていた。そしてその5年後である2024年6月付けで、「指導員」へと昇進した。  入社時から、岩前さんの仕事ぶりは高く評価されていた。親会社の王将フードサービスでも「十分活躍できるのでは」との意見が多数聞かれ、親会社への出向や転籍の意向を本人に打診したそうだ。  ところが当の本人には、まったくその気がなく、「仲間と一緒に働きたい」とあっさりと断られてしまった。  「一人ひとりキャリアの形は違う。本人が望む環境で、やりがいや働きがいを育んでいく制度や体制が必要だと感じました」と、王将ハートフル取締役の太田(おおた)弘幸(ひろゆき)さんはふり返る。  このエピソードは、その後の王将ハートフルのキャリア形成の考え方、制度づくりにも大きく影響を与えた。  「みんなから頼りにされる指導員を目ざしています。メンバー(障害のある社員)は一人ひとり違うので、その人に合った教え方や声がけをしています」と、岩前さんは笑顔で答えた。 特性を活かして働ける仕事を工場長と一緒に見つける  荒木(あらき)裕介(ゆうすけ)さん(29歳)は、王将フードサービスの従業員たちと一緒に働いている。彼はコンテナクリーン場で、コンベアから流れてきた洗浄ずみのコンテナを運びパレットに積み上げる仕事、そしてそのコンテナをラッピングする仕事を担当している。王将ハートフルから王将フードサービスへ出向して仕事をしているのだ。  2023年10月から試験的に作業を始め、正式には2024年1月からコンテナクリーン場での業務に従事することになった。もくもくと作業をする姿が印象的である。  荒木さんは「わからないことは聞くように気をつけています。ていねいに教えてもらえるので安心して仕事ができます」と、うれしそうに答えてくれた。  じつは荒木さん、コンテナクリーン場での仕事に就く前は大分つらい時期があったそうだ。2018年の入社時は落ち着いて仕事に取り組めていたのだが、毎年障害のある社員が増えていくなかで、ほかの障害のある社員との連携や協調を求められる場面が増えてきた。それは、荒木さんの障害特性上簡単なことではなかった。  指導員たちは、支援機関や職場適応援助者(ジョブコーチ)の支援も利用し粘り強くかかわったのだが、なかなか解決の糸口が見つけられないまま時間が過ぎていった。  そんな折、月1回開催される王将フードサービスとの定例会議の場で、取締役の太田さんが荒木さんのことについて工場長と副工場長に相談した。  すると、工場長の八田(はった)典明(のりあき)さんから「『工場内の見学ツアー』をするから、荒木さんが活躍できそうな場所を見つけてほしい」と提案があった。  太田さんたちは荒木さんと一緒に工場内を案内されながら、荒木さんが取り組めそうな仕事を一つひとつ確認していった。その「見学ツアー」で見つかったのが「コンテナクリーン場での仕事」であり、荒木さんも「やってみたい」とのことであった。  「コンテナクリーン場では前から障害のある社員が働いていたので、特に不安はなかった」と涼しい表情でコメントする八田さんである。  すぐに試しに作業してもらったところ、別人のように集中して取り組む姿が見られた。荒木さんも「仕事が楽しい」と話し、表情まで明るく穏やかになったのだ。  八田さんはいう。  「私が札幌工場から久御山工場に着任した当時は、王将ハートフルのメンバーたちとは、廊下ですれ違えば挨拶するくらいの接点しかありませんでした」  八田さんは続ける。  「でも、王将ハートフルのメンバーはみんな元気だし、自分から挨拶してくれる。それが全員できているのは『すごい』と素直に思いました。現場に活気がある、これは理想の職場の姿だと思います。生産量も品質も期待通りの成果を上げてくれています。労働災害は設立以来一件も起こしていません。こんな優秀な労働力を活かさない理由はありません。これはもったいないことです」という。  そして「同じ職場で働いているんだから、もっと交流して理解し合う必要がある」との思いから、八田さんと久御山工場のすべての管理職は、シフトをやりくりして、障害者職業生活相談員資格認定講習を受講した。「障害について勉強したら、従業員たちの意識がガラッと変わった」、「現場からもいろんなアイデアが出てくるようになった」という。  「将来的には、王将フードサービス久御山工場の全社員に障害者職業生活相談員の講習を受けてもらいたいと思っています。時間はかかっても必ず実現させたい。王将ハートフルのメンバーたちの活躍領域はまだまだ広げられると考えています。できない仕事はないとさえ思っています」と、八田さんは力を込めて断言する。 早い段階で、特例子会社の目的≠ェ変わった  親会社の王将フードサービスハートフル事業部部長の木田(きだ)裕之(ひろゆき)さんのコメントが興味深い。  「障害のある社員がキャベツの一次加工を担当するようになりクレームが激減したんです。労災事故も一切起こしていません。そしてなにより、障害のある社員たちが日々成長しています。一緒に働く指導員たちも成長しています。王将ハートフルの設立の目的は法定雇用率の達成だったのですが、早い段階でその目的は変わりました。数字を追いかけるのではない。われわれは『社員のやりがいや成長』を追求するんだと」  これらをふまえて、王将ハートフルは、設立3年目より、「社員のやりがいや成長」を支えるための制度づくりに取り組んだ。リーダー職、サブリーダー職などの役職制度、等級制度(3回にわたって改定)、基本給、手当と勤続給などから構成される賃金制度、永年勤続などの表彰制度、従業員満足度調査(王将ハートフル版)、出向制度などが着々と整えられていった(図)。  教育面では、障害のある社員には各種研修やOFF−JT(職場や業務から離れて実施される研修や学習全般のこと)も継続的に実施、指導員にも同様に定期的に研修を続けている。  「やりがいや成長」を促進するための制度構築・導入・運用にあたっては、王将フードサービスハートフル事業部課長の大滝(おおたき)容子(ようこ)さんと、同部の古川(ふるかわ)歩美(あゆみ)さんも一緒に取り組んでいることも忘れずに紹介したい。  そして「やりがいや成長」を感じているのは障害のある社員だけではない。  王将ハートフルの指導員で障害者職業生活相談員の中(なか)千加子(ちかこ)さんは次のように話してくれた。  「素直な気持ち、一生懸命がんばる気持ち、集中力についてなど、障害のある社員からいろいろ教えられています。以前、私の誕生日には、みんなで集まって祝ってくれました。その日休みの人もわざわざ来てくれて祝ってくれたのです。いままでの人生のなかで一番うれしかったです。みんなと働けて本当にうれしいです」と笑顔で話してくれた。  王将ハートフルの事業部係長で、企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)の吉村(よしむら)力登(りきと)さんは次のように話す。  「ジョブコーチとしてかかわることでものごとを主体的、建設的に考えられるようになり自分の成長を感じます。王将フードサービスの一般社員、現場の責任者に、メンバーみんなのすばらしさ、素直さを教えてあげたいです。王将ハートフルのメンバーが王将フードサービスで活躍できるよう、架け橋になりたいと思っています」 一人ひとりのやりがいや成長を支える会社に  太田さんは、一言一言かみしめるように今後のビジョンについて語る。  「王将ハートフルでは、今後3〜5年の期間で障害のある社員を50人くらいまで増やしていきたいと考えています。王将ハートフルには、親会社である王将フードサービスに出向や転籍できるキャリアの形があります。それ以外にも『障害のある仲間と働きたい』、『王将ハートフルで働き続けたい』と願う人には、昇進していく道もできました。また、なかには『専門職として力を磨いていきたい』という人もいるでしょう。今後は複線型の人事制度も整えるなどして、一人ひとりのやりがいや成長に向き合って障害者雇用を進めていきたいと思っています。そして、その人たちがこれまで以上に王将フードサービスになくてはならない労働力として貢献できるよう、環境や制度を整備していきたいと考えています」  今後も、工場内のさまざまな職域で、王将ハートフルの社員たちが活躍していくことを心から期待している。 図 キャリアパス (資料提供:株式会社王将ハートフル) 写真のキャプション 株式会社王将ハートフルが拠点を構える、株式会社王将フードサービス久御山工場(写真提供:株式会社王将ハートフル) 久御山工場では、王将ハートフルの社員がキャベツの一次加工をになう すべての部門を担当する岩前克弥さん 岩前さんは「指導員」として障害のある社員の指導とともに、ライン全体の流れを見ながら材料の移動(右)や原料の品質チェック(左)などを行う 株式会社王将ハートフル取締役の太田弘幸さん 荒木さんは、王将ハートフルから親会社である王将フードサービスへ出向し、工場内のコンテナクリーン場で各種作業を担当している コンテナクリーン場で働く荒木裕介さん 株式会社王将フードサービス久御山工場の工場長の八田典明さん 株式会社王将フードサービスハートフル事業部部長の木田裕之さん 株式会社王将ハートフルの指導員で障害者職業生活相談員の中千加子さん 株式会社王将フードサービスハートフル事業部課長の大滝容子さん(右)、ハートフル事業部の古川歩美(左)さん 株式会社王将ハートフル事業部係長で企業在籍型職場適応援助者の吉村力登さん 王将ハートフルの社員が作業する様子を見学させていただいた