編集委員が行く 「きときと」こまつな こまつな菊ちゃんハウス(富山県) 武庫川女子大学 准教授 諏訪田克彦 取材先データ こまつな菊ちゃんハウス 〒939-0411 富山県射水(いみず)市円池(つぶらいけ)46-2 TEL 0766-53-0078 FAX 0766-53-1101 編集委員から  今回は、2013(平成25)年以降「編集委員が行く」の取材を行っていなかった富山県を選んだ。そのなかで、「とやま障害者フレンドリー企業(富山県障害者雇用推進企業)」として認証されている「こまつな菊ちゃんハウス」を訪問した。  ちなみに、タイトルの「きときと」とは、富山県の方言で「新鮮な、意欲的な」という意味だ。こまつな菊ちゃんハウスは、じつに「きときと」な現場だった。 Keyword:農福連携、農業、ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、職業体験、職場実習、障害者トライアル雇用制度 POINT 1 障害だけにとらわれず、「人」として理解する 2 体験を通して、働く自信と楽しさをともに見つける 3 自然に向き合った労働のなかで、その人の変化や成長を育んでいく  富山県では、障害者の雇用に積極的に取り組んでいる民間企業を「とやま障害者フレンドリー企業(富山県障害者雇用推進企業)」として認証している。そのなかで「こまつな菊ちゃんハウス」という事業所名に目が留まった。事業内容はビニールハウスにおける小松菜の周年栽培が紹介されていて、「農福連携」の現場が取材できる期待もあり、取材を申し込んだ。  電話に出られたのは、こまつな菊ちゃんハウス代表の坂口(さかぐち)いづみさん。突然の電話による取材依頼に、「富山県内には障害者雇用に努めている企業がほかにもありますが、どうしてうちを選んだのでしょうか」と、やや当惑気味の返事だったが、『働く広場』の取材目的について説明し、取材の了解を得ることができた。 こまつな菊ちゃんハウス  こまつな菊ちゃんハウスは、富山県のほぼ中央に位置する射水(いみず)市の、農業中心の地域、円池(つぶらいけ)にある。アクセスは、北陸新幹線富山駅で「あいの風とやま鉄道」に乗り換え、小杉駅で下車。駅からはタクシーで約15分の距離だ。取材日は梅雨入り前の好天に恵まれ、さわやかな風と、ほのかな土の香りが漂う「農業」を実感する取材となった。  こまつな菊ちゃんハウスは、小松菜を育成するビニールハウス、土造りの堆肥(たいひ)を置く堆肥舎、小松菜を袋詰めする選果場、事務所が広大な敷地のなかに点在していた。こまつな菊ちゃんハウスの看板がかけられた事務所に入ると、代表の坂口いづみさん、従業員の菊岡(きくおか)進(すすむ)さんらが「暑いなか、こんな遠方までようこそおいでになりました」と、満面の笑顔で出迎えてくれた。事務所は平屋建て、屋内は仕切りのないオープンスペース。従業員が休憩するコーナーと、応接台や椅子が置かれたコーナーに分かれていた。  事務所の机を囲み、少し緊張気味の坂口さん、軽快な語りのなかに実直さを感じる菊岡さんへのインタビューから取材が始まった。  まずは名称についてたずねた。  坂口さんは「いまの代表は私が務めていますが、じつは私は二代目で、初代は私の隣に座っている菊岡さんなんです。菊岡さんがこの事業を始めるときに、みんなに親しみを感じてもらえる事業所にしたいという思いから、菊岡さんの菊から一字をとって『こまつな菊ちゃんハウス』になりました」と事業所名の由来を説明してくれた。  菊岡さんは若いとき愛知県豊田市で自動車の整備を習い、高岡市内で修理をしていたが、40代後半に「年を取ってもできる仕事は何かな」と考え、お客さまに「農業をやれば」といわれたのがきっかけで転職を決意。しかし、農業に関する知識や技術はなく、2003(平成15)年から農作業の手伝いをしながら約1年かけてハウス11棟を自分で建て準備を行った。そして2004年に「こまつな菊ちゃんハウス」が創業された。  創業当初は、菊岡さんとパート従業員2人の計3人で、小松菜の育成を始めた。小松菜を選んだのは、@冬菜(ふゆな)、鶯菜(うぐいすな)と呼ばれるように1年を通して収穫できる野菜であること、Aほかの野菜と比べて、初心者でもつくりやすいこと、Bビタミンや鉄分、カルシウムが豊富な緑黄色野菜でさまざまな料理に使えることが、その理由だったようだ。  農業初体験の菊岡さんは、手探り状態で試行錯誤をくり返しながら徐々に小松菜づくりにも慣れ、人手を増やそうとハローワークに求人を出した。するとある日、障害者就業・生活支援センターの人が訪ねて来て、「障害のある人の職業体験をお願いできないか」と相談を受けた。  菊岡さんは「これまで障害者と接したことがなかったので最初はお断りしましたが、何度も来られるので、『まずは1週間、職業体験として受けましょう』と、障害者就業・生活支援センターのスタッフの熱意を感じて、実習を受け入れました」と話す。  この実習は、後に菊岡さんにとって貴重な経験になったようで、「とにかくまじめに仕事に取り組む姿が強く印象に残りました。働くということに障害の有無は関係ないと思えるようになりました」、「最初は実習だけのつもりでしたが、一緒に働くうちにこれなら十分戦力になってくれるのでは、と思うようになりました」と、当時のことを思い出しながら語ってくれた。  その後も障害者就業・生活支援センターの紹介でここを訪ねてくる人が増え、障害者トライアル雇用制度を利用しながら、これまでに6人の障害者雇用が実現している。  二代目代表の坂口さんは、2012年にこまつな菊ちゃんハウスに就農した。就農するまでの経緯を聞くと、坂口さんは「高校生のときにたまたま県外のぶどう園で障害のある人たちが働いているニュースを見て、活き活きしていていいなあと思ったんです」と話してくれた。その後、「富山県外の大学の農学部で農業について学んでいましたが、卒業後すぐに就農はせず、まずは新潟県の農業職での臨時職員として働きました。しかし、昔から抱いていた『障害者の力になれるような仕事がしたい』という想いが強くなり、高岡市の障害者就業・生活支援センターに転職しました。そこで『こまつな菊ちゃんハウス』が障害者の方を雇用していることを知ったんです。ここなら自分の目ざしていた夢にぴったりだと思って、就農しました」とその動機について語ってくれた。  菊岡さんと坂口さんの話に共通するキーワードは「農業」、「障害」であり、「障害者の方と農業をやってみたいという思い」から2人の出会いが実現したのだと思った。  こまつな菊ちゃんハウスの現在の従業員数は20人。うち、障害のある従業員は5人が働いている。2017年には「とやま障害者フレンドリー企業」に認証され、2019(令和元)年には「とやま食の匠」に認定された。現在はビニールハウスで小松菜を中心に、梨、大かぶ、中小かぶ、にんじんなども栽培している。  障害のある従業員の作業内容は、土づくりのための堆肥や有機肥料の散布、機械を使った耕うんや播種(はしゅ)、草取り、生育管理、収穫や出荷調整まで、先輩の障害のある従業員が後輩に作業手順を指導しながら、ほぼすべての工程にたずさわっている。  身体障害、知的障害、精神障害など、それぞれの障害の程度や、本人の適性を見きわめながら各作業に配置し、自分のペースで一定の作業に専念できるようにしている。常時、ベテラン従業員が一緒に作業をしていて、 障害のある従業員を温かく見守る環境を構築している。  11棟から始めた小松菜栽培は、年々規模を拡大し、現在はハウス36棟で年間9〜10回転しており、2022年は約83トン出荷した。これまで、若い従業員は就農してもすぐに辞めてしまうことがあったが、現在雇用している障害のある従業員たちは、長期にわたり働き、重要な戦力となっている。まじめで、段取りから作業終了まで、きちんと仕事をしている。また、暑さ寒さが厳しい日でも遅れることなく出勤してくれるので、経営者側としても、障害に対する理解、行動や考え方を見直すきっかけとなった。 こまつな菊ちゃんハウス部署探訪  こまつな菊ちゃんハウスの各部署を、坂口さんと菊岡さんがゆっくりと案内してくれた。 【36棟のビニールハウス】  2004年の創業から20年が経過し、36棟までになったハウスの広さは約50坪。一つずつ見せていただいたが、収穫前の青々とした小松菜が育っているハウス、従業員が小松菜をていねいに収穫しているハウス、収穫が終わり土だけになっているハウスなど、見学しながら小松菜の成長過程を理解できた。収穫しているハウスでは、創業時からパート従業員として働いているAさん(76歳)にインタビューすることができた。  「これまで続けてこられたのは気ままに働けること、それが楽しい」と笑顔で答えてくれた。Aさんと笑顔の会話を通して、70歳を過ぎても働く場や人と触れ合える場があることの大切さをあらためて感じた。  こまつな菊ちゃんハウスは、農福連携だけでなく“老福連携”の顔も垣間見えた。また、菊岡さんは「小松菜は育てやすい野菜だが単価が安いので、収益を上げるには出荷数量を増やす必要があり、そのためにハウスを増築、それにともない人を増やす、それらが連動する1年1年でした」と、これまでの苦労を笑顔で語ってくれた。 【堆肥舎】  創業からこれまで菊岡さんが特に力を注いできたのは「土造り」だった。ここはもともと田んぼだったので、牛糞、菌床、米ぬか、竹パウダーなどをブレンドし堆肥にしたものを入れて、畑の土になるようにしているという。  菊岡さんは「農業を手探りで始めてわかったことは、土が何よりも大切だということ。農業は土がいのちです」と力強くいい切る。  考えてみれば、植物は自ら移動することができず、与えられた土地で根を張ってその場所で成長するしかない。農業関係者は、土地の力を「地力を高める」と表現するそうだが、小松菜に適した土造りは創業から20年かけてつくりあげた菊岡さん、坂口さんの努力の結晶ともいえる。  堆肥舎には3種類の土や肥料がそれぞれ仕切られて保管されていた。「どんな堆肥や肥料を使っているんですか」とたずねると、「それは企業秘密です」と菊岡さん。ビニールハウスで青々と育っている小松菜がすべてをもの語っていると感じた。 【選果場】  選果場は、収穫した小松菜を計量し、袋詰めをするところである。ここでは、ベルトコンベヤーで流れてくる小松菜をビニール袋に詰め、箱詰めし、製品を出荷用トラックに積み込む作業を6人の従業員(うち4人は障害のある従業員)で分担して行っていた。  以前はハウス内で小松菜の袋詰め作業を行っていたそうだが、暑さで体調を崩す人もいたため、袋詰め作業を屋内でできるように選果場を設置し、袋詰め用の機械も導入したという。小松菜の収穫や袋詰めを一緒に行う従業員が常時、障害のある従業員を温かく見守っており、何かトラブルがあれば、菊岡さん、坂口さんへただちに連絡が入る体制となっている。 従業員へのインタビュー  取材当日は、選果場で働いていた4人のうち、2人の従業員にインタビューすることができた。 黒田(くろだ)大輔(だいすけ)さん(45歳)  黒田さんは選果場で、1袋220gになるように小松菜の重さを手作業で調整する業務を担当している。黒田さんは、学校を卒業して何か自分にできる仕事はないかといろいろなところを回り、自らここを訪れ10年になる。農業の仕事は初めてで、働くことがリハビリになると思い、この仕事を選んだという。仕事ができるように体づくりから始めて、毎日35分の自転車通勤を現在も続けている。選果場の仕事にも慣れてきたとのこと。  「てんかんがあるので、無理をすると疲れます。そのことを言葉で伝えられず、以前は人とのコミュニケーションに苦労しました。いまは、職場の人間関係を通して、仕事がしんどいときは作業をほかの人にお願いすることができるようになりました。また、他人のことを少し考えられるようになりました」と、仕事を始めてからの自分の変化について淡々と話してくれた。職場では「黒田さんはまじめに働く人」という評価を受けている。 浅田(あさだ)欣之(よしゆき)さん  浅田さんは、障害者就業・生活支援センターの紹介でこまつな菊ちゃんハウスに就農。高校卒業後に自動車免許を取得し、いくつかの会社の経験を経て、ここが3番目の職場だそうだ。浅田さんも農業の仕事は初めてで、慣れるまではたいへんだったそうだが、今年で就農して14年目になる。収穫した小松菜をハウスから選果場まで運んだり、出荷用のトラックに積み込むといった業務を担当している。浅田さんは、以前は介護の仕事などをしていたが、「農業の仕事は楽しい。いい人たちと巡り会えました。これからも続けていきたい」と、元気な声で話してくれた。  「休みのときは何をしてますか」とたずねると、横から菊岡さんが「ゲームセンターよね」と話すと、「余計なことをいわんでいい」と、笑いながら話す2人のやり取りに、何でも語り合えるお互いの信頼関係の深さを感じた。  選果場では、黒田さんと浅田さんのほかに、2人が小松菜の袋詰め作業を黙々と行っていた。また、別のもう1人の従業員について「袋詰め用の機械への関心が強く、いつも作業を見ていたらいつのまにか操作を覚えてしまった人もいます」と菊岡さんが教えてくれた。  障害のある従業員5人の障害種別と担当業務は次の通りだ。  身体障害のある1人は梨の栽培管理を、知的障害のある2人は小松菜の袋詰めや収穫作業補佐などを、精神障害のある2人のうち1人は小松菜の播種前準備作業および播種(機械作業)を行っている。この人は耕うん機や播種機といった機械を時間をかけながら使いこなせるようになり、いまではトラクターの運転もできるようになった。もう1人は小松菜の袋詰めなどを行っている。  こまつな菊ちゃんハウスでの障害者雇用の考え方は、障害者だからといって特別扱いせず、一人ひとりを尊重し、その人の個性に応じてできる仕事を見つけ、責任をもって行えるように、全従業員でサポートする「ナチュラルサポート」を心がけている。 インタビューを終えて  再び事務所に戻り、菊岡さん、坂口さんと見学後の感想などしばし懇談した。現在の代表である坂口さんに、障害者雇用で工夫されている取組みなどについてお話をうかがった。  採用に至るまでのプロセスとして、こまつな菊ちゃんハウスでは、福祉施設の施設外就労や特別支援学校などからの職場実習の受入れを行っている。  坂口さんは実習を貴重な機会と考えていて、「農業は初めての人が多く、いろいろな作業を体験しながら覚えてもらうことが大切だと考えています。そのなかで本人が農業を理解し、私たちも本人の適性を見つけているので、必ず職場実習を経て採用しています」とのこと。菊岡さんも「正社員になるまで1年から1年半はかかりますかね」との話に、従業員を育てる姿勢を感じた。  また、採用時には家族の方とも面談を行い、職場と本人について理解し合う場を設けている。何か問題があった場合は、家族と連絡を取り合えるよう本人と家族との信頼関係の構築にも努めている。  採用後の作業内容については、従業員の体調や体力などを考慮しながら、休日や勤務時間(週30時間勤務が基本)を設定している。坂口さんは、仕事を覚えるプロセスを段階ごとに説明してくれた。  採用時は、@作業のやり方の手本を実際に見せて仕事を覚えてもらう。慣れるのに時間はかかるが、一つの業務に慣れてくれば、別の業務も経験してもらい、できる仕事の内容を増やしていくようにすること、A仕事量は個人の能力に合わせて決して無理はさせず、一定の仕事を任せるようにすることが大事だと、一人ひとりの成長に合わせた指導ポイントを語った。  最初は仕事について言葉で伝えるよりも、一緒に作業するなかで覚えてもらうようにすることを大切にしていると話してくれた。  このあと、だんだんと仕事に慣れてきたら「1人で任せられる作業を増やしていきます。すると、農業への関心や意欲が深まり外部の栽培技術の講習会に率先して参加するようになります。講習会などでの人との出会いや技術の習得により、仕事への取組みがさらに意欲的になり、達成感や責任感をもって働くようになります」とのことだ。この段階では仕事に関する学びの機会を保障することが、本人の就労意欲につながると感じた。  仕事の分担は、「同じ作業ができる人を2人以上配置している」とのこと。作業ができる人が1人しかいなかった場合、その人が体調を崩して休んでしまうと予定通りに進まなくなるので、代わりにできる人を必ず配置し、互助体制を取っている。この配慮は、何か困ったときはお互いが協力するという仲間意識にもつながっていると思われる。  菊岡さんからは「農業は1年を通じて行われるため、四季の変化に耐えうる体づくりが必要です。雇用時期も夏と冬は避けて春か秋からにしました」とのコメントがあり、自然と向き合う環境のなかで働く人に求められる現実をあらためて認識した。  職場環境などについて、坂口さんは「障害の内容も一人ひとり異なり、その日の気分も多少の波はあるが、本人は一生懸命に働いていてなんらかの声がけが必要と思っています」と語る。その思いは従業員にも伝わっているようで、選果場での作業や昼休みなどに従業員が声がけをして、障害のある従業員をいつも温かく見守っている。  さらに、「従業員のみなさんが働きやすい環境を整えていくことをつねに心がけています。年代もさまざまですし、子育て中の方もいたり、いろいろな個性をもって働いているので、それぞれが希望される働き方に対応できるよう、気をつけています。農業にはその選択肢があることも魅力かもしれません」との発言に、こまつな菊ちゃんハウスの代表としての責任感と意欲を感じた。  今後の目標や抱負について、坂口さんや菊岡さんには、北陸の冬(12月〜2月)は農業が困難になるので、「一年を通して安定して生産できるようにしたい」という目標がある。  これまで小松菜のほかに、かぶら寿司用の大かぶと小かぶ、梨づくりを始めたり、加工品にも挑戦した。小松菜の加工品は、漬物を委託してつくっている。梨の加工品は特別支援学校に依頼して干し梨をつくってもらうなど、地域交流を行っている。「これからは、こういった加工品をもっとたくさんつくりたいと思っています。農業は冬の間はどうしても仕事量が減ってしまいがちですが、せっかく働きに来ている人たちにもっと仕事を出せるようにしたいんです」と、2人の思いは熱い。 まとめ  「編集委員が行く」で、私は農業の取材は初めてだった。農業には多様な形態があり、@耕種農業、A果樹・花き農業、B畜産農業、C観光農業の四つに分けられる。  今回取材したこまつな菊ちゃんハウスは、このなかの@耕種農業になるが、農業は自然と向き合い、自然のなかで行われている労働(生産活動)であることを再認識した。  菊岡さんからは取材のなかで「農業は毎年生産と収穫のくり返しだが、なぜか一つのハウスの小松菜が育たないことがある。そのときは原因を必ず見つけなければならない。野菜づくりは商品として一定した量と質がつねに求められる」というプロとしての責任感あふれるコメントがあった。  農業は、天候によって質が変化することもあれば、社会情勢によって左右される場合もあるなど、自然環境と時代の変化を見すえて、育てる農産物の種類を検討したり、出荷量を調整したり、栽培方法を見直したりといった工夫が求められる。こまつな菊ちゃんハウスの20年間の歩みは、自然と向き合うなかで続けられた障害者雇用の歴史そのものであったと考えられる。  また、農業における障害者雇用について、坂口さんは「一人ひとりの障害に留意することはあるが、ふだんの仕事のなかで障害の有無を意識することは、ほとんどありません。農業は自然と触れ合い、体を動かす仕事であることがその人にとっても、よい作用となっていると感じています。5人の障害のある従業員たちは、仕事を覚えてもらうまで多少の我慢と時間は必要でしたが、慣れれば自分自身で努力し、いまでは十分戦力になってくれています」と話す。さらに、「こまつな菊ちゃんハウスは、障害者に働く場を提供してきましたが、従業員たちの暮らしの場もつくっていきたいと考えています。この地域(円池)では空き家や高齢者が一人で暮らしている家が増えていて、それらをグループホームとして利用して従業員が安心して暮らせる家を今後つくっていきたいと思っています」という新たな構想もある。  菊岡さんはインタビューのなかで「障害者雇用は人造り」と語ったが、こまつな菊ちゃんハウスは今後も障害のある人の雇用を継続して、よりよい職場環境を整えながら、ここで働く人たち全員が自分の仕事にやりがいと生きがいをもって働いてもらえる職場づくりを目ざしている。 写真のキャプション 諏訪田(すわだ)克彦(かつひこ) ビニールハウスの一角にある事務所でお話をうかがった こまつな菊ちゃんハウスの代表を務める坂口いづみさん こまつな菊ちゃんハウス初代代表の菊岡進さん ハウス内で収穫作業にあたるパート従業員のAさん 堆肥舎には、特製の肥料が保管されていた 選果場では、小松菜の袋詰め作業が行われていた 田園風景のなかに36棟のビニールハウスが並ぶ(写真提供:こまつな菊ちゃんハウス) 選果場で働く黒田大輔さん 小松菜を一袋分の220gに調整し、ベルトコンベヤーに流す黒田さん 小松菜の搬送を担当する浅田欣之さん 収穫された小松菜を選果場に運ぶため、トラックに積み込む浅田さん ベルトコンベヤーで運ばれてきた小松菜を袋詰め機に投入する 袋詰めされ出荷を待つ小松菜 こまつな菊ちゃんハウスで生産された小松菜