研究開発レポート 高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材の開発 障害者職業総合センター職業センター  当機構(JEED)の障害者職業総合センター職業センターでは、高次脳機能障害者を対象とした支援プログラムの実施を通じ、障害特性や事業主ニーズに対応した先駆的な職業リハビリテーション技法の開発に取り組んでいます。  本プログラムは、個別相談や作業体験、グループワークで構成されています。これまでプログラムを実施してきたなかで、高次脳機能障害者同士のグループ(集団)による体験ワークや意見交換の機会が、対象者の気づきや対処手段の活用につながるなどの効果が上がりやすいことがわかってきました。  しかし、JEEDの地域障害者職業センターの支援現場からは、高次脳機能障害者同士のグループを形成するための人数が集まらない場合があることから、個別の相談や支援で活用できる教材、映像や画像を見ながら対象者と支援者が一緒に学べる教材の開発を期待する声が寄せられました。こうした状況をふまえ、これまでプログラムで実施してきた内容を整理し、個別支援で活用できる視聴覚教材の開発に取り組むこととしました。  以下、2024(令和6)年3月末に発行した支援マニュアルNo.27「高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材の開発」(※)についてご紹介します。 【視聴覚教材の構成】  視聴覚教材は、八つの動画から構成されています。各動画は、支援マニュアルの別冊「高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材活用ガイド」に添付された2枚のDVDに収録されています。 【教材の活用を想定している対象者】  高次脳機能障害者やそのご家族、高次脳機能障害者を雇用しているまたは雇用しようとしている会社の方、高次脳機能障害者を支援している支援者です。 【視聴覚教材の全体像】(図1)  視聴覚教材は、1st教材、2nd教材、3rd教材に分かれています。それぞれ独立していますが、各教材同士が補足し合っており、複数の教材を視聴することで理解が深まる効果があります。 ●1st教材「高次脳機能障害とは」  日常生活や仕事場面で起こりそうな困りごとを例示し、「自分にも同じことはないか」という観点から、高次脳機能障害の特性についての認識を確認し、対処できるようになるきっかけを得ることを目的としています。また、ご家族や会社の方、支援者にとっては、障害への理解を深め、能力を発揮できるよう配慮し、環境を調整することにつなげていただくことを目的としています。 ●2nd教材@「記憶の機能」  「記憶の機能」がどのようなものであるかについて知識を得て、記憶の対処手段の紹介や体験ワークを通し、記憶の機能に関する自分の特徴について知ることを目的としています。 ●2nd教材A「注意の機能」  注意の四つの機能(「続けられる力」、「見つけられる力」、「同時に注意を向ける力」、「切りかえる力」)について知識を得て、注意機能に関する自分の特徴について知ることを目的としています。 ●2nd教材B「感情のマネジメント」  感情は、まず刺激(状況)があって、それに対する評価(捉え方)を通して、感情が表出するという三段階になっていることについて知識を得て、刺激(状況)を変えたり避ける方法を考えたり、捉え方の体験ワークを通じ、感情のバランスが取れる方法を知ることを目的としています。 ●3rd教材@「メモの取り方」  メモの取り方を体験し、実際に必要な場面で活用できるようにすることを目的としています。 ●3rd教材A「対処手段」  マーカーや付箋などの対処手段について体験し、実際に必要な場面で活用できるようにすることを目的としています。プログラムで紹介している対処手段について網羅的に体験できる内容になっています。 ●3rd教材B「疲労」  疲労とは何かを知って、その対処方法を検討し、疲労をマネジメントしながら過ごせるようになることを目的としています。また、呼吸法・漸進的筋弛緩法(ぜんしんてききんしかんほう)を紹介しています。 ●3rd教材C「睡眠」  記憶や注意の機能を発揮しやすい内的環境をつくり、感情のバランスをとるために必要となる睡眠について、その役割や質の高い睡眠のためのポイントを知ることを目的としています。 【視聴覚教材を活用した事例紹介】  Aさんは、高次脳機能障害と診断され、記憶と注意の機能に特徴がある方でした。特に、記憶の機能は、30分前の出来事も忘れてしまい、その特徴について、Aさん自身も自覚していました。  プログラムでは、メモを取る練習や、手順書を作成するなど記憶の機能へ対処していましたが、手順書を読み飛ばして進んでしまうことやケアレスミスが続きました。支援者は、注意の機能への対処が必要なのではと考えていましたが、Aさんにたずねると、「受障前から集中力が切れることはたびたびあったので、大丈夫です」と返答されました。  そこで、支援者から「病気の前といまで変わったことがあるかもしれない。視聴覚教材(DVD)があるので、念のため一緒に見てみませんか?」と提案しました。Aさんからも同意をいただき、2nd教材A「注意の機能」を、一緒に視聴しました。  教材には、体験ワークがあります。体験後、Aさんは「情報を耳で聞くより目で追えた方が、注意が続いた」、「一度に二つ以上の情報に同時に注意を向ける体験はむずかしかった」と感想を語りました。「体験したことが、実際の場面でもそうなのかわからない」という発言も聞かれたため、作業場面で確認することを提案しました。  その後、作業場面で、起きたミスの内容をAさんと支援者で分析しました。その結果、ミスの起きた作業は、注意しなくてはならない範囲が広く、工程数が多いため、見落としが生じている可能性を考えました。そこで、穴あきの定規(図2)を作成し確認する箇所を絞ってみる、作業は一つずつ工程を分けて定規をあてる、作業を中断するときに付箋を用いるなどの対処手段を一緒に考え、実践しました。  この事例では、Aさんが取り入れると有効な対処について、支援者からの一方的な提案ではなく、視聴覚教材を見て体験したことや、作業場面での試行やその結果を一緒にふり返ることで、Aさん自身があるとよい対処に気づいて取り入れることができたことがポイントです。 ●実施上の留意点  本教材の内容は、視聴者が、高次脳機能障害者の特性への理解を深めたり、能力を発揮しやすくするための対処手段を体感できるような内容となっています。しかし、高次脳機能障害者が単独で視聴しただけでは、自分自身の状況と照らし合わせて考えることがむずかしい場合や、課題の正解・不正解にとらわれてしまうことがあります。  そのため、本教材は、支援者が一緒に視聴することを基本と考えています。一緒に視聴することがむずかしい場合は、視聴前後に相談やフィードバックをする時間を設けて一緒にふり返ることを想定しています。内容の理解だけでなく、教材の読み上げる速度で情報を追えていたか、後半まで集中が維持できたかなど、支援者がともに視聴することで対象者の特性を把握できる場面もあります。ぜひ一緒にご視聴のうえ、支援にご活用ください。 ●おわりに  支援マニュアルNo.27「高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材の開発」は、障害者職業総合センター研究部門のホームページに掲載しています(※)。動画の視聴は支援マニュアル別冊に添付しているDVDが必要です。ご希望の場合は、下記(★)へご連絡ください。 ※支援マニュアルNo.27「高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材の開発」は下記ホームページからご覧になれます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/center/report/support27.html ★障害者職業総合センター職業センター TEL:043-297-9043 https://www.nivr.jeed.go.jp/center/center.html 図1 視聴覚教材の全体像 Disc1 1st教材 高次脳機能障害とは 2nd教材 記憶の機能 注意の機能 感情のマネジメント Disc2 3rd 教材 メモの取り方 対処手段 疲労 睡眠 図2 穴あきの定規(対処例)