職場ルポ 一緒に働くことが、あたりまえの職場に ―株式会社大風印刷(山形県)― 創業77年を迎える印刷会社では、何十年も前から障害のある社員が戦力として一緒に働き、それがあたりまえと思える職場であり続けることを目ざしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 株式会社大風(おおかぜ)印刷(いんさつ) 〒990-2338 山形県山形市蔵王松ヶ丘(ざおうまつがおか)1-2-6 TEL 023-689-1111 FAX 023-689-1212 Keyword:身体障害、精神障害、印刷業、DTP、アビリンピック、スペシャルオリンピックス POINT 1 長年にわたり障害のある社員が一緒に働いてきた職場ならではの社風 2 アビリンピックに参加しながらスキルアップを図る 3 スペシャルオリンピックスを機に障害のある人と一緒にスポーツチームを結成 多様な印刷事業  1947(昭和22)年の創業から77年を迎える「株式会社大風(おおかぜ印刷(いんさつ)」(以下、「大風印刷」)は、山形県内や宮城県仙台市、東京都内に計6拠点を構える印刷会社だ。山形市の郊外にある本社は印刷工場も併設され、チラシ作成から製本、オンデマンド印刷、ノベルティグッズ制作までさまざまな事業を展開している。  2009(平成21)年から代表取締役社長を務める大風(おおかぜ)亨(とおる)さんによると、大風印刷での障害者雇用は、父が経営していたころから定着していたという。大風さんは「私が小さいころは社員30人ほどの職場でしたが、足の不自由な社員さんが2人いました。親が忙しく、私たちきょうだいがその社員さんに預けられ、車で一緒に海へ遊びに行った思い出があります。ほかにも聴覚障害のある人やダウン症の男性が長年働いてくれていたのを覚えています」と語る。  大風印刷では現在、社員116人のうち障害のある社員が3人(身体障害2人、精神障害1人)で、障害者雇用率は3.46%(2024〈令和6〉年6月1日現在)だそうだ。2014年度には「障害者雇用優良事業所厚生労働大臣表彰」を受賞した。  今回は、職場での3人の仕事や同僚らとのかかわりを中心に紹介していきたい。 DTPや文字入力  まず案内してもらったのが、さまざまな印刷物のデータを作成する生産部プリプレス課だ。パソコンで、アドビ株式会社のデザインソフトのイラストレーターを使いながら名刺作成をしていたのは、上肢機能障害や移動機能障害など重い身体障害のある安達(あだち)健司(けんじ) さん(49歳)。  県内の高校を卒業後、1994年に入社した安達さんは、当初はおもに文字入力の業務を行っていたそうだ。しかし、パソコンの普及とともに顧客からの原稿などがデータで送られてくるようになったため、今後の入力作業の減少を見越し、上司のすすめでイラストレーターの操作スキルを習得。いまは名刺作成業務の8割を担当するまでになった。  発語の障害があり、大風さんが会話するときはよくメモパッドを使用するそうだが、安達さんの隣席にいる生産部プリプレス課課長の田崎(たさき)剛(つよし)さんは「コミュニケーションで困ることはありません。いっていることがわからないときは、わかるまで何度も聞きますから」と断言し、そばで聞いていた安達さんと笑い合った。「遠慮もないので押し問答になることもありますし、だんだんとニュアンスで通じる部分もたくさんあります。ほかの社員と同じように接しています」と田崎さん。  安達さんに、ここで働いてよかったことなどを聞くと、最初は話してくれていたのだが、こちらが聴き取りに慣れていないとわかるやいなや、素早くパソコンのメモ機能を立ち上げて「周りのみなさんがフレンドリーなことです」と打ってくれた。  あとで大風さんが教えてくれたのは「安達さん自身がとてもフレンドリーなので、みんなに好かれているんですよ」ということだ。ちなみに職場内には安達さんの名前から取った『だちけん会』という集まりがあり、花見や花火大会、芋煮会などを開催しているという。毎回、安達さんが呼びかけて10人から20人ほどが参加。安達さんともう1人が場所取りの担当で、そのほかの食材調達などはみんなで手分けするそうだ。  大風さんは「私も何度か顔を出しましたが、宴会時間が長すぎてつき合いきれません」と苦笑いしつつ、「そんなふうにみんなで一緒に過ごすなかで、日ごろから社員も職場の雰囲気も、自然とやさしくなっているように感じます。これは本当に大きな効果だと思います」と話す。 持病を伝え配慮  安達さんと同じ生産部プリプレス課で2015年から働いている荒木(あらき)昌之(まさゆき)さん(29歳)は、高校在学時と短期大学在学時の2回にわたって大風印刷のインターンシップに参加。「カレンダーのデザインを考えたり、文字の配置の仕方などを教えてもらったりしてDTPの仕事に魅力を感じました」とふり返る。足などに障害のある荒木さんは、就職活動では障害者を雇用している企業の契約社員の求人もあったが、大風印刷では正社員として採用していたこともよかったそうだ。  入社時には、てんかんの持病があることも伝え、体調を崩しそうになったときの配慮を頼んだ。上司の田崎さんは「日ごろはまったくといっていいほど、ほかの社員と同じように指導しています。これまで一度だけ職場でめまいのような症状になったことがあったため、体調がよくないと感じたらすぐに連絡してもらい必要に応じて休んでもらうようにしています」と説明する。荒木さん自身は「入社してから、てんかん発作が起こったことはありません」と教えてくれた。  DTPのスキルは入社してから学んでいるという荒木さん。日ごろは入力作業や写真選びなど補佐的な業務が多いが、少しずつ名刺のデザインなどを担当するようになっているそうだ。「働くようになってから、印刷にかかわる知識やデザインについて学ぶことができてよかったなと思っています。これからも勉強しながらスキルアップしていきたいです」と語っていた。 全国アビリンピック出場  安達さんと荒木さんは、アビリンピックへの挑戦も続けてきた。大風さんによると、DTP種目が山形県の地方アビリンピックで始まった当初から、大風さんの父・茂吉(もきち)さんや社員が審査員を務めた縁もあり、安達さんはDTP種目、荒木さんはワード・プロセッサ種目に何度も参加してきた。  今年11月に愛知県で開催予定の全国アビリンピックには、2人揃って出場権利を得た。安達さんは事情により残念ながら参加できないかもしれないとのことだが、荒木さんは「全国アビリンピックは、今年で3回目の出場です。課題を時間内に作成できるようがんばります」と抱負を語ってくれた。  2人とも日ごろから仕事のなかで腕を磨いてきているので、特訓はしていないそうだ。大風さんは「たくさんの人と競えるよい機会」としつつ、「競技はだれかに勝つことが大切なのではなく、過去の自分に勝つことが大切です。全国大会という場で緊張すると思いますが、昨年できなかったこともあると思うので、平常心で楽しんできてほしいですね」と激励する。 印刷・製本の現場でも  本社建物内にある印刷・製本の現場には、大型の印刷機械が何台も並び、大小さまざまなタイプの印刷物があちこちに積み上がっている。現場を案内してくれた、総務部長を務める設楽(したら)博信(ひろのぶ)さんは「私たち大風印刷は、多品種・小ロットの製品づくりが強みです。最近は紙以外のクリアファイルやキーホルダーといったグッズ制作も手がけていて、作業の一部を地域の就労支援施設にも委託しています」と説明する。  機械に囲まれた一角で、束(たば)になった印刷物の梱包作業をしていたのは浅野(あさの)さん(31歳)。大風印刷に勤務していた父親からすすめられ、1週間ほどの職場実習を経て2012年に入社した。  浅野さんが梱包した製品は、ピシッとした折り目のきれいな仕上がりが特徴だという。「同じ梱包でも明らかにできばえが違うので、営業担当者の間で評価が高く、ときには『浅野さんにやってもらいたい』と指名されるほどですよ」と設楽さんが教えてくれた。  生産部製本加工課の課長を務める結城(ゆうき)隆紀(たかのり)さんは「浅野さんの長所は、とにかく真面目で責任感が強く、きっちり作業してくれることです」と話す。一方で、最初のころは知らぬ間に浅野さんに負担がかかり、体調を崩してしまうことが何度かあったという。  「1人でがんばってしまうことがあるので、助けが必要なときはいつでも相談するように伝えています。引っ込み思案なところもあり、私や周囲の社員のほうから声がけもしながら作業の調整をしています」  ここ5年ほどは、体調を崩して休むこともなくなったそうだ。浅野さんは「最初は覚えることがたくさんありすぎて、たいへんでした」とふり返りつつ、いま仕事で心がけているのは「納期に遅れが出ないようにすることです」と話す。ちなみに職場で楽しみにしているのは、2年に一度の社員旅行だそうだ。「今年は愛知県に行くらしいです」とうれしそうに教えてくれた。  大風印刷では特別支援学校や就労移行支援事業所などからの依頼にあわせて職場実習も行っている。「印刷の機械音が大きい製本現場などは敬遠されることもありますが、印刷にかかわる作業がいろいろあるので、マッチングさえうまくいけば今後も採用していきたいですね」と大風さんは話してくれた。 スペシャルオリンピックス  これまで大風さんは、仕事以外の場でも障害のある人とかかわってきた。その一つがスペシャルオリンピックス(※)にかかわる活動だ。2008年に山形県でスペシャルオリンピックス日本冬季ナショナルゲームが開催され、当時大風さんの子どもが通っていた中学校のPTA仲間に誘われ、フロアホッケー競技の運営にボランティアでかかわったのがきっかけだ。中学校内でも、特別支援学級の生徒たちと一緒にチームをつくってフロアホッケーを楽しんだそうだ。大風さんは、その活動で知り合った、ある男子生徒の母親の言葉が、いまも心に残っている。  「そのお母さんは、『息子に知的障害があるとわかってから、ずっと過保護にしてきてしまった。でもこんなふうにほかの子たちと一緒にスポーツができる姿を見て、手を放す決心がついた』と話していました。子どもの自立をめぐる親の思いはみんな一緒なのだとあらためて実感しました」  大風さんは「この盛り上がりを一過性のものにせず、知的障害のある人たちと一緒に続けよう」と、山形フロアホッケー連盟を立ち上げた。大風さんたちも友人や社員を誘って混成チームを結成、近くの障害者支援施設の体育館で練習や試合を行ったそうだ。  「私も含め社員たちは、重度の障害のある人とも、一緒にスポーツを楽しみながら自然とかかわれるようになりました。こういう経験によって、日常生活でも障害のある人と自然体で接していけると感じます」  その後、フロアホッケーが世界大会の競技種目から外れてしまったこともあり、活動は小休止の状態だが、「今後もなんらかの形で、障害のある人も一緒に活動できる機会を増やしていけたらいいですね」と大風さんは話す。 一緒に働いているからこそ  大風さんはこれまでの自身の経験もふまえて、あらためて障害のある人もない人も職場で一緒に働くことの大切さを語ってくれた。  「ふだんの社会生活のなかでは、障害のある人とのかかわり方がわからないという人が少なくないと思います。どこまで手伝ったらよいのか、どこからやるべきではないのか迷ってしまいますよね。でも職場で日ごろから一緒に働いていると、それがわかるようになります」  例えば、手と足が不自由な安達さんが、ビニール袋のごみを持って2階から階段を降りてごみ置き場まで持っていくときは、少し時間がかかってもだれも手伝わないのだという。大風さんが話す。  「でも重そうなものを運ぼうとしているときは、自然とだれかが手伝っています。気負いなく助け合う判断ができるのは、地域社会で障害のある人とかかわるなかでも大事なことだと感じますね」  大風さんが発信してきた「障害の有無にかかわらず一緒に働き、ともに暮らす」という思いは、取締役として現場を支える実妹の奥山(おくやま)朋子(ともこ)さんも同じだ。じつは奥山さんには、障害のある社員にまつわる忘れがたいエピソードがあるという。  奥山さんが中学生のころ、同級生が、近所に住む聴覚障害のある人のことを作文にして、賞をもらったそうだ。その作文がみんなの前で読み上げられたとき、奥山さんは思わず涙が出てきてしまったのだという。  「作文に登場した聴覚障害のある人は、私たちの職場で働いていた女性でした。当時の私とは友達のような関係で、特別視することもなく一緒に過ごしてきた彼女のことを、なぜあんなふうに障害者として特別に紹介されなければいけないのかと、複雑な気持ちになったことを、いまも思い出します」  仕事にかぎらず困っていたら一緒に解決しようと動いてしまう奥山さんが、最近、なんとかしたいと思っていることがあるという。それは、車いすを使う重度障害のある子どもをもつ女性社員からの相談だ。「スクールバスが回ってこない地域のため送り迎えをしなければならず、短時間勤務しかできないことが悩みだそうです。働く意欲のある彼女のためにも、何かよい方法はないか、一緒に関係機関とかけ合ってみようと検討しているところです」  奥山さんの言葉に、長年だれもがあたりまえのように一緒に働いてきたという大風印刷が、今後も変わらず、ともに支え合える職場を目ざしていく様子を、想像することができた。 ※スペシャルオリンピックス:知的障害のある人たちに、さまざまなスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を、年間を通して提供する国際的なスポーツ組織のこと。日本国内においてスペシャルオリンピックスの活動を推進しているのは「公益財団法人スペシャルオリンピックス日本」である 写真のキャプション 株式会社大風印刷代表取締役社長の大風亨さん 生産部プリプレス課で働く安達健司さん 安達さんは名刺のレイアウト作業をになう 生産部プリプレス課課長の田崎剛さん 安達さん(手前)と作業内容を打ち合わせる田崎さん 生産部プリプレス課で働く荒木昌之さん 荒木さんは入力作業や写真選びなどを担当している 2023年に開催された第43回全国アビリンピック(愛知県)でワード・プロセッサ種目に臨む荒木さん 総務部長の設楽博信さん 印刷物の梱包作業にあたる浅野さん 生産部製本加工課課長の結城隆紀さん 取締役の奥山朋子さん