編集委員が行く 人的支援ネットワークが職場定着を支える 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ、岐阜障害者職業センター、株式会社名岐サービス(岐阜県) 神奈川県立保健福祉大学 名誉教授 松爲信雄 取材先データ 清流(せいりゅう)障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 〒502-0841 岐阜県岐阜市学園町2-33 (岐阜県障がい者総合就労支援センター内) TEL 058-215-8248 FAX 058-215-8029 岐阜障害者職業センター 〒502-0933 岐阜県岐阜市日光町6-30 TEL 058-231-1222 FAX 058-231-1049 株式会社名岐(めいぎ)サービス 〒501-6012 岐阜県羽島郡岐南(ぎなん)町八剣(やつるぎ)2-45 TEL 058-247-2444(代表) FAX 058-247-2440 Keyword:障害者就業・生活支援センター、障害者職業センター、ジョブコーチ、精神障害、中小企業、警備業、職場定着写真:官野 貴 松爲(まつい)信雄(のぶお) 編集委員から  障害のある人が雇用されて定着し戦力化していくには、さまざまな支援担当者による支援ネットワークの構築とそれを維持するコーディネーターの存在、企業の文化や風土の基盤となる経営者の価値観と実際の支援をになうキーパーソンの存在によって、当事者が安心・安全を感じる職場環境でキャリア構築の意欲を喚起していくことを知ってもらいたいとリポートしました。 POINT 1 支援関係者による情報の共有 2 人的支援ネットワークを維持するコーディネーター 3 社員の安心・安全を担保するキーパーソン  地方の中小企業が、精神障害のある人を採用して定着に至る経過を取材したく、岐阜県を訪れました。そこから見えてきたのは、さまざまな支援機関の担当者や企業の方々が、本人の状況を共通認識して重厚な人的支援ネットワークを形成している様相です。 取材した組織と企業  清流(せいりゅう)障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  最初に訪れたのは、「岐阜県障がい者総合就労支援センター」の一角にある「清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ」(以下、「支援センターふなぶせ」)です。所長で精神保健福祉士の森(もり)敏幸(としゆき)さんと精神障害者就労支援ワーカーの佐村( さむら)枝里子(えりこ)さんにお会いしました。  森さんによれば、支援センターふなぶせは、県下で最も古い精神科の病院である岐阜病院から、2008(平成20)年に独立した社会福祉法人舟伏(ふなぶせ)が運営し、岐阜北エリアを管轄しています。職員は所長を含めて9人ですが、そのうちの7人が精神保健福祉士ということです。そのため、精神障害者の支援に力量のあるセンターとして定評があり、現在の利用登録者数は900人強、相談件数は年間7000〜8000件になるということです。  今回の支援を担当された佐村さんも精神保健福祉士で、法人内での生活支援部門も経験されながら2016年から支援センターふなぶせに所属され、常時の担当は100人近くになるということです。 岐阜障害者職業センター  次に、当機構(JEED)が運営する岐阜障害者職業センター(以下、「職業センター」)の主任障害者職業カウンセラーの茂木(もぎ)修(おさむ)さん、上席障害者職業カウンセラーの橋(たかはし)達也(たつや)さん、職場適応援助者(ジョブコーチ)の國枝(くにえだ)正樹(まさき)さんと片桐(かたぎり)朱美(あけみ)さんにお会いしました。  茂木さんによれば、岐阜県の就労支援の体制は、県内に6カ所ある障害者就業・生活支援センターが地域の軸となって支援機関ネットワークをしっかりつくっているそうです。特に岐阜圏域では、おもに長良川の北エリアをになう「支援センターふなぶせ」と南エリアをになうもう1カ所が職業センターと連携して、地域に密着したていねいな支援が行われています。最近では岐阜圏域以外のエリアにある障害者就業・生活支援センターとの連携も重視しているそうです。  また、橋さんによると、職業センターのジョブコーチ支援は、支援の対象者や事業主のニーズに対応したジョブコーチ支援計画に基づいて派遣し、その期間は標準3カ月程度でフォローアップは1〜2年程度を計画することが多いため、以降の定着支援を見すえて障害者就業・生活支援センターと連携するそうです。  國枝さんと片桐さんは、これからご紹介する株式会社名岐(めいぎ)サービスのジョブコーチとして今回の支援を担当されました。 株式会社名岐サービス  最後に、警備事業を展開している株式会社名岐サービス(以下、「名岐サービス」)の取締役社長の朝日(あさひ)智哉(ともなり)さん、総務課長の井戸(いど)玲子(あきこ)さん、そして障害のある社員で交通誘導警備係の瀬尾(せお)さんにお会いしました。  朝日さんによれば、同社は1993年に設立され、現場の警備担当社員の働きやすい環境を整えることを経営の基本とされています。また、障害者の採用は、障害者雇用率や人手不足などの理由ばかりではなく、小学校のときの仲のよい友人に障害があったこともあって、彼らと一緒に仕事をしてみたいという思いが原点だそうです。  警備事業には、交通誘導警備、イベント警備、巡回警備、施設警備、建物総合管理などがあり、社員数は40人で60歳以上の社員が7割を占めます。警備員は法律で20時間以上の新任研修と年間10時間以上の現任教育が課せられ、立ち入り検査が毎年行われますから、研修体制を厳格に維持しながら社員の質を担保しています。  井戸さんによれば、社員は定年退職後の再就職で入社された人が多く、生活費を稼ぐこと以外のさまざまな価値観で働いている方が少なくありません。警備は単独かグループで行いますが、交通誘導では通行人とのトラブルが起きることもあります。そのため、どの現場にだれを配属させてだれとチームを組ませるか、というシフトの管理が最も重要な仕事になるということです。 就職から定着に至る支援の経過  今回お話をうかがった瀬尾さんは、現在40歳です。瀬尾さんが同社に就職した前後から現在に至るまでの過程を、瀬尾さんからうかがったお話をはじめ、支援センターふなぶせの佐村さん、職業センターの橋さんと國枝さん、片桐さん、名岐サービスの井戸さんなどの、異なる面談場所で取材した複数の人からの情報をつなぎ合わせながら再現してみました。 これまでの経歴  (支援センターふなぶせ:佐村さん)瀬尾さんは、奈良県出身で学校卒業後に神奈川県内で配送業務に就いた後、2017年に一過性精神病と診断されて入院。退院後は、精神障害者保健福祉手帳(2級)を取得してクリニックに通院し、2018年に岐阜県に帰省されました。コロナ禍で通院できなかったために手帳の更新期限切れになったのですが、ハローワークを介して求職活動を始められました。  ハローワークの紹介で瀬尾さんと初めてお会いし、精神障害者保健福祉手帳の再取得に向けてセカンドオピニオンとして受診に同行しました。手帳取得の見込みが立った時点で職業センターとの連携を始めました。 就職前の支援  (職業センター:橋さん)瀬尾さんは、職業評価や職業準備支援を受けられ、それらの終了後にハローワークの合同面接会に参加されました。名岐サービスに内定後に、警備現場、勤務期間、通勤などへの配慮事項を含んだジョブコーチ支援計画を作成しました。  (支援センターふなぶせ:佐村さん)瀬尾さんは、自分のことを言語化することが苦手でした。そのため、職業センターやハローワークの職員と一緒になって、キャリアパスポートを作成しながら経歴の見える化をしました。こうした課題にとてもまじめで真剣に取り組まれていました。 集団面接と求職活動  (名岐サービス:瀬尾さん)合同面接会に参加するにあたって、仕事を探す条件として、自宅から通勤できることと仕事内容が時間的な強制を受けないことを基準にしました。名岐サービスはその希望に合致したのです。  (支援センターふなぶせ:佐村さん)合同面接会でも瀬尾さんに同行しました。いろいろな不安をお話しになり、名岐サービス社長の朝日さんや総務課長の井戸さんからていねいな回答をいただいていました。例えば、警備中のトイレ対応や、日中の立ち作業での体力消耗に対する配慮、正社員としての待遇、入社後の研修内容などです。  (名岐サービス:井戸さん)合同面接会に参加する前に、ハローワークでの障害者雇用に関する研修セミナーに社長とともに複数回参加して、精神障害のある人への理解と対応のしかたを学習しました。障害者雇用はハードルが高いという意識があったので、それなりの準備をしたのです。 入社後の研修  (名岐サービス:井戸さん)事前に学習していたこともあって、瀬尾さんの新任研修には法定時間の倍近くを費やしました。納得できるまで復習をくり返すとともに、現場では同僚の支援を受けながら業務に取り組めることなど、仕事に対するさまざまな不安を解消することに努めました。 支援機関の継続的な支援  (職業センター:橋さん)実務に就かれて1年以上経過したころ、ストレスが蓄積して急性の精神症状を発症して入院されました。退院後の復職支援では、職業センターのリワーク支援を活用し、終了後は職業センターのジョブコーチ支援を受けて現在に至っています。また、定着支援は、支援センターふなぶせと共同で進めています。  (支援センターふなぶせ:佐村さん)入社後の短期入院の際にも受診同行をしました。退院に際してのケース会議では、瀬尾さん自身が病識を深め、服薬への不安を解消して自己管理できるよう病院で指導していただきました。その後は安定して服薬を遵守されています。  (職業センター:國枝さん)現在は月1回程度の会社訪問で、佐村さん、井戸さん、私たちジョブコーチ、それに瀬尾さんを交えて情報共有をしています、それによって、支援ネットワークが非常にうまく維持されています。また、リワーク支援中に活用していた日誌をいまも継続してもらっています。日誌を続けることで、症状や健康維持のセルフマネジメントをしていただくようにしています。  (職業センター:片桐さん)仕事のことにかぎらず家族や生活上の困りごとも表に出して、ほかの人の支援を受け入れることが大切であることを理解してもらうようにしています。  (支援センターふなぶせ:佐村さん)障害者職業カウンセラーやジョブコーチの支援があることで、私自身が定着支援を行うにあたって役割分担して連携することができ、業務の遂行に非常な恩恵を受けています。 職場定着に向けた企業対応  (名岐サービス:瀬尾さん)現在は、通勤は片道1時間程度。交通誘導の業務を行っていますが、酷暑のなかでの立ち作業は体力を消耗します。チームで勤務するときは、先輩がいろいろと気を遣ってくださるので感謝しています。入社直後は不安が大きかったのですが、周りの人にいろいろと相談したり教えてもらいながら、そこから抜け出しました。  (支援センターふなぶせ:佐村さん) 会社側は、瀬尾さんの不安感の解消に向けてさまざまな取組みをされました。例えば、入院時には病状回復への期待や退院後の職場復帰の確約などを伝え、傷病手当の手続きや休職中の給与支払いの迅速な対応をされました。そうしたことが、安心して入院から職場復帰に至ることができたといえます。  (名岐サービス:井戸さん)瀬尾さんの入社にあたっては、事前に、全社員に非常にていねいな説明をするとともに協力を求めました。最初にチームを組んだ先輩はとても面倒見のよい人で、送迎やさまざまな気遣いをしていただきました。それ以降も、瀬尾さんとシフトを組む社員は面倒見がよく相性もよい人を選んでいます。ですが、面倒を見るよう押しつけることはしません。  シフトの作成は、ふだんから社員一人ひとりの性格や家庭事情、そして現場の様子をできるだけ把握していないとできません。そのため、会社への出退勤時に社員の状況を把握するように努め、ちょっとした様子の変化が見られると、ただちに対応します。  瀬尾さんが仕事に慣れるにつれて、先輩や同僚の瀬尾さんに対する見方が明らかに変わり始め、次第に仕事仲間として意識されていきました。そのおかげでシフト編成も容易になって、先輩や同僚との間で良好な人間関係が生まれてきました。いまでは、社員の多様な価値観を尊重した働きやすい職場になってきたと社長ともども感じています。  (支援センターふなぶせ:佐村さん)名岐サービスは、障害のある人に対して企業全体で面倒見のよいことが定着につながっている典型的な例です。そうした組織風土を生み出しているキーパーソンが名岐サービスの井戸さんといえます。 見えてきたこと  今回の取材を通して、いくつかのことが見えてきました。  第一に、定着には関係機関の強固で持続的なネットワークが不可欠です。異なる場所での取材にもかかわらず瀬尾さんに対する一貫した支援経過を再現できたのは、それだけ、支援担当者同士で情報が共有されて持続的な人的支援ネットワークが形成されている証でしょう。  第二に、人的支援ネットワークの維持にはコーディネーターが不可欠です。支援センターふなぶせの佐村さんがその役割をになうことで、担当者相互のミクロネットワークが維持されています。  第三に、事業所内のキーパーソンが定着の要(かなめ)になります。名岐サービスの井戸さんのように、社員や当事者から信頼され、人間関係の調整を含むさまざまな環境整備のできる人がいると安定的な定着につながります。  第四に、障害のある人を雇用する場合、社員の不安に対応しながらキャリア育成を目ざすとともに、それらをになうキーパーソンのいることが望ましいでしょう。当事者が安心して働くことができる職場環境は、求職者が企業を選択する際の重要な価値基準の一つとなっているのです。  第五に、雇用を継続させてこそ、障害のある人も戦力化して同僚との関係性が変化していきます。仕事を継続することでお互いに支援し合う組織風土が育成され、ウェルビーイングな社風をつくりダイバーシティにつながります。  今回の取材では、企業における雇用の質、さまざまな支援者の質、そして、当事者自身の働くことへの意欲とキャリア意識、の三位一体となった活動が重要であることをあらためて知ることができました。 写真のキャプション 岐阜県障がい者総合就労支援センター 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせの所長で精神保健福祉士の森敏幸さん 精神障害者就労支援ワーカーで精神保健福祉士の佐村枝里子さん 岐阜障害者職業センター主任障害者職業カウンセラーの茂木修さん 岐阜障害者職業センター上席障害者職業カウンセラーの橋達也さん 岐阜障害者職業センタージョブコーチの國枝正樹さん 岐阜障害者職業センタージョブコーチの片桐朱美さん 株式会社名岐サービス 株式会社名岐サービス取締役社長の朝日智哉さん 総務課長の井戸玲子さん 株式会社名岐サービスで交通誘導警備係として働く瀬尾さん リワーク支援で活用された作業日誌。睡眠時間や服薬の有無、作業内容などを記入する 工事現場で交通誘導警備にあたる瀬尾さん(写真提供:株式会社名岐サービス)