エッセイ てんかんとともに 公益社団法人日本てんかん協会にご協力いただき、「てんかんとともに」と題して全5回シリーズでお一人ずつ語っていただきます。 元力士 豊ノ島 (とよのしま) 最終回 夢を追い、そして与え続ける  1983(昭和58)年、高知県宿毛(すくも)市で豆腐店の長男として生まれ、6歳で相撲を始める。県立宿毛高校から第2新弟子検査合格。2002(平成14)年1月場所初土俵。小兵(こひょう)だが差し身のよさと鋭い投げで、三賞を 10 度受賞。最高位は東関脇。幕内在位71場所、三役通算13場所。2020(令和2)年現役引退、年寄・井筒(いづつ)襲名。2023年退職。私生活では、2011年結婚。2012年娘を授かる。現在は力士の物まねも入れた軽妙なトークで、タレント業で相撲界を盛り上げる。小柄だがよく食べる。目標は「タレントとして横綱になること!」。  私は、1983(昭和58)年に高知県宿毛(すくも)市で、豆腐屋の長男として生まれた。相撲との出会いは、小学校1年生のとき。豆腐屋で働くおばちゃんから「地元のお祭りで相撲大会がある。勝ったらお祭りのくじ引きを買ってあげるから出て」といわれ、相撲大会に出た。子どものころは身体が大きかったので、同級生には負けず、年上の子にも勝てた。ただ、相撲経験者にはやはり敵(かな)わなかった。相撲を取り終えた後に、「ボク、相撲をやらないか」と、声がかかった。地元の相撲クラブ関係者だった。私はサッカー少年だったが、稽古に通ううちに相撲に魅了された。柔道をやっていた父親も、最初は関心がなかったが、「お前はこれから勉強をしても日本一は無理だろう。でも、相撲なら日本一は狙えるだろう。日本一になれ」と中学生のときにいわれて、中学生で全国優勝した。  現役時代の私は、どんな大きな相手にも、立合いは胸から当たった。私のような小兵(こひょう)力士は頭から当たり相手の懐に潜るのが常套手段だが、私は子どものころからこの立合いだった。小学校2年生の冬休み、母親から「ご飯、できたよ」と呼ばれたが「もうちょっと寝る」といったまま、そこから記憶がなくなった。3歳上の姉が泣きながら「弟がおかしい」と母親を呼びに行き、母親が見に行くと白眼をむいて口から泡を吹いていた。救急車で病院に運ばれたときには、息をしていなかった。医師から「てんかん」と診断され、「このまま意識が戻らないかもしれないし、戻っても植物状態になるかもしれない。覚悟しておいてください」といわれたそうだ。幸い翌朝には目を覚ましたが、母親は相撲をやめるようにいい続けた。てんかんは脳の病気で、頭から当たる激しいスポーツをさせたくないという親心だった。「自分はもう相撲ができないかも」と諦めかけていたが、当時の監督が「頭で当たらないことを条件に相撲を続けさせてくれないか」と父親に話をしてくれ、父親は医師と相談し、「頭に衝撃を与えないなら」という条件で相撲を続けることにした。  学校では、水泳の授業は母親が立ち会わないと参加できず、ほかの子と見分けるために1人だけ白ではなく赤い水泳帽をかぶった。1人でお風呂に入るときは、母親がときどき声をかけて発作が起きていないか確認した。発作が起きたのは、小学校2年生、3年生、中学校2年生のときの3回だけで、定期的な検査と服薬も続けた。高校時代はインターハイ団体予選四国大会や国体高知県代表で団体優勝を経験した。そして、プロ入り。時津風(ときつかぜ)部屋に入門し、てんかんがあることは師匠と兄弟弟子みんなに話した。その後、21歳で十両のときに1回だけ発作があった。昼寝から起きて出かけようとしたときに、けいれんが起きた。兄弟子が舌を噛まないようにと口に指を入れたので、噛んで爪を割った(※)。救急車で病院に行き、意識は回復した。その後発作は起きていない。薬をきちんと飲み、病気に影響があると思いお酒は飲まない。170cmに満たない小さな身体ながら、持ち前の柔軟性やバネと、何よりも“相撲が好き”という気持ちで、18年以上の力士生活を全うした。関脇など三役を13場所、三賞10回、金星4個、2010(平成22)年九州場所では14勝1敗で横綱(白鵬関(はくほうぜき))と優勝決定戦を戦った。上出来だ。  いまは、タレントの道を歩んでいる。断髪後に脳波検査も受け、自分の身体をしっかり見つめながら、家族や多くのみなさんの支えを受け、夢を追い続けている。同じ病気のある人に、てんかんがあっても治療を行い社会生活ができることを、私の経験が励みになればと語り続けていく。 ※てんかん発作の症状はさまざまありますが、意識を消失し、倒れて、けいれんなどの症状がある場合の応急処置は、身体を少し横向けにして、気道の確保を心がけてください。窒息や口腔内のけがにつながりますので、決して口の中には物を入れないでください。基本は冷静に様子を観察し、必要な場合は病院を受診しましょう。 ★公益社団法人日本てんかん協会https://www.jea-net.jp