研究開発レポート 障害者手帳のない難病患者の就労困難性と支援ニーズの実態 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 1 はじめに  難病患者で就労困難性のある者は、障害者手帳制度の対象でない場合でも、障害者雇用促進法上の「障害者」ですが、障害者雇用率制度の対象は手帳がある場合に限られています。  このため、障害者手帳のない難病患者については、障害者雇用率にカウントされない状況で、事業主は障害者差別禁止や合理的配慮提供の法的義務を負い、障害者就労支援機関は就労移行支援や職業紹介、職場定着支援等を実施することが求められています。実際、障害者手帳のない難病患者にはどのような就労困難性や支援ニーズがあるのでしょうか。また、職場や支援機関はどのように対応しているのでしょうか。  当機構(JEED)の障害者職業総合センターでは、難病患者4000名以上と、全国の事業所や支援機関を対象とした実態調査を行い、体調の崩れやすさや不安定さ等により、障害者手帳の対象でない場合でも、就職や就業継続等が困難となる状況や、今後の職場や支援機関の対応強化の必要性を明らかにしています。 2 「その他の心身機能の障害」の実態  障害者雇用促進法第2条第1号の「障害者」の定義にある身体・知的・精神障害については障害者手帳制度での認定があります。一方、それらに並ぶ「その他の心身機能の障害」については障害者手帳制度での認定基準がなく、それによる就労困難性については、今回の調査により、初めてその実態が明確になりました。  そもそも、難病患者の就労問題が社会的課題となったのは、医療の進歩等により、定期的通院や服薬等の継続により難病の症状を一定程度抑えながら仕事を含む社会生活が可能となった難病患者が急速に増加しているからです。継続的な治療により重度の後遺症が回避できているため身体障害等は認定されませんが、難病が完治しているわけではありません。  今回の調査で明らかになったのは、障害者手帳のない難病患者であっても、その半数程度で、病状の見通しの不透明さ、体調の崩れやすさや変動、疲労や痛み、集中力の低下といった「その他の心身機能の障害」による就職や就業継続、さらに職業準備性に関する就労困難性につながっている実態です。難病患者は、治療と両立して仕事に挑戦しようとすれば、通院や体調管理と両立できる業務内容や勤務時間、休暇等の条件を満たす仕事に就職し、職場における理解や合理的配慮を確保する必要があります。現状、そのような支援ニーズに職場や支援機関が、必ずしも対応できていないため、比較的症状が軽症な難病患者を含め、特に治療と両立できる職種や働き方等の可能性に挑戦しようとする人ほど就労困難性を経験しやすく、その問題解決は本人の対処スキルに大きく依存し、試行錯誤でのストレスにより社会的疎外感も高い状況が明らかになっています。 3 難病患者の就労支援ニーズの明確化  難病患者の調査回答から、就職前から就職後に経験している困難状況に応じた利用機関や希望する支援内容、さらに、その困難状況の実際の軽減・解消と関係している具体的支援内容の相互関係を分析した結果、次のような障害者手帳の有無にかかわらない難病患者の就労支援ニーズの特徴が明らかになりました。 (1)治療と両立して活躍できる雇用の実現  難病患者のさまざまな就労困難性に対応して最も必要とされていた専門支援とは、障害者求人に限らず、通院、健康管理、疲労回復ができる勤務時間や休日、体調悪化時の早めの休憩・通院等の許可等への理解が就職時点からある職場の確保に関することでした。いまだ多くの支援機関が十分に対応できていないなか、難病患者就職サポーター、大学キャリアセンター等は一般求人を含めて難病でも無理なく活躍できる仕事への職業紹介・あっせん、職場の産業保健スタッフや難病相談支援センターとの連携により成果を上げていることが明らかになりました。 (2)病状悪化や障害進行時の雇用継続  就職後の難病患者の典型的な離職状況として、障害進行や病状悪化による職務遂行や通勤の困難、休職期間の超過による退職・契約非継続、医師による就業制限があること等が明確になりました。  障害進行や病状悪化に対して、難病患者は、「職場の設備改善・支援機器・テレワーク等」、「就業継続支援」、「福祉的就労や超短時間勤務」、「職業訓練や資格取得支援」、「体調や自己管理スキルの向上支援」を求めており、職場の産業医・産業保健スタッフ、就労移行支援事業所の支援が問題解決につながっていました。  休職期間の超過状況に関連して難病患者は、通院等への配慮や、出退勤時刻や休憩等、体調に合わせた柔軟な業務調整ができる職場体制等を求めており、難病相談支援センターやハローワークが効果的な相談先となっていました。  一方、医師からの就業制限に対して、通院、健康管理、疲労回復ができる仕事内容、勤務時間や休日、職場の理解確保等の個別調整を求める難病患者が多いにもかかわらず、現状ではニーズに対応できる支援機関はほとんどなく、離職につながりやすくなっていました。 (3)医療・生活等と就労の総合的相談支援  難病患者の多くは、難病とともに歩む人生設計や仕事の方向性、治療と仕事の両立の自信のなさ、社会的疎外感等の悩みを抱えていますが、現状の支援機関では、これらの悩みへの相談支援が十分に成果を上げられていません。これらの悩みを有している難病患者自身の観点から、必要な専門支援について聞いた結果、勤務内容や治療状況をふまえた就業の可否や留意事項の確認、興味や強みをふまえて活躍できる仕事を考える職業相談、障害者求人等への紹介、治療と仕事の両立支援等の必要性が高いことが明確になっており、これらを含む総合的な相談支援の充実が重要です。 4 職場や支援機関の対応状況  事業所調査の結果、実際の難病患者への配慮の内容としては、体調変動に応じた業務調整、通院や体調管理に応じた勤務時間や休日、急な欠勤に対応できる職場体制、職場内コミュニケーション、身体的負荷の少ない職務等のソフト面への配慮が比較的多く、回答事業所の半数強が負担を感じており、約20%が非常に負担と感じていました。一方、職場での難病患者の把握は、通院や業務調整の必要性や、治療と仕事の両立支援、休職等をきっかけとしており、合理的配慮を必要とする難病患者が職場に対して、自己申告しやすい職場体制の必要性も示唆されました。  また、支援機関調査の結果、就労系福祉サービスを中心に、障害者手帳のない難病患者が支援対象として明確に位置づけられていない状況や、難病関連の社会資源や治療と仕事の両立支援等の周知不足の状況も明確になっています。 5 おわりに  難病患者の就労問題は医療の進歩にともなう新たな社会的課題です。今後、特別に対処スキルの高い難病患者だけでなく、だれもが安心して難病の治療と仕事を両立できるようにするため、ハローワーク等の職業相談・職業紹介等の充実、企業の合理的配慮提供の促進、地域連携体制の整備等が具体的な課題です。それらについて、本レポートの元となる調査研究報告書No.172「難病患者の就労困難性に関する調査研究」(※)では議論の整理も行っています。 ※https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku172.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室(TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 表 「その他の心身機能の障害」による難病患者の就労困難性の典型例 その他の心身機能の障害 就労困難状況の具体例 病状が進行するおそれ 病状の不確実性による将来不安があり、支障が増すと実際の体調の不安定さ等の病状の悪化により職務遂行や仕事の予定を組むことが困難になり、有給休暇が不足する状況で、経済面を含む将来不安が増大し、離職後の再就職意欲の低下が顕著になる。 少しの無理で体調が崩れること 体調の崩れやすさは理解されにくく、支障が増すとフルタイム勤務や残業を負担と感じ、業務調整の困難や突発休の増加で離職のリスクが増加する。 全身的な疲れや体調変動 外見から分かりにくい全身的な倦怠感があり、支障が増すと仕事の活動時間や集中力が低下し、職場の人間関係等に課題が生じ、安定した就業が困難になる。 活力や集中力の低下 軽度でも効率や仕事の完遂に影響が出る場合があり、支障の程度が増すとフルタイムの勤務や業務遂行の困難が増し、重度では日常の仕事の遂行が困難となる。 身体の痛み 全身の関節痛や頭痛等による支障が増すと日常生活や仕事が困難になり、労働やストレス等による悪化もあるが、病状の説明や理解を得るのが難しい。 免疫機能の低下 外出に支障が出ることや医療職での業務制限があり、支障が増すと風邪や感染症にかかりやすくなり、仕事の制限や欠勤が多くなり、仕事の継続が困難となる。