リーダーズ トーク Leaders Talk 第7回 企業に求められる「雇用準備性」 三菱商事株式会社 人事部 健康推進・DE&Iチーム 障がい者雇用担当 (前三菱商事太陽株式会社代表取締役社長) 福元邦雄さん 福元邦雄(ふくもと くにお) 1986(昭和61)年、三菱商事株式会社入社。IT事業本部、シンガポール支店駐在などを経て2016(平成28)年から三菱商事太陽株式会社代表取締役社長、2022(令和4)年7月より現職。研修認定精神保健福祉士、産業カウンセラー。  「三菱商事株式会社」(以下、「三菱商事」)の特例子会社「三菱商事太陽株式会社」(以下、「三菱商事太陽」)は、1983(昭和58)年の設立時からシステム開発業務を主力に成長し、2018(平成30)年には完全在宅勤務の障がい者雇用に向けたIT技術者養成事業にも乗り出しました。立役者となった前代表取締役社長の福元邦雄さんは現在、三菱商事グループ全体の障がい者雇用推進に力を入れています。これまでの取組みと今後の方針についてうかがいました。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 37歳のときの事故で指4本を失う ――福元さんご自身も障害者手帳をお持ちだそうですね。 福元 37歳のときにレジャー中の事故で左手4指を欠損しました。2カ月間の入院中、自分で排泄もできないふがいなさに、2回ほど窓から飛び降りたい衝動にかられるほど落ち込みましたが、その後は物事のとらえ方がガラッと変わりました。コップに入った半分の水の例え話じゃないですが「指が4本もないと思うか、親指も手のひらもあると思うか」。座右の銘は「そこにある出来事の受けとめ方が、人生を支配する」です。  シンガポール支店駐在時に、上司から「障害者手帳を持つ当事者として、三菱商事太陽に出向してみてはどうか」とすすめられ、これも縁だと思って、本社のある大分県に赴任しました。 IT技術者の養成事業 ――IT関連事業を展開する三菱商事太陽では、早くから在宅勤務も進めてきたそうですね。 福元 「社会福祉法人太陽の家」創設者であり、三菱商事太陽の初代社長も務めた故・中村(なかむら)裕(ゆたか)博士は「自宅で寝たきりであっても、頭がしっかりしていればプログラマーとして稼げる」と話していたそうです。三菱商事太陽はまさにその通りの道を進んできました。  三菱商事から委託されたシステム開発業務をメインに、地元官公庁のシステム関連業務へも拡大するなか、2014年には「在宅勤務制度」を導入しました。当時は、何かあればすぐに駆けつけられるよう、三菱商事太陽本社のある大分県の在住者を中心に、通勤困難な身体障がいのある4人を採用し、データ入力業務を担当してもらいました。  その後まもなく、新たな人材確保の必要に迫られました。というのも三菱商事で新しい社内システムの導入が決まり、土台となる専用ソフトウェアを使いこなせるシステムエンジニア(SE)が必要になったのです。しかし大分県内で求人を出してもまったく応募が来ませんでした。そこで私たちが目を向けたのは、全国各地にいるであろう「ITスキルを持ちながら在宅勤務を希望する人たち」でした。身体的な障がいにかぎらず、出勤によって生じるさまざまな課題(人とのかかわりや周囲の雑音など)を持つ人たちです。  そうして2018年に始めたのが、完全在宅勤務を前提にしたIT技術者養成事業です。ソフトウェア会社が提供するeラーニングの受講費用十数万円を三菱商事太陽が負担し、必要なスキルを在宅で習得してもらいます。参加条件は、@障害者手帳を持っている、A自宅にパソコンがありインターネット環境が整っている、Bすでに一定のプログラムスキルを保有している、C三菱商事太陽で週20時間以上働けること。インターネットで募ったところ全国から20代〜50代の35人が集まりました。書類審査などを経て自宅でeラーニングを履修後、三菱商事太陽の実習課題をクリアした7人を1期生として採用しました。 在宅勤務者の支援体制 ――IT技術者養成は、他企業あっせん事業にも拡大したそうですね。 福元 2期目は同様のIT技術者を求めている企業にも声をかけ、2019(令和元)年秋に4社合同の集団面接会を開催しました。eラーニングの修了認定を取った6人がオンラインで参加し、企業側は会議室に集まって一緒に質問をする形です。  他社の採用担当者は「何をどこまで聞いてよいのか」と戸惑っていたので、精神保健福祉士などの資格を持つ私が代わりに聞きました。面接を受ける人たちも、各社の同じような質問に何度も答える必要がないというメリットがありましたね。  しかし結局ほかの企業は1人も採用せず、三菱商事太陽が全員採用しました。コロナ禍を機にテレワークが進んだにもかかわらず、障がい者雇用になるとしり込みする理由はなんでしょうか。担当者たちから聞かれたのは「就労状況をきちんと確認できないのでは」、「何かあっても遠方では対応できないかもしれない」といった不安の声でした。  三菱商事太陽では、最終的な採用前に「就労環境」と「就労準備性」の確認をします。本人の自宅や就労移行支援事業所、かかりつけのクリニックも訪問し、何かトラブルが起きたときのセーフティネットがどれだけ整っているかを判断します。部屋の明るさや広さ、災害時の安全確保はもちろん、実際に支援する人に会って、どれだけ親身で温かいつながりがあるかも確認しました。本人が支援機関をフル活用し、信頼関係をつくっておくことは大事なポイントです。仮に就労環境や就労準備性が十分でないと判断されたときは、クリアできるような支援や工夫を考えます。こうして在宅勤務社員の支援体制を確立させていきました(図参照)。一連の取組みは、2020年度の厚生労働省「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」で特別奨励賞を受賞しました。 グループ会社の雇用推進へ ――三菱商事に戻ってからは、グループ全体の障がい者雇用推進に取り組んでいるそうですね。 福元 三菱商事のグループ会社を調べてみると、障がい者雇用の取組みが途上である企業もありました。三菱商事側に「グループ会社向けの支援施策の拡充が必要です」と説明し、本腰を入れて向き合う取組みをスタートさせました。  私自身も障がい者雇用の取組みが途上であるグループ会社を訪問し、「一緒に一歩ふみ出してみましょう」と働きかけましたが、やはり担当者から聞かれたのは「どう対応したらよいのか不安だ」との声でした。  そこで2023年3月、三菱商事グループの職場支援者たちの駆け込み寺%Iな存在として立ち上げたのが、合同相談窓口「MCグループ障がい者就労サポートデスク」(ショウサポ)です。障がい者の就労支援などを手がける会社と共同運営し、受入れ部署や支援担当者からの個別相談に対応しています。  また人事部では定期的に雇用推進のための社内セミナーも開催していますが、その内容を動画で配信するポータルサイト「障がい者雇用促進チャンネルSHOKO-CHANNEL(ショウコチャンネル)」を2023年4月にスタートしました。三菱商事グループの経営幹部層、人事担当者、受入れ部署などの各層に向けて、「業務切り出しのコツ」、「ケースごとに考える対応」、「テレワーク事例」といったテーマごとに数分〜十数分のショート動画を用意しています。いまは文章よりも動画で理解することに慣れた人が多いことを見込んで、あえて動画にしました。  この編集作業などを担当しているのが、2023年9月に、1日5時間勤務の条件で採用した三菱商事本社嘱託社員で、宮崎県在住の精神障がいのある男性です。かつて東京で専門商社に勤めていた経歴があります。じつは彼は、三菱商事による完全在宅勤務の障がい者雇用第1号でもあります。  遠隔地でもスムーズな業務・労務管理をするために、2023年9月に、外部の障がい者テレワークシステムや体調管理サポートツールを導入しました。体調管理から勤怠管理、タスク管理、ファイル共有などをシステムサービスで完結でき、とても便利です。例えば体調管理であれば、スマートフォンのアプリで本人の「セルフケア」をうながすプログラムを設定してもらい、毎日、自分の体調を選択式で入力してもらいます。日々のデータの積み重ねで本人の体調変化を読み取り、「青に近い黄色信号」が出ると上司や支援者に自動アラートされます。これまで「赤に近い黄色信号」になるまで気づかれなかったSOSを、いち早く自動的に知ることができます。今後はグループ会社でも活用してもらいたいと考えています。 障がい者雇用のあり方の転換 ――三菱商事グループの障がい者雇用について、今後の見通しを教えてください。 福元 これまで三菱商事では、障がい者雇用に算定されているのは私を含めた身体障がいのある社員が大半でした。しかしいまでは求人募集を出すと、精神障がいのある人の応募が圧倒的に多い状況です。これは40周年を迎えた三菱商事太陽でも同じ傾向にあり、加速度的に精神障がいのある人の新規雇用を進めていかないといけません。三菱商事の直接雇用も含めグループ全体で取り組まなければならない潮目にきています。  先にもお伝えした体調管理サポートツールは、いわば「ココロの車いす」だと思うのです。つまり歩行障がいのある方には車いすがあれば、生きづらさや働きづらさはかなり解消される。精神障がいのある方には、このような体調管理サポートツールでセルフケアの力をつけていただく。障がい者雇用の拡大にあらためて取り組む、最初の一歩としてのモデルケースを目ざしています。  会社側が就労環境を整えることで、精神障がいのある人が仕事に集中し成果を出していることは三菱商事太陽で実証済みです。今後は三菱商事に通勤する形で、9人ほどを定着支援者(ジョブサポーター)とともに集中配置する計画を実行していきます。 企業に必要な「雇用の質」 ――これから障がい者雇用を始めようという企業へのアドバイスをお願いします。 福元 障がい者雇用においては当事者の「就労準備性」が必要といわれていますが、同じように、雇用する側の企業や組織の「雇用準備性」も大切だと私は考えています。  「障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)」第四条では、障がい者が「有為な職業人として自立するように努めなければならない」とありますが、これは労働基準法にはない内容です。ちなみに私が三菱商事太陽にいたときも「生きづらさに負けない、働きづらさから逃げない」を理念に、毎日の朝礼で自作イラスト入りの紙芝居を使い、社員も会社も成長し続けるための意識改革が必要だと訴えてきました。ある社員からメールでもらった「社長が本気だということがわかりました」という言葉に押され、いまも個人的に動画を配信しています(※1)。  そして本気で働こうとする人のために、このほど改正された同法第五条では、雇用する側もしっかり職業能力の開発をするよう「雇用の質」が求められているのです。  障がいのある人を雇用すると、自社の課題が見えてきます。とくに精神障がいのある人にとって働きやすい組織というのは、整ったマニュアルや相談窓口を含め、グーグルが発表した研究結果などで知られる「心理的安全性」(※2)の高い組織のことですよね。障がいのある人だけでなく、LGBTQの人、新卒や転職してきたばかりの人たちも、やさしく受け入れて立ち往生させないための必要なインフラだといえます。互いに本気で取り組んで、職場でよい経験が積み重なっていけば、いつか「それって普通のことだよね」ということに気づくでしょう。  最後に、これから障がい者雇用にふみ出すという企業や担当者のみなさんに伝えたいことは、「最初の1人が1年以内で辞めても、落ち込んだり、絶対に現場を責めたりしないでください」ということです。一般雇用だって辞めるケースはいくらでもあるし、ここをふみ台に卒業するケースだってあるでしょう。何度も雇用して、試行錯誤しながら現場は育っていくのです。  どうかみなさん、諦めずに前向きに取り組んでください。そうして大小さまざまな課題を解決していった先に、どの社員にとっても働きやすい組織が熟成され、それが会社全体の生産性向上へとつながっていくのをきっと実感できるはずですから。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、三菱商事株式会社様のご意向により「障がい」としています ※1 「福元邦雄の千朝千話」https://www.kuniofukumoto.com/ ※2 心理的安全性:1965年にエドガー・シャインらによって提唱され、その後、エイミー・C・エドモンドソンが発展させた概念。組織やチームのなかで、だれもが安心して率直な発言や行動ができるという状態のこと。2016年にグーグルが発表した「生産性が高いチームは心理的安全性が高い」という研究結果により広まったとされる 図 (資料提供:三菱商事太陽株式会社)