職場ルポ 農薬・化学肥料不使用栽培の農場で、戦力として働く ―株式会社キューサイファーム島根(島根県)―  野菜加工商品メーカーが原材料を農薬・化学肥料不使用で栽培している農場では、高齢化する人材課題を改善すべく、障害のある従業員たちが戦力として活躍している。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 株式会社キューサイファーム島根 〒698-2144 島根県益田市(ますだし)虫追町(むそうちょう)320-39 TEL 0856-28-8012 FAX 0856-28-8013 Keyword:身体障害、知的障害、精神障害、農業、障害者職業生活相談員、障害者就業・生活支援センター POINT 1 労災事故を機に障害者雇用の可能性を知り、就職面談会に参加 2 障害者就業・生活支援センターなどと実習から定着まで連携 3 個々の特性を見きわめ、農機操作や検査、清掃業務などで戦力化 青汁のケールを栽培  「まず〜い!もう一杯!」のキャッチフレーズで有名になった「青汁」を販売する「キューサイ株式会社」(本社・福岡県福岡市)。原材料となる緑黄色野菜ケールは、国内の契約農家や自社グループ農場で農薬・化学肥料を一切使用せずに栽培しているという。  なかでも島根県益田(ますだ)市内の丘陵地帯にある自社グループ農地は、東京ドーム15個分に相当する70ヘクタールを誇る。近隣に位置する加工工場を含めて運営しているのは、1998(平成10)年設立の子会社「株式会社キューサイファーム島根」(以下、「キューサイファーム」)だ。  現在、従業員70人のうち障害のある従業員は7人(身体障害1人、知的障害4人、精神障害2人)、障害者雇用率は11.2%(2023〈令和5〉年6月1日現在)だという。農業を本業とする職場における、障害者雇用の取組みを紹介していきたい。 農場でトラクター操作  萩(はぎ)・石見(いわみ)空港から車で約10分、標高80mほどの丘陵地帯に広がるキューサイファームの市原(いちはら)農場。なだらかなアップダウンのある畑には、約3週間前に植えられたケールの苗がきれいに並んでいた。「今年は猛暑や少雨で生育にも影響がありました」と話すのは、営農課のチームリーダーを務める大佐古(おおさこ)薫(かおる)さん。この日は、カラスや害虫に食べられて育たなかった苗の場所に、代わりの苗を補植する作業を行っていた。  「まず全員で畑を見回って補植が必要な部分を確認しつつ、害虫がついている苗を見つけたら一つひとつ手作業で駆除しています。農薬・化学肥料不使用での栽培を徹底しているだけに人の手は欠かせません」  キューサイファームの設立当初から、ほかの仕事を引退した男性や50代以上の主婦らがパート従業員として働いていたそうだが、いまでは77歳の従業員を筆頭に高齢化が進み、慢性的な人材不足が課題でもある。  そんな背景もあり、この農場では2015年から障害のある従業員が働き始めたという。取材したこの日も、10数人の従業員にまじって作業していた、4人の障害のある従業員に話を聞いた。  2015年入社のAさん(40歳)は、「社会福祉法人希望の里福祉会 益田障がい者就業・生活支援センターエスポア」(以下、「エスポア」)からの紹介で実習に参加したのが入社のきっかけだ。  「ここなら私も働けると思いました。夏にはスプリンクラーを設置して回ったり、周りに柵をつくったりする作業がたいへんです。たまに先輩から『そこ、苗植えとらんぞ』とか厳しくいわれますけど、仕事は続けられます」と笑顔を見せるAさん。いまは一人暮らしで、週1回訪問してくれるヘルパーと一緒に料理も学んでいるところだそうだ。  職業能力開発施設「島根県立西部高等技術校」在籍時に、キューサイファームの実習に参加したというBさん(38歳)は、「現場の雰囲気がよく、屋外での作業は開放感があるので、しっくりきました」とふり返る。これまでいくつか仕事をしたなかで、8年目になるキューサイファームが一番長く勤めている職場だという。  Bさんは最近、「生育調査」という仕事も任された。週1回、車で畑を回りながらケールの葉の成長ぶりなどを写真に収め、大きさや重量などを記録する。大佐古さんは、「畑を回ったついでにカラスや虫食いの害など気づいたことも報告してくれて助かっています」と頼りにしているという。  「収穫を迎えると『ああ今シーズンも終わる』という達成感があります。腰を痛めないよう体力を維持し、新しい業務があれば挑戦したい」というBさんは、8時から14時半までの勤務後、スーパーの棚卸しの仕事もかけ持ちしているそうだ。  営農課の永谷(ながたに)寿(ひさし)さん(54歳)は、以前はごみ収集会社で働いていたが、勤務先が廃業したため、エスポアの紹介で2017年にキューサイファームに入社した。「体力的にたいへんなときもありますが、仕事は続けられそうです」と話す。休憩時間に、畑のあぜに座って雑談をするのが楽しいそうだ。最近は糖尿病をわずらい、病院の指導で食事に気をつけた生活に努めているという。  同じく営農課の栗山(くりやま)友一(ゆういち)さん(30歳)は特別支援学校を卒業後、清掃会社や車の修理工場、型枠大工の仕事などをしたが続かず、近所の人に紹介されたキューサイファームで2017年から5年弱働いた。妻の実家の家業を手伝うため退職するも、その後、戻ってきたそうだ。  「小中学校時代は野球、特別支援学校のときはサッカー部でキャプテンマークをつけて県大会で初優勝しました」と体力に自信をのぞかせる栗山さん。その一方で「周りの人たちとなるべく話すようにしています。困ったときに助けてもらえますから。一緒に作業をしながらアドバイスももらえます」と語ってくれた。  栗山さんは職場の協力で大型特殊免許を取得し、トラクターに乗って有機肥料を撒(ま)く作業なども任されている。勤務は1日7・5時間とフルタイムに近いが、課題は「休みがちになること」だという。その理由に、持病のぜんそくだけでなく家族を養う心理的負担感をあげ、対策は、「最近始めたウクレレや、大佐古さんと車の話をしてストレス解消することです」と教えてくれた。 きっかけは労働災害  キューサイファームが障害のある従業員を雇用することになったのは、加工工場で起きた労働災害がきっかけだったという。  2015年2月、加工工場内で機械の清掃作業を行っていたCさんが、機械のコンベアに巻き込まれて左手首から先を切断するという痛ましい事故が起きた。退院後の同年5月、キューサイファームは、もともと期間雇用だったCさんを事務職の終身雇用に切り替え、さらに正社員に登用した。  義手をつけた左手は、いまもしびれが残っているというCさん。「幸い利き手を使えたので、片手でのパソコン入力も慣れてきました。一番の心配は車の運転でしたが、いまではスムーズに操作しています。職場のみなさんにはいろいろ支えてもらっています」と語ってくれた。Cさんの事故をきっかけに、キューサイファームでは現場の安全管理体制の強化に力を入れ、その後、事故は起きていないそうだ。  Cさんの存在は、自動的にキューサイファームが障害者雇用にふみ出すきっかけにもなった。当時から業務課の課長を務める四橋(よつはし)雅美(まさみ)さんが、現場支援を統括担当することになった。  「基本的な知識を身につけるため、まず障害者職業生活相談員の資格認定講習を受けました。そこでさまざまな障害のある人の就労状況を知り、『農業は、障害者雇用に合っているかもしれない』と思いつきました」  さっそく、四橋さんたちはハローワークの就職面談会に参加。そのときに採用者はいなかったものの、しばらくして公共職業能力開発施設やエスポアから職場実習生の受入れ依頼が来たという。  「当社の農場はつねに人材不足ですし、応募者も少ないのが現状です。実習は、足場の悪い畑でも作業ができる人なら基本的には受け入れしますし、これまで当社から採用をお断りしたことはありません」  さらに四橋さんは「どこを重点的に意識して障害者雇用をしていくべきか」を考えるために、特別支援学校を見学して回ったという。さまざまな分野の仕事を実践的に訓練している様子を見て「3年間かけて一定の技術を身につけ、接客や仕事の段取りなども学んできたのだから、職場でもスキルなどをじっくり身につけながら長く続けてもらおう」と決めたそうだ。  事務所や現場の掲示物には、ふりがなをふったりイラストを増やしたりして、目を引くわかりやすい伝え方になるように工夫。現場では過度にプレッシャーや負担をかけないよう配慮しつつ、戦力になるためのスキルアップをうながしてきたそうだ。  安定して働き続けてもらうには、就労支援機関との連携も欠かせない。「いまも何かあればすぐに連絡を取り合う関係です。先日も、従業員が一時いなくなり、一緒に探し回りました。本人は通勤途中に寄ったコンビニでバイクの鍵をシート内に入れてしまい、歩いて自宅に戻っていました。再び会社に徒歩で向かっていたところをエスポアの担当者が見つけてくれて、本当に助かりました」 高齢の先輩たちと一緒に  農場長を務める太田(おおた)洋介(ようすけ)さんにも話を聞いた。  「私も参加したハローワークの就職面談会では、ハローワークから『本人のできることとできないことを見きわめつつ、求めすぎないように』とアドバイスをもらいました。現場では、なるべく説明や指示をわかりやすく伝えることと、トラクターなど危険をともなう機械作業はしっかり切り分けるようにしました」  ほかの従業員には、四橋さんが障害者雇用の必要性や一般的な特性などについてわかりやすく説明し、理解をうながしたそうだが、「みなさん、すんなりと受け入れてくれたようでした」という。  農場で日々の作業を仕切る大佐古さんも、障害者職業生活相談員の資格認定講習を受けた一人だ。  「わかりやすい説明や確認を心がけていますが、彼らも一緒に作業をしながら質問をしてくれるので私も安心です。年の離れた現場の先輩たちが、彼らを孫のように指導し、たまに力仕事で頼っています。互いに支え合っている関係ですね」  太田さんも「高齢の従業員と若い従業員が、和気あいあいと一緒に作業をしている様子を見て、よかったなあと思っています。今後は高齢でリタイアする人も出てくるはずなので、うまく世代交代していけるとよいと思います」と期待する。 加工工場で働く2人  農場から車で10分ほど移動すると、ケールを液状や粉末状に加工する冷凍・乾燥工場(本社工場)がある。加工現場に入る従業員たちが白衣に着替えた後、手洗いをする「前室」が8カ所あり、手洗いシンクの洗浄や洗剤補充、手袋などの洗濯などの業務を、いまは2人の障害のある従業員が担当している。  彼らは、ケールの収穫時期に合わせた11月〜5月の繁忙期は、期間従業員と一緒に収穫に取り組み、それ以外の時期は、日ごろ手が回らない会議室や共有スペース、屋外で芝刈りや清掃などを行っているそうだ。  「工場内のトイレや廊下の清掃は、以前は業務課の従業員たちで行っていました。2人が通年で清掃してくれるようになって、いつもきれいになりました」と四橋さん。さっそく2人の働く様子を見せてもらった。  廊下で黙々と掃除機をかけていたのは、2016年に入社した三浦(みうら)徹(とおる)さん(32歳)。特別支援学校を卒業後に、袋製造会社やキノコ栽培所を経験したあと、県立高校の用務員として3年契約で働いたそうだ。3年目の契約期間終了前にエスポアの紹介で、キューサイファームでの実習を経験。午前中に清掃業務、午後は品質管理課でケールの搾汁(さくじゅう)や器具洗浄などを行ったが、「両方するのはむずかしいので、清掃業務だけがいいです」と希望し、そのまま清掃担当となった。実習や入社初期には、ベテラン従業員に清掃手順やコツなどを教えてもらったそうだ。  「いまでは休憩時間や作業中に社員さんたちから『三浦くん、がんばっているね』などと声をかけてもらって、うれしくなります。今後も清掃のスキルアップ、レベルアップをしていきたいです」と意欲的に話す。  三浦さんは18歳から、グループホームの生活と一人で暮らす生活を、交互にくり返している。「同じ支援団体が運営しているので、一人暮らしをして食生活などに自信がなくなったらグループホームに移り、落ち着いたらまた一人暮らしに挑戦しています」。いまはグループホーム仲間でソフトボールチームをつくって大会に出場したり、社内の書道部で苦手な漢字を練習したりするのが楽しいそうだ。  2年後の2018年に、三浦さんと同じ学校出身の大谷(おおたに)尊亨(たかゆき)さん(34歳)が加わった。大谷さんは、益田市内の公園などを運営する会社で草刈り業務などに9年間従事していたそうだが、結婚を機に引っ越した先が職場から遠くなったため退職。エスポアの紹介で、自宅からほど近いキューサイファームで実習を受け入社した。実習時から三浦さんに手順などを教わり、いまでは毎日一緒に業務を進めている。「毎朝、その日の仕事の段取りを2人で話し合い、判断に迷うときは業務課のみなさんにも相談しています」  休憩時間などにほかの従業員と話すなかで、自分と同じカメラ撮影が趣味という人ともめぐり合った。「誘ってもらって自分も鉄道撮影をするようになりました。風景や家族の撮影も楽しんでいます」という大谷さんは、「家族のために一生懸命がんばって働きます。将来の夢はマイホームを持つことです」という。  三浦さんや大谷さんの指導係を務めているのが、業務課の経理担当で障害者職業生活相談員でもある橋本(はしもと)美少代(みさよ)さん。三浦さんたちと一緒に朝礼を行い業務内容の確認などを行っているそうだ。  「2人が作業で困ったときはいつでも声をかけてもらっていますが、私が不在のときはほかの社員にも気軽に相談してくれています。私だけが対応していると誤解が生じることもあるでしょうし、1対1にならないよう業務課全体で声をかけ合って支え合っています」 苦い経験も  キューサイファームではこれまで1人だけ、定着できずに退職してしまった障害のある男性がいたという。四橋さんは「職場環境とは関係のない、私たちの支援が届かないところで辞めざるを得なくなったのが残念です」と悔やむ。  その男性はエスポアの紹介で入社し、順調に働き始めたものの、しばらくすると無精ひげを剃らずに乱れた服装で出勤したり、遅刻や欠勤が増えてきたりした。本人に確認すると、スマートフォンやタブレット端末で動画視聴やゲームに没頭してしまい、寝不足になっていたようだった。「問題はさらに深刻化しました」と四橋さん。  「端末の支払い金額がふくれ上がっていました。金銭管理をしていたエスポアがすぐに解約したのですが、また別の通信会社で契約していました」  結果として今度は100万円超の請求書が届き、エスポアと相談して再び就業前の生活支援からやり直すことになったという。四橋さんは厳しい口調で話す。  「社会的自立を支援するために、障害者雇用をする会社や支援機関が環境を整えても、社会そのものに、彼らの弱みにつけ込むような契約などを可能にするシステムがあるのは疑問です。プライベートは考慮すべきですが、生活に影響する部分は、もっと社会全体で防ぐ仕組みが必要ではないかと思います」  キューサイファームでは、苦い経験をくり返さないためにも、職場では日ごろから声かけやコミュニケーションを通して本人の変化を早めに察知することに努めているという。  そのうえで、今後の方針について四橋さんは、「従業員にとって、少しでも安心して働きがいのある職場環境を目ざしたいと思っています。地方の農業分野は、給与も最低賃金の上昇に合わせるのが精いっぱいですが、現場に欠かせない戦力として、独自の雇用制度も含めたキャリアアップの道筋も検討していきたいと考えています」と前向きに語ってくれた。 写真のキャプション 丘陵地帯に広がる、株式会社キューサイファーム島根の市原農場 約3週間前に植えられたケールの苗 営農課チームリーダーの大佐古薫さん 畑を見回り害虫の駆除を行う 営農課で働く永谷寿さん 移植器に新しい苗を投入する永谷さん(手前) 営農課で働く栗山友一さん 栗山さんは、トラクターでの作業にもたずさわっている 苗移植器を使い補植を行うAさん(手前) 作業にあたるBさん。生育の悪い苗を植え替える 業務課で事務を担当するCさん(右)、業務課の経理担当で障害者職業生活相談員の橋本美少代さん(中央) 業務課長の四橋雅美さん 農場長の太田洋介さん 本社工場で働く三浦徹さん 清掃作業にあたる三浦さん 本社工場で働く大谷尊亨さん 大谷さんは、ブラインドの清掃を行っていた 株式会社キューサイファーム島根本社工場