第2回 メダリストを訪ねて 〜第10回国際アビリンピック〜 挑戦の10年「努力する大切さ」自分のものに 英文ワープロ種目銀メダリスト・特別賞受賞 佐藤翔悟さん (株式会社日立パワーソリューションズ勤務) さとう・しょうご 1994(平成6)年、茨城県生まれ。発達障害がある。2013年、茨城県立勝田特別支援学校卒業、株式会社日立パワーソリューションズ(茨城県)入社、人事総務本部人財開発部人事勤労グループに所属。2020年、第40回全国アビリンピック(愛知県)の「ワード・プロセッサ」種目で金賞、2023年、第10回国際アビリンピックフランス・メッス大会の「英文ワープロ」種目で銀賞と特別賞を受賞。  2023(令和5)年3月にフランスのメッス市で開催された「第10回国際アビリンピック」では、日本人選手8人がメダルを獲得した(※1)。  「メダリストを訪ねて」の第2回は、英文ワープロ種目で銀メダルとともに特別賞も受賞した佐藤(さとう)翔悟(しょうご)さん(茨城県)と、職場で指導役を務めてきた山川ゆかりさんに、10年にわたるアビリンピックへの挑戦や今回の国際大会をふり返っていただいた。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 幼少期からパソコンに親しむ ――佐藤さんは、幼少期からパソコンに慣れ親しんでいたそうですね。 佐藤 パソコン自体は幼稚園児のころからさわっていました。最初はゲームを楽しむ程度でしたが、小学校の授業でキーボードでのローマ字入力を教わるようになり、自宅でもどんどんパソコン入力に打ち込むようになりました。  通っていた茨城県立勝田(かつた)特別支援学校でもパソコンの授業があり、さらにワープロソフトや表計算ソフトを使いこなすようになりました。高等部3年次の1月に、いまの勤務先である「株式会社日立パワーソリューションズ」で1週間ぐらいの職場実習を受けました。いまも入力作業を担当しています。「今日中」とか「1週間以内」とか、たまに「すぐにお願い」と頼まれるときもあります。私はいつも「一度受けた仕事は最後までやり通す」ことを心に決めています。 特別支援学校から初の実習生 ――同じ職場の山川ゆかりさんは、実習時から佐藤さんの指導役を務めているそうですね。これまでの経緯について教えてください。 山川 当時は学校側から「パソコン入力が得意な生徒がいるので、職場実習として受け入れてみてほしい」と、会社に打診されたのがきっかけでした。特別支援学校からの実習生は初めてだったので、若干の戸惑いはありました。しかし、学校の先生からは「特に準備すべきことはない」といわれ、社員も自然体で接することができました。  当時ちょうど社内資料の電子化作業が始まり、やってもらう仕事も多かったですね。実習時から佐藤さんはパソコン入力に慣れているのがよくわかり、安心して任せることができました。入社後も引き続き、電子化作業のほかに表計算ソフトを使ったデータ入力やアンケート調査のデータ入力・集計などを担当してもらっています。 在学時からアビリンピック挑戦 ――アビリンピックに初めて挑戦したのはいつですか。 佐藤 2012(平成24)年、特別支援学校高等部3年次でした。パソコンのキーボードを打つスピードが速かったようで、それを見た先生がすすめてくれました。学校代表として地方アビリンピックに出場して優勝し、2013年の第34回全国アビリンピック(千葉県)「ワード・プロセッサ」種目に出場することになりました。初めての全国アビリンピックは、残念ながら入賞できませんでした。 山川 私たち職場側は、佐藤さんから入社後に「アビリンピックの全国大会に出ることになりました」と聞いて、そのとき初めてアビリンピックの存在を知りました。入社初年度は地方アビリンピックに間に合わなかったのですが、翌年からは出場できるように職場でもサポートしました。 外部講師による個別研修も ――2回目の全国アビリンピックでは銀賞だったそうですね。 佐藤 2016年(山形県)で初めて銀賞をとりましたが、翌年の第37回全国アビリンピック(栃木県)では競技の課題内容がずいぶん変わったこともあり、銅賞になってしまいました。でも、その次の2018年の第38回全国アビリンピック(沖縄県)で、ふたたび銀賞を獲得することができました。大会前に職場で受けた個別研修が、とても勉強になりました。 山川 じつは以前から佐藤さんは「全国大会で金賞をとるのが目標」と話していたので、私たちも「彼のレベルアップのためにサポートできることはないか」と考えました。それで、第38回全国アビリンピック(沖縄県)に出場する前の3月に、私たち会社側が外部からパソコン専門の先生を招き、佐藤さんに個別の研修を受けてもらったのです。研修は平日の勤務時間3時間をあてて計6日間でした。 佐藤 先生に教えてもらった大事なポイントをノートにまとめて、自分で練習するときに復習し、アビリンピック会場にも持っていきました。いまもノートは持ち続けていて、注意点などを書き足しながら確認しています。  2019年も挑戦したかったのですが、全国大会は同種目で3回連続出場すると、一度お休みしなければなりませんので、その間は練習に励みました。アビリンピックの過去問題を打ち込んで印刷・保存するまでの競技内容をタイムで測り、内容が間違っていないか自分で確認をしていました。仕事の合間に練習させてもらいました。  そうして2020(令和2)年の第40回全国アビリンピック(愛知県)で、念願の金賞を受賞し、第10回国際アビリンピック日本代表に選ばれました。 速く正確に打つ ――佐藤さんのパソコン入力スキルは、職場ではどう評価されていますか。 山川 入力スピードがとても速くて正確で、驚かされます。私たちもまったく及ばないようなスピードですから。本人は画像として文字を瞬時に記憶し、ブラインドタッチで文書を作成するので、日本語も英語も速いスピードで打てるのは、大きな強みだと思います。しかも書式や仕様を変えたり、画像や図形を挿入したりするスキルも高いので、応用がきいた文書も即座につくってくれます。そのため職場では、アビリンピック前の練習中にもかかわらず、「ちょっとお願い」と横から仕事を頼んでしまう社員もいましたね。職場になくてはならない戦力であることは間違いありません。 佐藤 ミスをしないようにするために、長い文章を打ちっぱなしにするのではなく、少し打ったら内容を確認し、次を打つというように心がけています。これは外部の先生に教えてもらったコツです。 国際大会に向けた練習 ――国際アビリンピックが決まってから、あらためて準備したことなどはありましたか。 佐藤 2022年の秋に、2023年3月に開催することが決まったと知らせを受け、大会前には、JEEDから貸与された英語OSのパソコンと英語配列のキーボードを使って職場で練習しました。全国アビリンピックの審査を行っている専門委員の先生が出してくださった練習課題で、勤務時間にも英文タイピングの練習をさせてもらいました。会社のみなさんにも応援してもらい、がんばろうという気持ちになりました。 山川 会社としても初めての国際アビリンピック出場ですから、社内ホームページでの紹介だけでなく、本社入口に横断幕を掲示するなど、社内外に向けてPRをしました。そのPRで知った社員らが本人に激励の声がけをしてくれて、さらに本人のモチベーションがあがったようでしたね。社長や所属部署のメンバーが寄せ書きした国旗も、本人に手渡しました。社長には、フランスへの出発を前に直接会って報告し、激励のメッセージをもらってさらに力が入ったようでした。 ハプニングにも落ち着いて対処 ――実際の国際アビリンピックはいかがでしたか。 佐藤 フランスに渡ってからは想定外のことやハプニングが続きました。競技当日、本番課題を見て初めて、課題となる文書が英語ではなくフランス語だとわかったり、ページ数も事前に公表されていた6ページではなく7ページに増えていたりしました。国内大会では図形のつくり方などについては指示書がありますが、国際大会では、できあがりの文書だけが用意され、作成方法はすべて自分で考える課題でした。  自分が知らない間に、競技時間が延長されていたことにも驚きました。私は予定時間がきたときに手を止めたのですが、ほかの選手たちはみんな続けていました。時間が過ぎたのにおかしいなと思ったのですが、競技エリアの外にいた家族やJEEDの人たちに話しかけることは失格になるので、落ち着いて、質問があるときの札を掲げました。通訳の人が来てくれて、延長になったと教えてもらえました。  競技は少し緊張しましたが、落ち着いて対処することを心がけていたのがよかったと思います。また、日本から山川さんが会場に応援に来てくれたのは心強かったです。 山川 佐藤さんにはお父さまが同行されていたので心配はありませんでしたが、どうしても直接応援したくて、職場の上司に相談し、フランスに行かせていただきました。選手団とは別行動で、ようやく会場で会えたときはうれしくて、競技前に励ましの言葉をかけましたが、競技中はただ見守るだけでした。  一方で、国内大会とは全然違う競技環境やハプニングにも動じず、海外の選手たちとハイレベルな闘いをくり広げていた佐藤さんの様子にはあらためて感心させられました。これは佐藤さんのお父さまが、幼少期から佐藤さんの好奇心や意欲を見逃さず、得意なことを存分に伸ばしてきたことが、能力として大きく開花した結果でもあるのだと思います。 海外の選手と喜び合う ――国際アビリンピックならではの交流もあったようですね。印象に残っていることはありますか。 佐藤 アゼルバイジャンの車いすユーザーの選手は日本語を勉強している方で、声をかけられました。「日本に行きたい」といっていました。ナイジェリアの選手とは一緒に記念写真を撮りました。  私は銀賞でしたが、金賞は2人いて中国と韓国の選手でした。閉会式では3人で喜び合い、記念写真を撮ったのも印象深いです。自分が日本選手団の一員として出場できたことが、とてもうれしかったです。 ――「英文ワープロ」種目は、全種目で最多となる14カ国から18人が参加しました。激しい競争のなかで銀賞に輝いた佐藤さんは、日本選手団でもっとも高い点数を出した選手に与えられる「特別賞」も受賞しましたね(※2)。 佐藤 まさか二度名前が呼ばれるとは思っていなかったので、本当に驚きました。特別賞はすべての参加国から1人ずつ選ばれるので、壇上には27の国と地域の選手が集まり、全員で写真を撮ったのは本当によい記念になりました。国際アビリンピックは、開会式も閉会式もすごく豪華で、圧倒されることばかりでした。 山川 ちなみに佐藤さんは、ほぼ世界中の国旗と国名を覚えているそうですよ。 佐藤 小学生のころ、オリンピックの開会式を見たのをきっかけに覚えました。国旗を見るのが好きで、最近では世界の国旗カードも買いました。国際アビリンピックの開会式では旗手を務めたかったのですが、ジャンケンに負けて残念ながら叶いませんでした。 チャレンジが自信につながった ――国際アビリンピックを経験して感じたことはなんですか。 佐藤 海外の選手たちと競技ができたこと、交流ができたことは大きな経験になりました。これまで10年にわたってアビリンピックに出場し続けてきたことで、「チャレンジすることの楽しさ」や「努力することの大切さ」を自分のものにできたと思います。これからもたくさん練習して、ふたたび国際アビリンピックに出場し、次こそは金賞をとることが大きな目標です。「寄せ書きしてもらった国旗は、金メダルを獲得したら掲げる」と決めているので、あきらめず努力を続けていきたいです。  アビリンピックは自分のスキルを試すことができる貴重な大会です。チャレンジすることで自信にもつながると思います。私は、2023年11月に開催された第43回全国アビリンピック(愛知県)でデモンストレーションを披露しましたが(※3)、今後もアドバイスできることがあれば伝えていきたいと思っています。ぜひもっと多くのみなさんにチャレンジしてほしいですね。 ※1 本誌2023年6月号で「第10回国際アビリンピック」を特集しています。https://www.jeed.go.jp/disability/data/works/202306.html ※2 今大会ではすべての競技が100点満点で採点されており、各国選手団においてもっとも点数が高かった選手に「特別賞」が授与された ※3 今号の「第43回全国アビリンピック特集」(5ページ)でも紹介しています。ご一読ください 職場の方より 株式会社日立パワーソリューションズ 人事総務本部人財開発部 人事勤労グループ主任 山川ゆかりさん  佐藤さんは職場では「翔悟くん」と呼ばれ、ムードメーカー的存在です。佐藤さんの国際アビリンピック出場が決まってからは、社員みんなが「おめでとう!」と声をかけていました。先日開催された、当社発足10周年記念イベントでは、最後に佐藤さんの国際アビリンピック銀メダル獲得についても紹介され、みんなで拍手をして喜び合いました。 写真のキャプション 実習時から佐藤さんの指導役を務める山川ゆかりさん(右) 上司や同僚が寄せ書きをした国旗を背に競技に臨んだ 第10回国際アビリンピックで課題に取り組む佐藤さん 第10回国際アビリンピックで佐藤さんが獲得した銀賞(左)と特別賞(右)のメダル 閉会式で金メダルの韓国選手との記念写真 日本選手団でもっとも高い点数を出した選手として特別賞を受賞 次回の「メダリストを訪ねて」は、2024年6月号に掲載予定です。お楽しみに!!