私のひとこと 障害のある学生の社会進出を見すえた支援 〜高等教育機関における支援の実践から〜 京都大学学生総合支援機構障害学生支援部門准教授、チーフコーディネーター 村田淳 障害のある学生の増加と各大学等の対応  現在、大学等の高等教育機関(以下、「大学等」)において、障害のある学生が増加しており、各大学等において支援体制の構築や具体的な支援の取組みが実施され始めています。独立行政法人日本学生支援機構の「障害のある学生の修学支援に関する実態調査」(※1)によれば、2006(平成18)年5月1日時点で4937人であった障害のある学生の在籍者数は、2022(令和4)年5月1日時点では4万9672人となっており、15年程度で約10倍となっています。2022年度の在籍者数における障害種別ごとの人数および割合は、視覚障害が823人(1.7%)、聴覚・言語障害が2005人(4.0%)、肢体不自由が1983人(4.0%)、病弱・虚弱が1万3529人(27.2%)、重複が478人(1.0%)、発達障害が1万288人(20.7%)、精神障害が1万5787人(31.8%)、その他の障害が4779人(9.6%)となっており、一般的にイメージされやすい視覚障害、聴覚障害、肢体不自由などに比べて、病弱・虚弱、発達障害、精神障害のある学生の人数が多くの割合を占めています。  各大学等では専門部署・機関を設置するところも増えており、ほかの部署と兼務であっても担当者を配置したりすることが多くなっています。各大学等の規模や性質、それにともなうニーズの違いはありますが、このような状況は大学等における支援のあり方が変化してきていることを表しているといえます。また、キャリア支援の文脈においても障害のある学生へのアプローチは始まっていますが、修学上の支援に比べると十分な対応となっていないという実態もあります。これは問題意識が低いということではなく、学生のニーズや取組みの必要性は十分理解しているものの、修学支援を優先しなければいけない実態のなかで、キャリア支援に関する対応が後手にまわっているという影響もあるでしょう。いずれにしても、障害のある学生の増加にともない、大学等の支援状況が大きく変化していることは重要な実態です。 障害のある学生への社会移行支援−京都大学における実践  このように過渡期ともいえる分野であるため、各大学等におけるキャリア教育やキャリア支援について、取組み状況に大きな差があるのも事実です。そのため、一般論として語ることがむずかしいため、ここでは京都大学における社会移行支援(※2)の実践について述べることにします。  京都大学では、2008年から障害のある学生の相談・支援を行う専門窓口(現DRC:障害学生支援部門)を設置しています。当初は、授業や試験などの修学支援のみを行っていましたが、支援部署を利用している学生が進級するにつれて、必然的に学生のキャリアに関する課題へアプローチする必要性が生じてきました。当初、個別的な伴走支援を中心に行っていましたが、利用者の増加にともない、さまざまなプログラムなども実施する形へと展開しています。  障害のある学生も、就職活動はほかの学生と同じように行うことになりますが、障害の状況によっては、なんらかの専門的な相談・支援が必要になる場合があります。一般的な就職活動の情報収集や相談は、学内に設置されているキャリアサポートセンターの就職相談室を活用することができますが、それに加えてDRCでは個別相談や情報提供、また、障害のある学生を対象としたセミナーや個別相談セッションなどを実施しています。 〈取組み事例@:就労支援セミナー〉  京都大学に在籍する発達障害・精神障害のある学生、またはその傾向のある学生を対象として、年に2回程度「就労支援セミナー」を実施しています。学年を問わず、学生はもちろん、保護者や関係教職員の参加も可能としています。学外から支援機関の方を招いての講義に加え、直接相談ができる自由参加のセッションも設けており、「働くこと」や「社会への移行」を考えるきっかけになればと考えています(なお、視覚障害・聴覚障害・肢体不自由などのある学生の場合は、同様の情報を個別相談などにより提供しています)。 〈取組み事例A:DEARセッション〉  京都大学に在籍する障害のある学生を対象に、月に1回程度「DEAR(※3)セッション」を実施しています。この取組みにご賛同いただいた企業の人事担当者や地域の支援機関の支援者などに相談担当者として大学へお越しいただき、平日午後の時間帯で1回につき45分×4セッション、最大4人の学生を対象とした個別相談の枠を設けています(採用選考の機会を提供するものではありません)。障害の状況や学年、目ざしている業種や進路を問わず、学生が大学にいながらにして「社会」の一端にふれることのできる貴重な機会になると考えています。また同時に、ご参加いただいた相談担当者からも、「障害のある学生と直に接する機会」として前向きなメッセージをいただいています。 多様な学生の社会進出のために  ここでは障害のある学生のキャリア支援について、一大学の取組みを紹介しましたが、このような課題の解決にあたっては企業や行政、支援機関などとの連携・協働が欠かせません。セミナーや個別相談、また、インターンシップなどの機会を連携して創出し、その機会を大学等や学生が活用していくことにより、障害のある学生の社会進出を促進していくことが求められます。  コロナ禍を経て、また、日本社会・国際社会の動向からも、多様な人々が多様な働き方により社会進出できることを目ざす必要があるのではないでしょうか。大学等における障害のある学生への支援はまだまだ過渡期といえる状況かもしれませんが、その取組みを知っていただくことで、新たな雇用・就労のあり方を模索するヒントがあるように考えています。 ※1 独立行政法人日本学生支援機構「障害のある学生の修学支援に関する実態調査」 https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_syugaku/index.html ※2 京都大学における障害のある学生対象の社会移行プログラム(ウェブサイト) https://www.assdr.kyoto-u.ac.jp/drc/resource-and-program/socialtransition/ ※3 DEAR:Direct consultation with Employers And Resourcesの略称。プログラムの特徴や実施フローをまとめたガイドブックをウェブサイトで公開中。複数の企業が集まる集合型のイベント(DEARサミット)も実施している 村田淳 (むらたじゅん)  京都大学学生総合支援機構准教授。同大学のDRC(障害学生支援部門)チーフコーディネーター、HEAP(高等教育アクセシビリティプラットフォーム)ディレクター。  2007(平成19)年より、京都大学における障害学生支援に従事。組織的な支援体制の構築や合理的配慮の提供に関するシステムを構築するなど、組織・部署のマネジメントをになう一方、障害のある学生に関する個別相談・支援コーディネート・各種コンサルテーションを行う実践家。  文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会」委員、一般社団法人全国高等教育障害学生支援協議会(AHEAD JAPAN)業務執行理事など。  著書に、『高校・大学における発達障害者のキャリア教育と就活サポート(小谷裕実・村田淳編著)』(2018年、黎明書房)など。