職場ルポ 職業訓練を積んだ人材採用、定着と戦力化へ ―株式会社白青舎(東京都)、国立職業リハビリテーションセンター(埼玉県)―  安定的な雇用に悩んでいた企業では、国立職業リハビリテーションセンターや特別支援学校との連携により、障害のある従業員の就労定着と戦力化につなげている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 株式会社白青舎(はくせいしゃ) 〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-5-4 オーキッドプレイス人形町三丁目5階 TEL 03-5652-4300 FAX 03-3662-8258 国立職業リハビリテーションセンター 〒359-0042 埼玉県所沢市並木4-2 TEL 04-2995-1711(代表) FAX 04-2995-1052 Keyword:視覚障害、知的障害、国立職業リハビリテーションセンター、職場実習、就労支援機器、ジョブコーチ、特別支援学校、インターンシップ POINT 1 受動的な採用活動から転換するため、国立職業リハビリテーションセンターに相談し、連携する 2 「企業連携職業訓練」、「就労支援機器の貸出事業」などを活用した職場実習 3 自治体のあっせんで、特別支援学校のインターンシップも受け入れ、採用につなげる 不安定だった就労定着  1954(昭和29)年設立の「株式会社白青舎(はくせいしゃ)」(以下、「白青舎」)は、総合ビルメンテナンス事業として建物の清掃・衛生管理や設備管理、警備・保安サービスなどを手がけている。従業員1347人のうち障害のある従業員は29人(身体障害24人、知的障害2人、精神障害3人)で、障害者雇用率は2.91%(2023〈令和5〉年11月30日現在)だという。  「3年ぐらい前までは障害者の法定雇用率を上回ったり下回ったりしていました」と明かしてくれたのは、管理本部人事部の部長を務める高橋(たかはし)隆行(たかゆき)さん。  「それまでは清掃業務などの一般求人にたまたま障害のある人が応募してきたような受動的なケースが多くて、就労定着はむずかしく、つねに不安定でした」  そのような状況を変えるべく採用活動先として目を向けたのが、障害者職業能力開発校の一つである、当機構(JEED)が運営する「国立職業リハビリテーションセンター」(以下、「職リハセンター」)(埼玉県)や特別支援学校だったそうだ。高橋さんは「訓練生や生徒たちは、具体的な業務の訓練や就労準備をしているので、働き始めてから職場になじみやすいようです。スムーズに戦力化を図りつつ、定着にもつなげられていると実感します」と手ごたえを語る。  今回は職リハセンターの紹介も交えながら、白青舎における採用から定着までの経緯をたどってみたい。 職リハセンターの訓練を見学して  2020年に白青舎に転職してきた高橋さんは、以前勤めていた職場でも障害者雇用担当者として職リハセンターに問い合わせた経験があった。  「あまり知識もなかった当時、インターネット検索で職リハセンターの存在を知り、さっそく見学させてもらいました。訓練生たちが就労支援機器を駆使しながら私たちと同じようにパソコン操作などをしている様子を見て、『これなら大丈夫だ』と感じました」  そのときは縁がなく採用できなかったが、白青舎でも採用活動にかかわることになり、2021年10月、ふたたび職リハセンターに相談の電話をかけたという。対応にあたった、職業指導部職業指導課上席障害者職業カウンセラーの松坂(まつざか)香奈枝(かなえ)さんがふり返る。  「高橋さんからは、『まず職場に慣れること、社員としてのリズムをつくること、そのあとに仕事の幅を広げていくことを想定している』という方針を聞きました。こうした採用後のイメージができていると、マッチングから定着まで円滑に進むケースが多いですね」  そして同年12月に白青舎は、職リハセンターの希望者を対象に職場見学会も行い、「通勤や職場内の移動に問題はないか」といった点を確認してもらったそうだ。  また採用活動と同時並行で、高橋さんは社内に事務サポートチームを立ち上げ、業務の切り出し作業に取りかかった。まずは本社にある人事部への配属を前提に、データ入力や資料管理といった事務業務をいくつか用意し、本人の得意不得意に合わせて絞り込んでいくことにした。高橋さんは、「本社には現場の管理職も出入りするので、障害のある従業員が働いている姿も見てもらい、戦力になることを知ってもらう機会にしたいとの狙いもありました」と説明する。 企業連携職業訓練  白青舎は2022年3月中旬、職リハセンターのサポートを受けながら、視覚障害のある訓練生2人を対象に「企業連携職業訓練」(※)と呼ばれる職場実習を1週間行った。内容は、パソコンを使った社内向けポスター作成やデータ入力、集計作業などだ。実習に合わせ、JEEDが運営する「中央障害者雇用情報センター」(東京都)による就労支援機器の貸出事業を活用し、「拡大読書器」と「音声読み上げソフト」を無償で6カ月間借りたそうだ。高橋さんによると「実習を始める際には、職リハセンターの職業訓練指導員も来て、実習生の視覚障害の特性に応じて、パソコンを含めた作業環境の設定などをしてくれました。どのようにデスク周りを整えればよいかがわかり、たいへん助かりました」という。  「実習では、2人のパソコン操作のスピードが思っていたよりずっと速く、ポスターも難なく自力で作成したのは驚きでした。職リハセンターでは関数についても学んでいたようで、さっそく希望していた表をつくってもらえました」  職リハセンターの松坂さんは、企業連携職業訓練について「それまで本人を担当してきた職業訓練指導員が、実習中も現場で必要な指導やアドバイスを行っています。企業側にとっては、具体的な指導方法を垣間見ることができるよい機会にもなっているようです」と説明する。 ジョブコーチ支援  職場実習の1カ月後に実施したオンライン面接を経て、そのまま2人の採用が決まった。入社に合わせて白青舎では、JEEDの「障害者作業施設設置等助成金」の認定を受け、拡大読書器と音声読み上げソフトの購入費用の3分の2が助成された。  さらに職リハセンターのアドバイスを受け、JEEDの「東京障害者職業センター」(東京都)による職場適応援助者(ジョブコーチ)支援も利用。「視覚障害者支援施設に所属する訪問型ジョブコーチに何回か職場に来てもらい、本人の障害の特性や希望に沿って、関数の使い方や効率的な操作方法などを指南してもらいました」と高橋さん。また、東京障害者職業センターの配置型ジョブコーチからは、本人との面談を機に仕事全般についての提案もあった。その一つが、コートなどをかけるハンガーの改善だ。「同じ形が並び、自分のハンガーがわかりにくい」との相談を受けた高橋さんは、雑貨店で見つけた小さなマスコット人形を本人のハンガーにつけるなどして解決した。「私たちが気づきにくいことだったので、教えてもらってよかったです」。  一方で高橋さんは、2人に対し「50分作業をしたら10分休憩すること」を指示したという。「ずっと画面を凝視して、私たちより集中し続けているはずですから、疲労も大きいだろうと想像できます。長く働き続けるためにも大事なことだと思います」  あらためて松坂さんに、職リハセンターを通じた採用を検討する企業へのアドバイスをもらった。  「人事・採用部署だけでなく企業全体として、障害のある方の雇用に関する方針や共通理解があると、より進めやすいと思います。応募者も相談できること・できないことが明確になり、働くイメージもわきやすくなります」  初めて障害者雇用を考えるのであれば、ハローワーク主催のセミナー参加や支援機関の見学、活用可能なサービスの確認などをしておくことをすすめているが、「情報収集を目的に職リハセンターを訪問してもらってもよいと思います。見学・相談は随時受けつけていますので、お気軽にご連絡ください」とのことだ。 新潟から上京  職リハセンターの訓練を経て就職した前述の2人のうちの1人を紹介したい。人事部のAさん(20歳)は、生まれつき視覚障害がある。  新潟県内で生まれ育ったAさんは、中学校まで地元の公立学校内の特別支援学級で学び、高校から県内の盲学校に通った。小学生のころからパソコンのタイピングを学び始めていたというAさんは、「盲学校では、私の希望でパソコンをマンツーマン指導してもらっていたので、そのスキルを使って事務職を目ざしたいと思っていたところ、先生から職リハセンターをすすめられました」という。  埼玉県所沢市にある職リハセンターでは、隣接する国立障害者リハビリテーションセンターの寮に入ることができ、2021年から1年間通った。  「訓練内容がとても実践的でした。就職活動について何もわからない私に、指導員の先生がビジネスマナーから面接対策まで手厚くサポートしてくれました。自分のペースでスキルを磨きながら簿記にも挑戦し、3級を取得しました」  Aさんは、入所半年後ぐらいから就職活動の準備を始め、長所や短所などを自己分析し、就職面接会などに参加するなかで白青舎にめぐりあったそうだ。職場の明るい雰囲気に触れつつ、実習時から案内役をしてくれた、人事部人事担当の前川(まえかわ)恵(あや)さんの存在が、何より大きかったという。  前川さんは「目の不自由なAさんが職場内で困るかもしれないことについて、私が思いつくかぎりの内容を事前に説明したうえで、それでも困ったときにだれに聞けばよいか迷わないよう、私が窓口担当になりました」とのことだが、親身に寄り添ってくれた社員の存在が、Aさんに「一緒に働きたい」と思わせたようだ。  いまでは人事データの集計や求人サイトの求人票メンテナンス、新しい社内人事システム導入の準備作業などを任されているAさんは「この半年間で業務内容が増えたのもうれしいです」と話す。高橋さんも「じつは先日、Aさんが1週間ほど休んだときは私と前川さんがてんやわんやになりました。それくらい重要な戦力になっています」と明かしてくれた。  Aさんは現在10時〜17時の6時間勤務から、8時間のフルタイム勤務を目ざしている。実習時からずっと隣のデスクでAさんを見守ってきた前川さんも「独学でソフトを使いこなし、私たちの手が回りにくい業務もこなしてくれる頼もしい存在です。無理せず成長していってほしいですね」と激励する。 特別支援学校からも  白青舎では2022年から特別支援学校のインターンシップ(就業体験)にも協力し、採用につなげている。「もともとは、清掃業務のある職場ということで、東京都特別支援教育推進室の担当者から電話で紹介されたのがきっかけです」と高橋さん。春と秋に各学校から計5人ずつ、1人あたり1週間の受入れだ。  「当初の内容は会議室と食堂の清掃、事務でしたが、清掃業務をあまりに早く終わらせてしまうので、いまは事務を中心に行っています。生徒たちの職務能力の高さには驚かされました」と高橋さん。  このインターンシップを機に、翌年の2023年4月には1人が入社、2024年春も1人の採用が決まっている。2023年に入社したのは、東京都立志村(しむら) 学園卒で人事部に所属するBさん。いまはパソコンで健康診断結果などを社員名簿にひもづける作業や、給与明細の封入、シール貼りなどを担当している。高橋さんは「非常に作業が速くて正確です。何もいわなくても時間ピッタリでスケジュールをこなしてくれます」と評価する。  Bさんは「パソコンの表計算ソフトなどは学校でも学んでいました。日ごろ心がけているのは、記入ミスがないよう、こまめに確認をすることです。目標は、ミスなく、難なく仕事をこなしていくことです」と話してくれた。  現場で指導する前川さんによると、「受け入れた管理本部の社員たちも、彼らの様子を見ながら一緒に働くイメージがつかめるようになっていったので、Bさんが入社したあとも特に問題はありませんでした」とのこと。一方で業務を教えるときに心がけているのは、「まず一緒にやってみること」だそうだ。「口で説明するよりも、実際にやってみせて、すぐに本人にもやってもらうのが一番理解しやすいと思いました」。  Bさんの封入作業やシール貼りの速さは社内でも知れわたり、最近は別部署から応援を依頼されることもあるという。  高橋さんは、「今後も特別支援学校や職リハセンターなどと連携しながら採用を続けていきたい」と話す。  「全国各地の清掃現場に一般求人により採用した障害のある従業員がいますが、相変わらず雇用状態が不安定なので、採用と支援体制の強化をしていけたらと考えています」 ※企業連携職業訓練:障害者の雇入れを検討している企業との密接な連携により、特注型の訓練メニューによる職リハセンター内での訓練と実際の企業現場での訓練(企業内訓練)を組み合わせた職業訓練および採用・職場定着のための支援。 https://www.nvrcd.jeed.go.jp/fi les/support_01.pdf 写真のキャプション 株式会社白青舎管理本部人事部長の高橋隆行さん 国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンター上席障害者職業カウンセラーの松坂香奈枝さん(写真提供:国立職業リハビリテーションセンター) マスコット人形が取りつけられたハンガー 「拡大読書器」の例。装置上に置かれた印刷物がモニターに拡大表示されている 人事部で働くAさん Aさんは人事データの集計などを担当している 人事部で人事を担当する前川恵さん 人事部で働くBさん Bさんはパソコンでの作業をはじめ、シール貼りなどの事務作業を担当している 職リハセンターの訓練現場から 職場に近い環境で訓練  職リハセンターでの訓練の様子も見学させてもらった。案内してくれたのは職業指導部職業指導課の課長を務める早坂(はやさか)博志(ひろし)さん。職リハセンターの特徴として「できるだけ職場や現場に近づけた環境をつくり、一人ひとりの状況に応じて作成された訓練カリキュラムをこなしています」と説明する。  Aさんたちが訓練生時代に所属していた「OAシステム科視覚障害者情報アクセスコース」は、おもに事務系の仕事での就職を目ざす訓練コース(1年〜1年3カ月)だ。  訓練内容は、視覚障害のある人が作業をしやすくなるような就労支援機器やソフトなど、訓練生一人ひとりに合わせた環境設定を行い、オフィスソフトを中心とした事務スキルを身につけるというもの。それぞれパソコンの前で自分の課題に取り組みながら、指導員への連絡や報告もメールで行うなど、職場での業務形態に近いスタイルだ。  職業訓練部訓練第三課で上席職業訓練指導員を務める岡島(おかじま)圭介(けいすけ)さんは「一般の職場では、就労支援機器について知っている人はほとんどいないので、自分で環境設定し、必要なサポートを求めなければいけません。『働く先をイメージして、自分で説明できるように』と指導しています」と話す。  「訓練では全盲の方でも印刷やファイリングなどの書類を扱う作業をしています。『見えないからできない』、というのではなく、どのような工夫や配慮があれば作業が可能であるか実際に試すことで『こういう職場環境なら働ける』、『この業務ならこなせる』といった職務能力が整理できます」  訓練生の様子を見せてもらった。普段は各自イヤホンなどで読み上げ音声を聴きながら作業しているが、流れている音声スピードが非常に速いことに驚かされる。文書作成で、視覚障害のある人にとっての壁となるのが漢字変換だ。読み上げソフトでは漢字の字解き≠烽オてくれる。「正確な入力ができるよう、漢字の読み上げ方を確認しながら誤字脱字のチェック方法も練習しています」という。  入所後9カ月になる全盲の20代の訓練生は「学びたいことをいろいろ学ばせてもらっています。無理だろうと思っていたスライドも、自力で作成できるようになったのはうれしい驚きですね」と、職員向けに発表したプレゼン資料を見せてくれた。 「在職者訓練」も  ほかのコースも見学した。最も定員の多い「OA事務科OAビジネスコース」は、訓練の進み具合に合わせて10人前後ごとに分かれ、フロア内は各グループで島のようにデスクが配置されている。「なるべくオフィスに近い雰囲気で作業してもらっています」と早坂さん。広い施設内には、DTP・Web、機械CADや建築CAD、オフィスアシスタント、販売・物流、ベッドメイキング、飲食サービスのための訓練設備も充実している。  近年は「適応支援」に関する講座にも力を入れているそうだ。職場で日ごろの心身の自己管理を求められることも多いことから、自己理解やセルフケア、コミュニケーション、問題解決、ジョブリハーサルといったテーマごとにプログラムがあり、各自の職場適応上の課題に沿って支援計画書に盛り込まれている。  また、訓練期間中に1人ずつ自己紹介書を作成し、自分の障害特性やこれまでに身につけたこと、セールスポイント、配慮してほしいことなどをまとめ、就職活動時に企業へ提出する。2022年度は修了生156人のうち124人が就職した。  すでに障害者を雇用している企業側に紹介したいのは「在職者訓練」というプログラムだ。在職中の障害のある社員のスキルアップのための能力開発セミナー(数日)から、休職中の障害のある社員の職場復帰を目ざすための数カ月から半年ほどかけた訓練まである。  例えば、コロナ禍で業務縮小により休職となった視覚障害のある社員を事務系の仕事に転換させたいという企業からの相談を受け、必要な就労支援機器を使えるように訓練を行い、復帰が実現できたケースなどがある。早坂さんが話す。  「こうした訓練メニューを知らない企業や当事者も多く、『中途障害によっていままで通り働けないので退職した』という残念なケースも聞きます。休職してもリスキリングして復職できる道があることを、みなさんに知っておいてもらいたいですね」  就職やスキルアップを考えている障害のある人、また障害のある人の雇用について検討している企業は、ぜひ、職リハセンターの見学から始めてみてほしい。 写真のキャプション 国立職業リハビリテーションセンター上席職業訓練指導員の岡島圭介さん 音声読み上げソフトを使いパソコンを操作する「OAシステム科視覚障害者情報アクセスコース」の訓練生 企業のメール室を模した「オフィスアシスタントコース」の実習室。郵便物の仕分けなどの訓練を行う 小売店を模した「販売・物流ワークコース」の実習室。店頭での商品の品出しなどの訓練を行う 就労支援機器とパソコンの配置例。左側に拡大読書器がある