研究開発レポート
諸外国における障害者就労支援の近年の動向
~障害、仕事、支援の捉え方の転換~
障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門
1 はじめに
 わが国の障害者就労支援は最近の数十年で大きく発展し、それまで一般就業が困難であった多くの障害者の就労可能性が拡大しています。その一方で、障害者手帳を所持していないが就労支援を必要とする精神障害・発達障害者、難病患者等への対応、障害者雇用の量的増加だけでなく障害者の労働の権利や持続的な企業経営等を含む障害者雇用の質の向上、さらに、医療・福祉・教育等の関係分野との密接な連携を含む高度な支援のための地域支援体制の構築や専門人材の育成等の今後の課題も山積しています。
 このようなわが国が抱える課題について諸外国の対応を調査したところ、以下に示すように、諸外国でも共通点が多いことが明らかになり、各国での知見やノウハウの蓄積や国際的な情報共有の進展による一定の動向を確認できました。障害者就労支援は、障害や疾病等にかかわらず誰もが仕事で活躍しやすい職場づくりや社会づくりの取組みとして大きく転換する動向にあり、新たな取組みが発展しています。
2 幅広い「障害者」の労働の権利の保障
 諸外国の法定障害者雇用率は、ドイツで5%、フランスで6%、アメリカで連邦政府と契約する企業に求められる雇用目標が7%と高い水準に設定されています。これは「障害者」を福祉制度の対象範囲よりも幅広く捉え、就労支援の対象としていることも一因です。障害を人間の多様性の一つとして捉え、障害や疾病、失調等の存在やその程度にかかわらず、すべての人の人権や社会参加の保障を重視する考え方は、障害者権利条約にも沿ったものです(図1)。
 これを単なる理念に止めない現実的な取組みとしては、まず、知的障害、精神障害、重複障害等の従来は最も一般就業が困難と考えられてきた障害者に対する効果的な就労支援のあり方(個別的に活躍できる仕事へのマッチングや職場の合理的配慮の確保、就職後の医療や生活面も含めた継続的な地域支援等)の明確化と普及があります。また、より軽度の障害で福祉制度の対象でなかったり、障害者差別等をおそれて合理的配慮が必要でも職場に開示していなかったりして、就労困難性を経験している人たちを支援対象とすることが重視されています。そして、アメリカやドイツでは、多様な障害や疾病について詳細な合理的配慮や専門支援の情報提供や支援が行われています。さらに、「障害者」の一般的認識について、「仕事で活躍するために、社会的バリアの除去や理解や個別調整等が必要な人たちであり、理解や個別調整等があれば活躍できる」ことについて積極的な啓発が進められています。
3 誰もが働きやすい企業経営や雇用管理
 企業経営の観点から、誰もが個性を尊重され能力を発揮できる職場づくりが重視される社会的動向をふまえ、障害者雇用を優秀な人材確保の手段として、合理的配慮提供を生産性向上のための業務として位置づける動向があります。例えば、世界的な企業でニューロ・ダイバーシティという取組みが企業の競争力向上のために重視され成果を上げています。これは、高学歴で能力が高いにもかかわらず発達障害の特性のために就職が困難な人たちを採用するために業務上必要な人材の定義を見直し、活躍してもらいやすい柔軟な個別調整を行うものです。
 また、アメリカでは、持続的な企業経営のあり方として、基本的枠組み(表)や「DEI(障害公正指標)」がつくられ、多くの企業が毎年自己評価するとともに、ほかの企業との比較による業務改善のためのベンチマークにもなっています。また、イギリスでは、国が主導して「障害に自信のある」企業という取組みとして、初心者企業、進んだ企業、他の企業を指導できるリーダー企業の三つのレベルに分けて企業の取組みの底上げとさらなる発展を図っています。
 一方、ドイツやフランスでは、福祉的意義を有する「社会的企業」が、より収益性の高い業種に取り組むとともに、障害者雇用の上限を50%や70%等に設定してより健常者と一緒に働く企業とする動向もあります。
 そのほか、アメリカでは、わが国の地域障害者職業センターのモデルである職業リハビリテーション機関が企業との対話を進め、多様な障害者が活躍できる仕事とのマッチングや雇用管理等についての専門支援を全米ネットワークにより提供し、自らを企業経営にも資するビジネスサービスと位置づけるようになっています。
4 障害や疾病と両立できる職業生活の支援
 障害者就労支援は、医療、生活、教育、雇用等の多分野の専門性の総合による高度なものとなっています(イギリスの例:図2)。これに対応するため、保健医療、産業保健、社会保障、就労支援等の関係制度・サービスが個別支援ニーズに柔軟かつ総合的に対応することが重視され、各地域での分野を超えた連携体制の検討や覚書等の作成等が体系的に取り組まれています。また、アメリカでは、精神科医療の専門職が効果的な就労支援に取り組めるような制度・サービスや人材育成の変革や、教育分野から就労への移行支援のための変革が進められています。
 このように、障害者就労支援が社会全体の取組みとなっていくなかで、アメリカでは、あらためて障害者就労支援の中核的な専門性が明確にされ、専門職の人材育成のための専門研修や資格認定の取組みも進められています。
5 おわりに
 諸外国での障害者就労支援の大きな転換の背景には、多様な個性の尊重を求める労働のあり方の変化、慢性疾患の増加や労働人口の高齢化等への全社会的な課題への対応があります。
 当センター「調査研究報告書No.169諸外国の職業リハビリテーション制度・サービスの動向に関する調査研究」(※)では、そのような諸外国の取組みについて、ここで紹介したものの詳細や、それ以外のものも多くまとめています。
(注:国連障害者権利委員会の2022年の「障害者の労働と雇用の権利に関する一般的意見第8号」第2章における、障害者権利条約に適合した障害の捉え方としての障害の人権アプローチを、能力主義的アプローチと対比させる考え方の図示。「調査研究報告書No.169」第Ⅰ部第3章第2節(p.80)参照。能力主義の定義はCrispino等, 2020。図はInteraction Institute for Social Change|Artist: Angus Maguireのオリジナルのオンラインでの改変版の一つ。)
※「調査研究報告書No.169」は、下記ホームページからご覧いただけます。
https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku169.html
◇お問合せ先:研究企画部企画調整室(TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp)
図1 障害者権利条約の人権アプローチに基づく障害の捉え方(注)
表 アメリカにおけるインクルーシブな企業経営のあり方の基本的枠組み
基本的枠組み
ポイント
インクルーシブなビジネス文化
すべての従業員(障害のある従業員を含む)の価値が認められ尊敬される企業環境づくりへの全社的取組み
アウトリーチと採用
地域の障害関係団体や支援者との協力関係の構築
人材獲得と維持
障害にかかわらない幅広い人材プールからの最も適任の人材の採用
合理的配慮
合理的配慮を問題予防や生産性確保のために効果的に実施
企業内外のコミュニケーション
自社の魅力を高める好事例の外部発信。社内広報等での自社内での理解促進
アクセシブルな情報通信技術
社内の情報通信技術、Web等をアクセシブルにすること
説明責任と継続的改善制度
すべての管理者や従業員への障害に関する研修訓練。担当責任者、数値モニタリング、継続的改善等のシステム化
(米国EARN、2016)
図2 イギリスにおける障害者雇用促進への社会的取組
(英国労働年金省&健康省:生活の改善:仕事・健康・障害の未来、2017年11月)