職場ルポ 当事者主体で「悩まない、迷わない」現場に ―株式会社キョウセイ(岡山県)― 授産施設の関係者で設立した部品工場では、障がいのある従業員たちが主体の改善活動で、だれもが働きやすく効率的な職場づくりを図っている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 株式会社キョウセイ 〒712-8031 岡山県倉敷市福田町浦田1919-7 TEL 086-441-6166 FAX 086-441-6177 Keyword:知的障害、改善活動、ピクトグラム、施設外就労、高齢化、支援サービス (写真提供:株式会社キョウセイ) POINT 1 授産施設を母体に工場建設、保護者らで株式会社を設立 2 独自の改善活動やピクトグラムで、負担なく働きやすい現場に 3 社会福祉法人との業務提携で多様な支援体制へ 授産施設からスタート  岡山県の倉敷美観地区と水島コンビナートの中間地点に位置する「株式会社キョウセイ」(以下、「キョウセイ」)は、おもに産業用防振ゴム製品を手がける製造会社だ。ここで働く全従業員116人のうち障がいのある従業員は66人(身体障がい1人、知的障がい59人、精神障がい6人)、なかでも重度の知的障がいのある従業員は24人在籍し、障害者雇用率は77.88%(2024〈令和6〉年3月末現在)だという。  キョウセイの前身は、授産施設「ひまわりの園(現P.P.P.オールスターズ!福田・浦田)」だ。知的障がいのある子どもの親たちが、「親なき後もわが子が、自分の力で生きていけるように」という思いから立ち上げた「社会福祉法人ひまわりの会」(以下、「ひまわりの会」)が中心となって、1983(昭和58)年に開設した。  その後、ひまわりの会の活動に賛同した倉敷化工株式会社(以下、「倉敷化工」)からゴム成形業務を受託。工場も建設し、翌1984年にキョウセイを設立した。名前の由来は「共に生きる」だ。  キョウセイは2014(平成26)年に倉敷化工の子会社となり、翌2015年には特例子会社に認定。一方のひまわりの会は2017年に「社会福祉法人P.P.P.」(以下、「P.P.P.」)と名称を変更した。「P.P.P.」は、「Powered by Party Participation(かかわるすべての人の当事者参加を原動力に)」とのフレーズから頭文字を取ったという。いまも30人近い従業員が、P.P.P.の運営するグループホームなどから通っている。  倉敷化工から出向し、キョウセイの取締役を務めている古吉(ふるよし)敏之(としゆき)さんは「キョウセイでは、障がいの内容や程度にかかわらず、だれもが悩まない、迷わない作業現場を目ざしてきました」と話す。これまでの独自の取組みとともに、働く従業員のみなさんを紹介していきたい。 「みどりの活動」  キョウセイがおもに手がけるのは産業用防振ゴムと呼ばれる製品だ。金属部品の振動を抑制するためゴムを接着させたもので、自動車や産業用機械などに広く使われている。「キョウセイは、部品の用途や大きさなどによって細かくつくり分ける多品種少量生産が得意です」と古吉さん。仕様が多岐にわたるだけに、手作業が必要なところも少なくない。  約3200uの広い工場内は、ゴムの素地を練る工程、製品に合わせて切り分ける工程、ゴムをつけるための金具に接着剤を塗る工程、実際にゴムと合わせて成形する工程、仕上げ・出荷工程などに分かれている。  その一角に置かれたボードには、「みどりの活動」と書かれた下に「見つけた改善場所30箇所」、「改善待ち27箇所」と記入されたプレートと30件ほどの一覧表が掲示されている。その隣の「工場内改善マップ」には3カ所に顔のマークがついていた。  「みどりの活動」は、2018年にスタートしたキョウセイ独自の改善活動だ。「みどり」は「みんなで、どんどん、りそうをめざす」の頭文字からつけられたという。活動内容について古吉さんが説明する。  「工場で働く障がいのある従業員たちに、現場で感じる問題点を見つけてもらいます。それを一つひとつ私たち職員もまじえて改善・解決策を考え実行していきます」  ちなみにキョウセイでは便宜上、障がいのある社員のことを「従業員」、指導やケアにあたる社員を「職員」と呼んでいる。  現在リストアップされているのは30件。そして3件が改善されている。改善内容についても、現場の従業員が「すごい悪い・悪い・良い・すごい良い」に分けて評価し、マークをつけておくそうだ。  「みどりの活動」が始まったきっかけについては、提案者である管理部品質保証課の係長を務める高田(たかだ)哲志(てつし)さんが説明してくれた。  もともとキョウセイは、倉敷化工の親会社にあたる大手自動車メーカー「マツダ株式会社」をはじめ、グループ会社で行っている「J−ABC(Jiba Achieve Best Cost[地場アチーブ・ベスト・コスト])活動」に2011年から参加してきたそうだ。  「職員による活動でしたが、キョウセイが特例子会社になったのを機に、障がいのある従業員も発表できる機会をつくったところ、その1人が、とてもいきいきと発言する様子を見ました。それで『従業員が主体の改善活動もやったらどうか』と社内提案しました」と高田さんはいう。  古吉さんたちも「従業員が主体の職場なのだから、従業員の目線で、従業員が中心となって活動していこう」と賛同し、実行に移すこととなった。 ピクトグラムで課題認識  改善活動のスタートにあたり、まず従業員全員を対象に「みんなの夢『10年後のキョウセイ』」と題したアンケートを行った。「不良をなくしていい製品をつくる工場にしたい」、「5S(※1)をしっかりして、きれいな工場を目ざしたい」などとする「笑顔あふれる従業員が主役の工場」を目ざしていくことに決まった。  当初は選抜した5人程度で始めたが、ほかの従業員からも「参加したい」との声があがり、15人の計3チームに。職員4人のサポートを受けながら週3日、各日午後の30分程度集まることになった。  具体的な活動は、異なる工程の担当者たちでチームを構成し、現場をまわりながら、さまざまな目線で問題点を洗い出し、解決法を考えていくというもの。その前に、力を入れたのが勉強会だ。高田さんが説明する。  「最初は、改善活動の基本でもある『なぜなぜ分析』(※2)をやろうとしましたが、従業員のなかには、分析のしかたがわからない人もいました。そもそも『重い』や『つまずく』ということが作業リスクになると認識できない人が多いとわかりました」  そこで高田さんは「ひっかかる」、「重い」といった作業リスクを簡略化した独自のピクトグラムを60種ほど作成、工場内の必要な場所に掲示することにした。  勉強会でもピクトグラムを使って「だから、こういう問題が出る」といった流れで説明すると一気に理解が進んだ。例えば、ある部品が低い場所に置かれている。それを手に取るのに毎回しゃがまなければならない。そこで「低い」というピクトグラムを選ぶと「低い。だから、しゃがむ。だったら高くすればいい」という改善方針が出るという具合だ。  具体的な改善作業は職員らが担当していたが、従業員から「自分たちもやりたい」との要望を受け、治具(じぐ)の試作品などを一緒につくるようになった。むずかしい治具などは、倉敷化工から毎日来てくれる技術部門の社員も加わって、最終的に一番よいものを完成させていくそうだ。  改善活動を通して、従業員の予想以上の活躍ぶりにも驚いたと古吉さん。  「人前での発言は大丈夫かなと心配していたら、しっかり自分の意見を主張してくれました。文章を書くのが苦手だという人も、未経験だったからに過ぎないと気づきました。うながせば自分たちでどんどんやっていけるようになり、いまでは改善活動にかかわらず、現場ごとに自然と改善を意識しています」 少しでも負担なく作業を  実際の改善例と、働く従業員のみなさんの様子も見せてもらった。  まずは成形の前準備の工程。製品に合わせて切り分けられたゴムが大きな機械から出てくるのを受けとめる箱がある。満杯になると17kgほどになる。これを四つ積みあげて保管場所に移動させるのだが、女性従業員には箱が重く、毎回職員を呼んで一緒に積みあげていたそうだ。  最初はクレーンで吊りおろす方法を考えたが不安定だった。そこで、ひな壇式に箱を並べ、エアー式のジャッキで浮かせてスライド移動させる改善案が生まれた。これによってだれでも1人で負担なく作業できるようになった。愛称は「のせらーく」だ。  次に向かったのは、ゴムの性能などを検査する場所。ここでの課題は、検査に使われたゴムを機械の部品から取り外すときにニッパーを使わなければいけなかったことだ。従業員にはニッパーを使えない人もいたので、この作業を担当できなかった。  そこで倉敷化工の技術部門の社員が、従業員らと一緒に試作品を何度もつくり、「てこの原理」を活用した簡単なゴムはがし治具を完成させた。「楽にポンっと取れるので『らくぽん』と名づけました」と古吉さんはいう。  この治具の開発にかかわった一人が、製造部製造課精錬係の小橋(こばし)礼子(れいこ)さん(43歳)。みどりの活動発足のきっかけとなった、J−ABC活動で堂々と発表した本人でもある。ひまわりの園の元利用者で、入社18年目だ。入社前は、クリーニング工場でも1カ月ほど実習を受けたそうだが「人間関係がうまくいきませんでした。ここでは職員さんがやさしくて、たくさんのことを教えてくれ、覚えられました」とふり返る。  入社当初はゴムの秤量(ひょうりょう)計算をしていたが、いまでは検査室で行う業務をほとんど担当できるほか、ほかの従業員のために作業指示書をパソコンからプリントアウトして配るなど重要な役割も任されている。  5年ほど前からグループホームを出て一人暮らしをしながら自転車通勤をしている小橋さんは、「自立した生活のために、これからも体調管理に気をつけて働いていきたいです」と話してくれた。いまは、企業在籍型の職場適応援助者(ジョブコーチ)の支援を受けながらパソコンのスキルアップにも励んでいる。 ゴム成形の熟練工も  工場の中央部で行われているゴム成形。ここではトランスファーとインジェクションという方法が取られている。トランスファーは、製品に合わせた量のゴムを、金型に手作業で流し込んで成形する。入社35年になる竹永(たけなが)直也(なおや)さん(52歳)は、製造部製造課成形係でトランスファー用のプレス機4台を扱う。「この部品は16号機、チャタリング(機械スイッチの不具合の一種)は注意せんといかん。覚えることはたくさんあるけど、もう熟練や」と笑顔で話してくれた。  いろいろな機械の名前や番号をよどみなく教えてくれた竹永さんについて、古吉さんは「親会社から、わざわざトランスファー成形を指定してくるときもあります。やり方をきちんと理解して対応してくれる竹永さんのような熟練工が減ってきているので、後継者育成が課題です」と明かす。  一方のインジェクションは、ゴムの流し込みなどが自動化され、大きな機械がいくつも並ぶなかを多くの人が行き来していた。ここでの改善は、製品の成形状況がわかる緑・赤・白の看板。従来のシグナルタワーより見やすいようで、倉敷化工の中国の子会社でも使われるようになったという。 迷わない押印で作業時間も短く  最終段階ともいえる仕上げ工程では、できあがった部品を一つひとつ手に取って不具合がないか確認作業を目視で行っていた。担当者の目の前にあるモニター画面には対象部品のチェックポイントが画像でわかりやすく説明されていて、照らし合わせながら入念に確認している。これも改善の成果だ。  「以前は、品番に合わせて紙のファイルにまとめたものを毎回、棚から引っ張り出して確認していたのですが、いまはバーコード認識で瞬時にモニター画面に映し出されるようになりました」と古吉さん。  モニター脇の台には検査票を置いて担当者名の確認印を押すことになっているが、「押印場所がいくつもあって毎回迷う」という声に応え、1カ所だけ穴のあいた透明な板を載せることで「その穴から押せば間違いない」ようにした。「迷う時間がなくなり作業時間も短くなりました」と高田さんはいう。  ここで働く管理部管理課検査・出荷係の寺脇(てらわき)徹(とおる)さん(44歳)は、入社8年目だ。管理部管理課の検査・出荷係で仕上げ工程を担当しているが、「最初はいろいろな面でとまどうことも多かったです。モニター画面になってから、ほとんどの作業が手っ取り早くなりました。判子を押すのも簡単になってよかったです」と笑顔で説明してくれた。 ゴールは「すごい良くなった」  ほかにも、ちょっとした工夫と親しみやすいネーミングの改善事例の一部を紹介したい。 ・「ドリルトレルンデ」(成形工程):ケースの上に乱雑に置かれていたドリルの刃の並びを整頓して探さずにすむようになり、@だれが使用中かもわかるようにし、Aさらに軍手をはめたままでも取りやすいよう斜めに立てて収容した。 ・「コロピタ助」(金具処理):内筒を並べる作業をするたびに台からの落下が平均3回発生。台面の形状の改善で落下がなくなり、作業時間も早まった。 ・「ミエミエミエール君」(金具処理):完成品の入庫場所を製品別に示す文字が、カラー地に黒文字で見えづらく、何度も確認していた。白地に大きく番号のみ記したことで瞬時に判断できるようになった。  いまも改善活動が続いていることについて古吉さんは、「例えば、新しい従業員が加わると新しい問題が出てきます。また、改善しても使いやすいかどうかは別問題なので、最終的には『すごい良くなった』にならなければゴールではありません。従業員たちの評価レベルも高くなっていますね」と語る。  みどりの活動は2017年、倉敷化工グループが開催した改善活動イベント「第5回KKCグループワールドカップ大会」での最優秀賞受賞をはじめ、公益社団法人日本プラントメンテナンス協会(JIPM)の「優秀改善事例全国大会2017」での大会特別賞受賞、2021年には一般財団法人日本科学技術連盟の「第50回全日本選抜QCサークル大会」で審査委員長賞等を受賞するなど、高い評価を受けている。 業務提携で支援サービス  キョウセイでは、2024年4月からP.P.P.と新たな業務提携をスタートさせた。  まずはP.P.P.が運営する就労継続支援A型事業所から20人程度の利用者に来てもらい、施設外就労をしてもらうことになった。古吉さんによると、背景にはお互いの事情があったそうだ。  「P.P.P.では自動車部品関連の業務を受けていましたが、電気自動車化の流れで仕事の確保がむずかしくなっていました。私たちキョウセイのほうは、特例子会社という立場上、従業員たちの生活面での支援に限界がありました。今回の提携により、P.P.P.の支援サービスを従業員が受けられるようにしました」  すでに多くの改善が実施されている工場内では、就労継続支援A型事業所の利用者にも難易度の高い施設外就労に取り組んでもらい、その分、キョウセイの従業員には新しい業務に挑戦してもらうのだそうだ。また、P.P.P.の就労移行支援事業所のプログラムにキョウセイの工程作業を加えてもらい、作業に慣れたところでキョウセイに入社できる道筋も考えているという。  今後は、従業員の高齢化にも対応していきたいと古吉さんは話す。  「それまで担当していた業務がむずかしくなった場合に、就労移行支援事業所で再トレーニングして業務転換を検討するほか、キョウセイで働くこと自体が困難な場合は就労継続支援事業所を紹介してもらう道もあります。その際は施設外就労として再びキョウセイに来てもらうかもしれませんが、支援者・指導員の方がついていてくれるので、本人も私たちも安心して働ける場になるはずです」  古吉さんたちは、P.P.P.との連携により、キョウセイ全体の事業拡大も見すえている。  「単純労働ではなく、少しでも付加価値の高い仕事をすることを従業員にうながしていきたいですね。キョウセイが請け負う業務も前後工程に幅を広げ、可能なかぎり内製化を進めていきます。そしてこれからも引き続き、キョウセイで働く従業員を増やしながら、キョウセイ全体の自主自立を目ざしていきます」  その実現のためにも、「だれもが悩まない、迷わない作業現場」にむけた従業員主体の改善活動、「みどりの活動」は続いていく。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、株式会社キョウセイ様のご意向により「障がい」としています ※1 5S:「整理」、「整頓」、「清掃」、「清潔」、「しつけ」を通じて、職場の課題を解決するための改善活動のこと ※2 なぜなぜ分析:現場で起きた問題について、単に処置するだけではなく、「なぜ」をくり返しながら根本原因を突き止めて再発を防ぐ手法 写真のキャプション 産業用防振ゴムの生産を手がける株式会社キョウセイ キョウセイの取締役を務める古吉敏之さん(写真提供:株式会社キョウセイ) 工場の一角に置かれた「みどりの活動」のプレート 障がいのある従業員も参加し、治具の試作品づくりに取り組む(写真提供:株式会社キョウセイ) 管理部品質保証課の係長を務める高田哲志さん さまざまな作業リスクを簡略化した独自のピクトグラム(資料提供:株式会社キョウセイ) ひな壇式に四つの箱が並ぶ。ローラーにより容易に積み重ねられる「のせらーく」 小橋さんはゴムの性能検査を担当している 製造部製造課精練係の小橋礼子さん てこの原理を活用したゴムはがし用の治具「らくぽん」 モニターにはチェックポイントがわかりやすく表示されている プレス機で成形作業にあたる竹永さん 製造部製造課成形係の竹永直也さん 押印場所に判子を固定できる伝票ホルダー 寺脇さんは、製品の外観検査を担当している 管理部管理課検査・出荷係の寺脇徹さん 工場の一角では、就労継続支援A型事業所の利用者が施設外就労に取り組んでいる