研究開発レポート 14年間の追跡データから見た障害者の就業状況 〜職業生活からの引退の傾向〜 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 1 はじめに  障害者の就労支援は、就職までの支援にとどまらず、職場定着、就業継続、さらに職業生活からの引退といった「職業サイクル」全体を支えることが、ますます重要になってきています。そのような課題には、障害種別等による違いだけでなく、年齢に応じた体力や生活状況等の変化、さまざまな制度、サービス、職場環境の変化を経験してきた世代間の違い、経済状況等の全般的な社会的動向等、さまざまな要因が関連する可能性があります。  当機構の障害者職業総合センター研究部門では、「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」アンケート調査において、2008(平成20)年度から16年間の長期継続調査(パネル調査)として、障害者の就職、就業継続、離職の各局面における状況と課題を把握しており、2023(令和5)年現在、14年目までの調査結果を集計して、長期継続調査データに基づいて、職業生活からの引退についての分析を行いました。その結果、以下に示すように、障害種別によって中高年齢期の就業継続の意向や就労率が異なっていることが示唆されました。企業における雇用管理の改善や今後の施策展開においても、世代や年齢の違いも考慮したきめ細かな支援ニーズの理解がいっそう必要と考えられます。 2 調査の概要  本調査においては2008年度の開始時に就業していた障害者について、40歳未満の「前期調査」グループ、40歳以上の「後期調査」グループを設定し、その後の就業状況にかかわらず、それぞれ2年ごとにアンケート調査を行い追跡しています。開始から14年を経て一部調査対象から外れた調査対象者もいますが、第1期から第7期までの全回答者1126人の延べ4912件の回答を得ており、調査時点の就労状況が不明の者および年齢が不明な者を除いた4878件の就労状況のデータを得ています。  アンケート調査の内容は、障害者の職業生活を幅広くとらえる観点から、調査対象者の基本的な属性に関すること、職業に関すること、職業以外の生活における出来事等に関する質問と満足度等の意識に関する質問により構成しています。また、前期調査、後期調査とも同一の内容、調査対象者個人の変化を確認するために、基本的には第1期の調査から共通としていますが、時勢の変化を踏まえた質問の追加等も一部行っています。  14年目の調査となる第7期調査では、前期調査と後期調査を合わせて視覚障害者103人、聴覚障害者208人、肢体不自由者225人、内部障害者107人、知的障害者263人、精神障害者103人、計1009人を対象に実施しました。うち577人から回答(回収率57%)を得て、回答者の平均年齢は、「前期調査」グループは40.5歳、「後期調査」グループは58.9歳でした。 3 就業状況の経年変化(図1)  一般に、集団の行動様式等は、単純に年齢だけに影響されるのではなく、世代別の影響も強いため、長期継続調査(パネル調査)では、出生年によるグループ(以下、「コホート」)別の集計が重視されます。今回の分析では、回答者を生年により10年ごとに分けたコホート(1950年代生、1960年代生、1970年代生、1980年代生)別に、2年ごとの7期分の就業状況の変化を集計しました(図1)。  全体としては、1950年代生まれでは第5期に57歳から67歳となることから、それ以降に就労率が低下していました。1960年代生まれ以降のコホートでは第7期でも最高齢が61歳であることもあり高い就労率を維持していました。1950年代生まれのコホートを、障害種別に見ると、特に肢体不自由や内部障害において第5期(57歳から67歳)から急速に就労率が低下していたのに対して、視覚障害や知的障害ではより緩やかな低下で、聴覚障害では特に低下は認められず、精神障害では第7期(61歳から71歳)で急速に低下しています。また、精神障害ではほかの障害よりも、1960年代生まれや1970年代生まれで就労率が低水準となっているという特徴も認められました。 4 職業生活からの引退(表1)  回答者のうち、回答時点で非就労であったものは200人でした。第4期以降の調査では、非就労者の今後の仕事への考えも聞いており、「職業生活から完全に引退し、今後仕事をするつもりは全くない」とした回答を職業生活からの引退の意向ととらえると、職業生活からの引退の意向があったのは45人(非就労者の23%)であり、これは、全回収数のうち約5%に該当します。  障害種別に見ると、肢体不自由と内部障害では非就労者の約4割が職業生活からの引退の意向を持っており、肢体不自由では60歳未満が半数以上ですが、内部障害では約9割が60代の回答でした。また、視覚障害でも非就労者の約3割が職業生活からの引退の意向がありました。一方、聴覚障害、知的障害、精神障害では非就労者であっても、職業生活からの引退の意向があるものは約1割でした。さらに、精神障害では60歳未満での引退の意向が多い傾向も認められました。 5 まとめ  「調査研究報告書No.170障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第7期)」においては、以上の分析結果の詳細、調査内容の第1期から第7期までの集計結果等を掲載しています。1950年代生まれの障害者は第7期で全員が60歳を超え、肢体不自由や内部障害では職業生活からの引退が進んでいる一方で、聴覚障害や知的障害等では就業継続の意向が強く、実際に就業が継続している状況が明らかになりました。これに対して、1960年代生まれの障害者は、1950年代生まれと同様の変化が10年(5期)後に生じる結果にはなってはおらず、世代だけでなく、さまざまな社会的動向等の影響も示唆されます。さらに、精神障害では1980年代生まれと比較して、1960〜1970年代生まれの就労率の低さには、なんらかの世代的な課題がある可能性もあります。  本調査は、個人に対して長期にわたり継続して調査していることから、多様な要因間の因果関係をより正確に、また時系列の変化をふまえて検証できる可能性があります。2024年3月時点では、すでに16年間の調査を完了し、このような長期継続調査の特徴を活かして、さらに、障害者の安定した就業に向けた、きめ細かい対策を進めていくための基礎資料としていくための分析を進めています。 「調査研究報告書 No.170」は下記ホームページからご覧いただけます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku170.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室(TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 図1 出生コホート別の就労状況 全障害計 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 ※就労状況不明又は年齢不明を除いたすべての回答のうち、回答の多い年齢層を1950年代生から1980年代生まで抜粋して掲載。集計対象者の各調査期の年齢の範囲は下記の通り。 出生年代 第1期 第2期 第3期 第4期 第5期 第6期 第7期 1950年代 49-59歳 51-61歳 53-63歳 55-65歳 57-67歳 59-69歳 61-71歳 1960年代 39-49歳 41-51歳 43-53歳 45-55歳 47-57歳 49-59歳 51-61歳 1970年代 29-39歳 31-41歳 33-43歳 35-45歳 37-47歳 39-49歳 41-51歳 1980年代 19-29歳 21-31歳 23-33歳 25-35歳 27-37歳 29-39歳 31-41歳 表1 職業生活からの引退を希望した者の年齢層 30代 40代 50代 60代 計 回答者数に占める割合 回答者数(非就労者) 全回収数に占める割合 全回収数 視覚障害 1 2 3 (27%) 11 (3%) 87 聴覚障害 1 2 3 (12%) 25 (2%) 166 肢体不自由 1 1 9 10 21 (40%) 52 (12%) 178 内部障害 1 8 9 (41%) 22 (9%) 101 知的障害 2 1 2 5 (9%) 53 (2%) 236 精神障害 1 3 4 (11%) 37 (4%) 94 計 3 2 16 24 45 (23%) 200 (5%) 862 ※回答者数は第4期以降に1回以上非就労であった者の数(本調査項目の回答対象者)、全回収数は第4期以降に1回以上回答した者の全数。複数の調査期において職業生活からの引退の意向を示した者については、最初に回答した調査期の年齢層のみ集計に用いた。