【P2-3】 この人を訪ねて 「青年学級」から始まった活動の広がり 社会福祉法人わかぎり理事長、東京福祉大学教育学部教授 柳本雄次さん やなぎもと ゆうじ 1947(昭和22)年、静岡県生まれ。1975年3月、東京教育大学大学院教育学研究科特殊教育学専攻博士課程単位取得後退学、筑波大学心身障害学系教授、筑波大学附属大塚養護学校校長などを経て、2018(平成30)年4月から東京福祉大学教育学部教授、2021(令和3)年からは社会福祉法人わかぎり理事長も務める。著書に『特別支援教育〜一人ひとりの教育的ニーズに応じて』(共編著、2019年、福村出版)、『使ってみよう!スヌーズレン』(共編著、2022年、ジアース教育新社)など。 特別支援学校の卒業生のために ――柳本さんが理事長を務める「社会福祉法人わかぎり」は、もともと特別支援学校の卒業生のための「青年学級」から始まっているそうですね。 柳本 はい。現在の筑波大学附属大塚特別支援学校(以下、「大塚特別支援学校」)で1967(昭和42)年に開設された「青年学級」が始まりです。これは特別支援学校の卒業生らに学習や余暇活動の機会をつくることを目的にした取組みで、1960年代以降、全国各地で展開されてきました。いまは自治体や地域ごとに運営しているケースもありますね。  青年学級は当初、学校職員らが行っていましたが、保護者のみなさんの間で、「卒業生たちの成長を支える青年学級をよりよい活動にしていこう」という思いが広がり、親の会である「桐親会(とうしんかい)」が発足し、1978年には一般社団法人の認可を取得しました。最初は校長先生の自宅を事務局にしていたそうです。  そこまで熱心だったのは当時、特別支援学校を卒業した子どもたちが、引き続き通える福祉作業所のような場所があまりなく、学校側が「卒業生のアフターケア」の必要性を強く感じていたからでしょう。保護者のみなさんも、横のつながりがなくなることへの不安だけでなく、地域に受け皿が必要だという問題意識があったのだと思います。私自身は2000(平成12)年から10年間ほど大塚特別支援学校の校長を務めた縁もあって、桐親会とつながり、運営を見守ってきました。  いまも青年学級は、大塚特別支援学校の体育館を会場にして月1回程度開催しています。ミニ運動会や音楽を楽しむ会、ゲーム大会、バスを借り切っての1泊旅行、二十歳を祝う会、手話講座など、毎回趣向を凝らした内容です。  開設から58年になる青年学級は、参加者も卒業したての若者から70代までと幅広い年齢層になっています。卒業生のみなさんが、安心できる環境で、ともに学び、楽しい時間を過ごせる場を提供し続けてこられたのは、ひとえに保護者のみなさんの熱意と学校側の協力のたまものだと感じています。  また桐親会では、青年学級を軸にして、さまざまな活動・事業を展開してきました。定期的な余暇活動として和太鼓教室や音楽クラブ、フラワーサロンとお茶会、在校生の放課後支援活動などを続けていますし、社会参加の機会を広げるために高齢者施設などを訪問する試みもありました。  こうした青年学級を中心とする活動のなかで、最も大きく展開したのが2002年に開所した「工房わかぎり」です。2008年に就労継続支援B型事業所に移行し、2017年には念願だった社会福祉法人わかぎりとして独立しました。私は2021(令和3)年から同法人の理事長を務めています。この法人化を契機にグループホームわかぎりの家(定員5名)を開設しました。 地域社会とつながり、自立につなげる ――「工房わかぎり」について教えてください。 柳本 工房わかぎりはおもに知的障害のある人のために働く場を提供し、日々の生活や作業を通して社会的自立につながる支援を行っています。定員20名ですが、ずっと満員状態で、70代の方もいらっしゃいますね。いまでは大塚特別支援学校の卒業生だけでなく、地元地域に住む人たちも利用されています。活動場所は賃貸ビルの1〜3階フロアです。  ここで手がけているのは手芸品や革製品。晒(さらし)生地(きじ)や布バッグに、利用者たちが刺し子縫いや羊毛刺繍をほどこします。ときにボランティアさんから支援を受けて、外部の作家さんがデザインした下絵に沿って、好きな色の糸を選びながらていねいに縫っています。近年、特に力を入れているのが革製品で、パスケースや小銭入れ、ミニバッグなどをつくっています。職員が型に合わせて裁断したものを、利用者さんが手縫いし、断面を専用の薬品で磨き上げて仕上げます。  利用者さんたちは、いまや職人さんのように上手な人たちばかりですね。細かい作業を集中してやり続けられる能力を、いかんなく発揮しているように思います。商品そのもののよさが認められ、バザーや展示即売会での売り上げが好調で、地域の学校からも卒業記念品として注文をもらうようになりました。私自身も驚いたのですが、前年度は全員に臨時ボーナスが出るほどの販売実績でした。  就労継続支援B型事業所というのは作業成果によって工賃を払いますから、やはり商品開発や品質、営業が大事だとつくづく感じます。工房わかぎりでは、英語を併記したホームページで「製品の質とデザイン性にこだわる」ことを打ち出し、オンラインも含めて積極的な販売促進に努めています。  そして、いまの施設長は特別支援学校の元教諭で、職員たちと一緒にいろいろなアイデアを出し合い、積極的に動いてくれています。昨年は新たな取組みとして、羊毛刺繍が得意な利用者さんがサポート役になり、ワークショップを何度か開催しました。地域の方たちが参加してくださり、とても好評だったので今後も続けていく予定です。もちろん収益の一部になっていますし、何より、地域社会とつながるよい機会になっていることがうれしいですね。 主体性を持って人生を歩めるように ――これまでをふり返り、障害のある人の自立支援について、お考えをお聞かせください。 柳本 やはり特別支援学校を卒業したあとも、青年学級のような第三の居場所が、いろいろな所にあったほうがいいなと思っています。地域の人たちもなんらかの形でかかわったり参加したりできる機会がもっと増えるとよいですね。  一方で、障害のある人の自立支援という考え方が浸透したいまの時代、より重視されるようになったのが、本人の主体性です。特別支援学校は、一人ひとりが主体性を持って人生を歩んでいける力を育む場でもあります。以前の教育の場では、進路指導という「進路について指導する」イメージがありましたが、いまはキャリア教育として、自分で考える力を育てていく方向に移行しています。そういう意味では、障害者雇用をされている企業側のみなさんにも、職場におけるキャリアアップのほか、地域社会での自立を視野に入れた活動の機会提供やサポートなどをしていただけるとよいのではないかと思います。特別支援学校の卒業生をはじめ障害のある人たちが、地域社会とつながりながら主体性を持って学び続け、自立していける環境・仕組みがさらに充実していくことを願っています。