クローズアップ 障害者雇用率向上へのヒント 第4回 「選ばれる企業」になるための障害者採用  障害者の採用市場はいま、求職者が企業を“選ぶ”時代へと変化しています。採用競争が激化するなか、法定雇用率の達成だけでなく、「どんな企業が選ばれるのか」という点が大きな分かれ目になりつつあります。特に、やりがいや成長を重視する人材が増えるなかで、企業には「働く魅力」や「ともに成長するビジョン」の提示が不可欠です。第4回では、障害者採用の支援に長くたずさわってきた障害者雇用コンサルタントの松井優子さんが、「選ばれる企業」になるための採用の再設計と実践アプローチについてお伝えします。 執筆者 障害者雇用ドットコム代表 東京情報大学非常勤講師 松井(まつい)優子(ゆうこ)さん はじめに  近年、障害者の採用市場にも大きな変化がみられています。これまでは「企業が選ぶ側」だった採用活動が、「障害のある人側が企業を選ぶ時代」へと移行しつつあります。また、人材不足が深刻化するなかで、企業間の採用競争も激化し「採用できる企業」と「採用が難航する企業」の二極化が進んでいます。これは一般枠の採用だけでなく、障害者雇用でもこの傾向がみられます。  このような時代背景をふまえ、企業は採用活動に関するアップデートをしていく必要があります。障害者採用の支援に長くかかわってきた立場から、今回は「選ばれる企業になるために必要な具体的なアプローチ」についてお伝えしていきます。 障害者枠で働きたい層の変化  これまで障害者雇用といえば、定型的な作業を、安定してこなせる人材を採用するというイメージが一般的でした。しかし近年、障害者枠で働きたいと考える人たちの層に変化が生まれています。特に目立つのは、2018(平成30)年に障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わって以降、「やりがいを持って働きたい」、「自分自身も成長したい」、「企業に貢献したい」という意欲を持った人たちが増えてきていることです。  これにより、従来の事務補助や軽作業だけでなく、例えばITサポート、マーケティング、バックオフィス業務など、より専門性を活かした職種にも対応できる人材層へと拡大しています。これは企業にとって、大きなチャンスとなります。業務内容を「かぎられた範囲に限定されたもの」から考えるのではなく、多様な人材活用の一環として積極的に設計し直すことで、採用の可能性も組織の成長可能性も大きく広がっていくからです。いま、障害者の採用を限定された領域から可能性の拡大へととらえ直すこと。これが、これからの企業に求められる視点です。 採用がむずかしいと感じる企業の“共通点”  障害者の採用を進めるうえで、「なかなかよい人材が集まらない」、「採用しても定着しない」と悩んでいる企業も少なくありません。こうした企業に共通してみられるのが、従来型の採用手法や業務設計にとらわれ続けているという点です。例えば、障害のある人の職務として軽作業や定型業務しか設定されていない場合、意欲を持ち、スキルを活かして働きたいと考える人材には、その企業の求人は魅力的に映りません。  また、自社の魅力や特徴を十分に発信できていないケースも多く見受けられます。どのような社風なのか、どんな働き方ができるのか、成長機会やキャリアパスはあるのかなどが具体的に伝えられないまま採用活動を進めても、選ばれる企業にはなりにくいのが現実です。  さらに、「採用する側の目線」だけで活動してしまっていることも大きな課題です。「まずは採用して障害者雇用率を満たしたい」、「◯◯障害だから、△△の業務はむずかしいだろう」という認識をしていると、いまの障害者枠の求職者のニーズとは大きなギャップが生じます。時代が変わり、働き手も変わっています。企業はどのような人材を採用したいのかを真剣に考えることが、いま、強く求められているのです(図1)。 「選ばれる企業」になるためのアプローチ  では、実際に「選ばれる企業」になるためには、どのような取組みが必要なのでしょうか。いますぐ取り組める四つのアプローチをご紹介します。 1.採用ターゲットの再設計  「障害者だからこの仕事しかできない」という固定観念を手放し、どのような業務を任せる人材を採用したいのかを明確に定義することが第一歩です。そのうえで、勤務条件(時短勤務やフレックス、リモートワークの可否、頻度等)を明記することがミスマッチを防ぎ、活躍人材を確保する鍵となります。 2.企業の魅力発信  単に仕事内容を列挙するだけでは、魅力は伝わりません。自社の雰囲気、働き方、支援体制、成長できる環境などを、リアルな言葉で、具体的に発信することが重要です。働き手が知りたいのは、「この会社に入ったら、どんな日々が待っているか」、「自分はここで成長できるか」という未来像です。 3.選考プロセスの見直し  画一的な面接や書類選考では、本当に必要な人材を見抜けないこともあります。例えば、コミュニケーションが苦手でも、業務遂行能力に優れている人、未経験でも、素養やポテンシャルを持つ人がいます。このような人材を見きわめるには、業務体験型のインターンシップを活用するのも一つの方法です。 4.入社後のサポート体制の整備  採用はスタートであり、職場定着には、障害者と一緒に働く社員の理解や、受け入れ体制を整えることが欠かせません。定着率とパフォーマンスに大きく影響します。もし採用後にトラブルや課題が発生した場合も、障害特性だけで原因を決めつけるのではなく、業務設計・環境・マネジメントの観点から冷静にふり返ることが重要です(図2)。  いま、障害者採用で企業に求められているのは、「ともに働く未来」を描く力です。採用活動においては、準備不足やマネジメントの課題、原因分析の不十分さが定着の壁になるケースも少なくありません。選ばれる企業になるためには、採用手法に加え、組織のなかで障害者雇用をどのように位置づけ、どんな価値を生み出していくのか。その意味づけを再設計することが必要です。 *****  次回は、テクノロジーの活用や多様な働き方に取り組んでいる企業の事例から、これからの時代に企業に求められる障害者雇用についてお伝えします。 図1 採用の課題を解決するためのポイント 魅力的な職場を伝えられているか? 成長機会があるか? 求める人材像を明確にしているか? 業務や採用方法が時代に合っているか? 筆者作成 図2 選ばれる企業になるために… 採用ターゲットの再設計 選考プロセスの見直し 企業の魅力発信 入社後のサポート体制の整備 筆者作成