エッセイ 障害のある人の地域生活支援について 第3回 「地域移行」に一歩を踏み出す 日本社会事業大学社会事業研究所 客員教授 曽根(そね)直樹(なおき) 知的障害のある人の入所施設、障害児の通園施設、レスパイトサービス、障害者グループホームの職員を経験した後、障害者相談支援事業の相談員などを経て厚生労働省障害福祉課虐待防止専門官として5年間勤務。日本社会事業大学専門職大学院教授を経て定年退職後、現職。  「地域移行」とは、障害のある人の生活の場を、入所施設から地域社会に移行することです。昭和の時代に、「収容保護」と「指導訓練」の場として障害者の入所施設がつくられました。定員100人、なかには500人規模の施設もつくられ、広い土地が必要だったり、建設予定地の周辺住民からの反対にあったりして、人里離れた場所に施設がつくられることも少なくありませんでした。  1959(昭和34)年、デンマークで制定された「1959年法」にノーマライゼーションという言葉が使われました。障害のある人を特別な施設に「収容保護」し、障害を改善して「健常者」に近づけるために「指導訓練」を受けさせるという考えをあらため、障害をそのまま受け入れ、地域社会のなかで居住・仕事(子どもにとっては、保育園・幼稚園や学校)・余暇の三つの側面で、障害のある人が一般市民として障害のない人と同じ生活を送ることができる社会こそがノーマルな社会だ、という障害福祉の理念の大転換でした。  日本でも、北欧から遅れること20年、国連が宣言した1981年の国際障害者年とともにノーマライゼーションが浸透しはじめ、地域移行が政策として取り上げられるようになりました。2006(平成18)年に施行された障害者自立支援法(現在の障害者総合支援法)は、市町村、都道府県に3年間を計画期間とする「障害福祉計画」の策定を求めました。障害のある人たちが、少人数で職員の支援を受けながら地域の住居で生活するグループホームの設置目標数などとともに、入所施設から地域生活に移行する人数も目標として掲げ、地域移行を計画的に進めることになったのです。  障害福祉計画は、現在第7期に入っていますが、地域移行者数は、第4期計画から減少しはじめ、いまでは、3年間の計画期間で地域移行者数がゼロという市町村も少なくない現状となっています。その要因は、施設を出て地域で生活できる人たちは地域移行を果たし、それがむずかしい重度や高齢の障害のある人が施設に残っているからと説明されています。でも、それだけなのでしょうか。  市町村では、障害福祉計画をつくるにあたり、障害当事者や家族、福祉関係者、有識者、地域住民の代表などから構成される計画策定委員会を立ち上げて検討します。大学教員という仕事柄、いくつかの市町村の計画策定委員会に加わることになりましたが、それらの市町村は、いずれも地域移行の目標値を達成していませんでした。とある市の担当者に「地域移行の目標人数を達成するために何をしていますか?」とたずねてみると、「特になにもしていません」という回答でした。地域移行の目標が達成できていないのに何もしていない実情があるのだとしたら、地域移行が進まない要因は施設入所者の障害の重度化、高齢化以外にも原因があるのではないかと思いました。  そこで、市から施設入所しているすべての障害のある人に対して、地域移行の希望があるかについての意向調査をすることを提案しました。重い知的障害があって、ご自分で調査に回答することができない人もいることを考慮し、施設入所している人を担当している相談支援専門員を通して意向を把握することになりました。市の職員と相談支援専門員が協力して取り組んだ結果、200人以上の施設入所者のうち30人以上から地域移行の希望があるという回答が集まりました。その後、個別に地域移行に向けた支援を行った結果、それまで地域移行ゼロだったところ、1年で9人が地域移行することができました。  もし、このような取組みを全国約1700の市町村が行ったらどうなるでしょう。地域移行が進まないのは、入所者の重度化・高齢化が要因と思い込んで立ち止まっている状態から、次の一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。