編集委員が行く 安定した職業生活を支えるリワークの意義と課題 医療法人社団心緑会小石川メンタルクリニック リワークデイケア(東京都)、NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワークJSN東京(東京都) 有限会社まるみ 取締役社長 三鴨岐子 取材先データ 医療法人社団心緑会(しんりょくかい) 小石川メンタルクリニック リワークデイケア 〒112-0012 東京都文京区大塚3-6-5 白井ビル NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワークJSN東京 〒150-0011 東京都渋谷区東2-22-10 メディアパーク八島ビル2F 三鴨(みかも)岐子(みちこ) 編集委員から  現代の職場では、メンタルヘルスの問題がかつてないほど深刻になっています。長時間労働、人間関係のストレス、在宅勤務による孤立など、働く環境は多様に変化しており、だれもが心の不調を抱えるリスクと隣りあわせです。「うつ病」や「適応障害」などの精神的な不調により、社員が休職や退職を余儀なくされるケースが後を絶ちません。そうしたなか、職場への復帰をサポートする「リワークプログラム」を取材しました。 Keyword:精神障害、メンタルダウン、医療、リワーク、復職、デイケア、就労移行支援事業所 写真:官野貴 POINT 1 職場でのメンタル疾患の発生が増えている 2 回復・復職のための充実したリワークプログラムを構築 3 再発防止のためにも職場環境の整備が必要 職場でのメンタルヘルスとリワークプログラム  リワーク(return to work)プログラムとは、「職場復帰支援プログラム」のことであり、休職した方が、円滑かつ安定的に元の職場に復帰することを目ざして設計された、医療と就労支援の中間的なステップです。元の職場に戻るだけではなく、場合によっては転職も視野に入れます。治療とリハビリの両面をになうリワークは、単なる通院治療では得られない「社会復帰のウォーミングアップ」を提供するもので、おもに四つの場所で提供されています。 1.行政機関(費用:無料) a.都道府県・政令指定都市の精神保健福祉センター b.地域障害者職業センター c.市町村の保健センター・保健所 2.医療機関 精神科病院、神経科クリニック(各種健康保険・自立支援医療) 3.就労移行支援事業所(利用者負担) 4.民間企業(有料)  本記事では、医療機関「医療法人社団心緑会小石川メンタルクリニック リワークデイケア」(東京都)と、就労移行支援事業所「NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワークJSN東京」(東京都)でのリワークプログラムを取材しました。 精神科デイケア※でのリワークプログラム  医療法人社団心緑会小石川メンタルクリニック院長の山田(やまだ)浩樹(ひろき)さん、精神保健福祉士の瀬戸口(せとぐち)和久(かずひさ)さん、作業療法士の高田(たかだ)勝太(しょうた)さんにお話をうかがいました。同クリニックのリワークデイケア(以下、「小石川デイケア」)は2008(平成20)年開設で、現在17 年目。スタッフは医師・看護師・精神保健福祉士・作業療法士・臨床心理士・公認心理師の総勢9名です。医師と医療スタッフが試行錯誤しながら以下のプログラムを構築してきました。 ・病状と体力の回復 ・対人コミュニケーション ・思考力、集中力、持続力 ・ディスカッション ・認知、行動面 ・自己理解、自己分析  毎年、約80名の新規利用者があり、8割が休職中、2割が離職をした方です。小石川メンタルクリニックの患者さんのほか、他のクリニックにかかりながら、小石川デイケアに通う人もいます。  休職者の場合、平均利用期間は6〜7カ月です。これは企業が復帰を「待ってくれる期間」であり、おおむねこの期間内に体調と心を整え職場復帰をします。主治医面談→小石川デイケア見学→体験参加→受け入れ会議→正式登録・利用開始という流れです。 利用開始〜復職までの流れ  初めて利用する人は、まず十分に静養したのち、生活リズムを取り戻すために小石川デイケアに通い始めます。最初のころは通うだけでもOKで、ソファなどでゆったりくつろぎます。少し元気を取り戻してから、プログラムに参加していきます。 ◎デイケア導入期(1〜2カ月)週2〜3日 ・決まった時間に通所できる ・生活リズムが整い継続通所できる ◎回復期(1〜2カ月)週3〜4日 ・自分の課題を設定し取り組む ◎リハビリ勤務・復職交渉期(1〜2カ月)週5日 ・自分の課題のほか、通勤や仕事の練習を行える ・120分のワークに集中できる ・円滑な職場復帰の準備が整う  1日6時間程度のプログラムで、利用者の段階に応じて、集団ワークや個人作業を行います。一人ひとりの課題(過集中傾向、自己否定感、他者との距離感など)を医療スタッフが個人面談でアセスメントし、プログラム参加やふり返り面談により改善をうながします。  小石川デイケアのスペースは2フロアに分かれています。個人作業ルームはコワーキングスペースのようにとても静かで、パソコンに向かう人、書き物をする人、本を読む人などがいて、利用が始まったばかりの人と、復職間近で仕事関連の作業をする人が混在しています。グループワークルームでは、みなさんがリラックスして、とても和やかな雰囲気でした。「元の職場では多かれ少なかれ対人関係の課題があり、つらい思いをしてきた方もいます。疑似的な職場ですが、アットホームな雰囲気のなかで、お互いのつらさを理解し、“仲間”に出会えた安心感があるのではないでしょうか。ここで人と話すことで笑顔を取り戻していきます」と高田さんが話していたのが印象的でした。 再発を防ぎ、長く働き続けるために  うつ病などは症状が軽快したからといって職場復帰しても、再発するケースが多くあります。その背景には、ストレス対処スキルの未獲得、自己理解の不十分さ、職場との関係再構築のむずかしさなど、さまざまな課題が存在します。ですから、ただ復帰するのではなく、「再発を防ぎ、継続して働き続けられるようにする」ことが重要です。そのためのプログラムは以下のような内容です。 ・集団認知行動療法 ・SST(ソーシャルスキルトレーニング) ・マインドフルネス ・アンガーマネジメント ・リワークミーティング ・復職支援プログラム ・軽スポーツ 《リワークミーティング例》 ・仕事の断り方・頼り方 ・仕事に対する力の入れ具合 ・仕事のモチベーション維持の仕方 ・不安とどう向き合うか ・自分の課題にどう向き合えばよいか ・キャパオーバーにならないペースの保ち方 ・人に怒られる、嫌われる恐怖心を薄めるには  これらはあらためて教わったことはないですが、仕事をしていくうえで知っておくとよい、とても大切な内容だと思いました。 企業との架け橋としての役割  休職や離職は社員個人の問題だけではなく、組織との関係が大きく影響するケースが多いです。ですから企業側も、本人任せにせず、本人の状態を把握し、組織が改善すべき点をみつけていくことが大切です。企業側には産業医や産業保健スタッフがいますが、主治医との情報連携をしようと考える企業は、まだまだ少数です。要望があれば瀬戸口さんたちは企業へ訪問し、利用者と企業の橋渡しを行っています。 復職後のフォロー  復職後も、平日や土曜日に担当スタッフとの個人面談ができます。土曜日の復職者テーマミーティングでは、体調管理、人間関係、仕事の取り組み方などについて、ほかの復職者やスタッフからアドバイスをもらうことができます。また、復職前の方が参加し、復職した方の経験談を聞くことができる場にもなっています。 コメントをいただきました 山田浩樹さん  離職前よりしなやかな強さを得られるようなリハビリを提供したいです。 瀬戸口和久さん  企業が気軽に医療とどう連携できるかを一緒に考えたいです。 高田勝太さん  休職してきた方には、自分の強み弱みを知って職場に戻り、これが最後の休職になってほしいと願いながらサポートしています。企業の方には、困っていることがあればいつでも気軽にご相談いただきたいと思います。 就労移行支援事業所のリワークプログラム  NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(以下、「JSN」)は、精神科の医師が中心となって、精神障害のある方の就労を後押しするために設立された法人です。JSNの東京事業所であるJSN東京では、統括施設長の茂木(もぎ)省太(しょうた)さん、所長の井川(いかわ)幸恵(ゆきえ)さん、就労支援員の全形文(じょんひょんむん)さんにお話をうかがいました。  大阪の事業所も含め、数カ所の就労移行支援事業所を運営するJSNでは、就労した元利用者が体調を崩し休職した場合、必要に応じてフォローアップを行っていました。JSNは地域の医療機関との連携があるので、休職している方の対応について、医師からの紹介も多くありました。  初期のプログラムは食事・睡眠・運動への意識づけがメインでした。リワークプログラム内容のバリエーションの充実、よりよいプログラム構築のため、医療機関のリワーク施設やほかの就労移行支援事業所への見学・意見交換も行いました。現在は、JSNの理事で医師の杉山(すぎやま)博道(ひろみち)さんに協力をいただき、利用者のニーズに寄り添ったプログラムを構成しています。 プログラム例 【トレーニング】 ・軽作業・事務作業などの訓練 ・心理教育プログラム、グループワーク ・リハビリ出勤 【面談】 ・時間をかけて面談を実施 ・課題を細かく整理し、ていねいにフィードバック、次の面談までの目標を設定 ・復職前面談(本人・職場担当者・JSNスタッフの三者面談) 【個別プログラム】 ・復職後を想定した、実際の業務内容になるべく近い訓練 ・なぜ休職にいたったのかを考え、再休職を防ぐ取組みを提供 ・日報システム(SPIS(エスピス))を通して体調の波を把握し、自己管理スキルを会得  「医療機関では認知機能リハビリテーションがメインになると思いますが、われわれのような福祉事業所では生活面も含めた幅広い相談に乗れたり、企業担当者への定期的な報告ができ、ジョブコーチとしてフットワークが軽く動けたりする利点があります。企業の担当者や産業医との仲介役をになうことが増えてきました」と、茂木さんがお話しくださいました。 医療・本人・企業を結ぶ支援  JSNでは、利用前に3点セットと呼ばれる書類を用意しています。@本人アンケート、A主治医意見書、B支援者アンケートの三つです。もちろん、本人との面談からの聞き取りを大事にしながらも、別の角度の意見もアセスメントの参考にしています。日ごろから医療機関とのかかわりが多いため、本人と関係者の連携に長けている印象があります。  全さんは、休職・離職にいたるまでの思いを吐露してもらい、悲しみや怒り、自分を責めるといった気持ちの整理をすることを手伝います。自信を失くしている方が多いので、「本来の自分らしさ」は何だろうと一緒に考えていきます。その変化を文書化し、経緯報告を求める企業へは本人に確認したうえで伝えるようにしています。  休職は主治医の判断のみで可能ですが、復職には会社の判断も必要です。主治医が「復職可」と判断しても、会社側から「待った」がかかることもあります。正確な情報の共有が必要であると感じました。 プログラムの進化  井川さんに、新しく導入したプログラムについてお話しいただきました。  「自分をよりよく知ること、働く前の自分を取り戻すためにどうすればよいかに気づいてもらうこと、物事のとらえ方の癖、復職後の自分の立ち位置について考えるというワークを行い、一緒にふり返りを実施してきました。リワークで元気を取り戻し、復職していった方と面談をすると、職場ではコミュニケーションがうまくできないという状況がみえてきて、やはり医療機関で行う認知機能リハビリテーションが必要と考えました」  「日本精神障害者リハビリテーション学会前会長である池淵(いけぶち)恵美(えみ)先生を中心とした医療者が開発した、『VCAT(ヴィーキャット)−J(ジェイ)』という支援プログラムと出会いました。これは『Jcores(ジェイコアーズ)』というソフトウェアを用いた認知機能リハビリテーションと、就労支援モデルを組み合わせた支援プログラムです。注意・作業記憶・処理速度・言語性記憶・流暢性・遂行機能の六つをパソコンゲームと言語セッション(グループワーク)を通じて高めていくプログラムです。本人の得意なことや苦手なことを支援者と共有して、それを基に職場で働きやすくするための合理的配慮に活用することが、大事なポイントです。今後効果が出てくると期待しています」 早期発見・早期対応  「メンタル不調がどんどん悪化する前に、早い段階で自分自身を理解し、対処できるようになってほしい、という願いから、『リワーク』をやっています。早期発見、早期対応の大切さがご本人にも企業にも浸透していくとよいと思います」と茂木さんがお話しくださいました。 リワークをめぐる課題  小石川デイケアの瀬戸口さんによれば、利用機関によっては、リワークには次のような課題がみえています。 ・企業との連携 ・症状の改善に時間を要する ・個別対応の困難性 ・利用期間の短縮 ・職場復帰後のサポート ・支援の範囲がかぎられる ・ほかの医療機関との連携 ・一般枠か障害者枠かの選択 ・無料でリワークを行う行政機関の予約が取れないこと ・費用負担の問題(企業か、個人か)  就職したときは一般雇用だった人が、過酷な労働環境によるメンタルダウンによって精神障害と認定される状態になり、職場復帰をするときに、障害者枠での勤務にするかどうか、という大きな問題が出てきます。本来、従業員の潜在能力を活かすことが求められる職場において、逆にダウンしてしまう現象が、決して少なくないということに、多くの人がもっと注意を向けていかなくてはならないと感じました。  ひとたび職場を離れると、元に戻すには時間とエネルギーがかかります。本人の心、身体、金銭面などの負担が発生し、また企業側のダメージもとても大きいことがよく理解できました。だからこそ、重篤な状態にならないように、企業が職場環境を整備する必要もあるのではないでしょうか。同時に初期症状を自分でも気づくことができるような、メンタルヘルス教育が重要であると痛感しました。 企業側が知っておくべきリワークの意義  障害者雇用を担当する企業の人事・労務担当者にとって、精神障害のある従業員の「定着」は大きなテーマです。特にうつ病を含む気分障害は、就労しても長続きしないという課題があり、定着において支援が必要とされます。  リワークプログラムに参加した従業員は、単に症状が改善しただけでなく、「自分の強み・弱みを理解し、セルフマネジメントができる」状態に近づいています。企業にとっては、このようなプロセスを経た復職者をよく理解することで、精神障害のある従業員の定着につながる知識が得られると考えます。  また、企業と医療機関が協働することで、「この企業は復職を支援してくれる」という安心感が職場内に広がり、社員のエンゲージメント向上にもつながるのではないでしょうか。 導入・活用のヒント  現在、リワークプログラムを実施する機関では、企業側からの相談にも対応しています。まずは地域にどのような支援資源があるのかを把握することが第一歩です。加えて、以下のような企業内での制度整備が必要です。 ・復職に関する社内ガイドラインの整備 ・リワーク利用時の社内フロー明文化 ・通勤練習期間や時短勤務など合理的配慮の設定 ・人事担当者のメンタルヘルス研修の実施  こうした取組みを通じて、メンタル不調に陥った社員が「戻れる場所がある」と感じられる職場環境を整えることが、求められています。 まとめ  今回、筆者がリワークを取り上げるきっかけとなったのは、とある公的機関の医師が「最近、休職者は企業から復職前にリワークプログラムの受講を決められている場合が多く、費用のかからない公的機関は数カ月の順番待ちである」と発言したのを耳にしたからでした。費用がかかるのは、どのような機関なのか、違いは何なのかと疑問がわきました。今回は医療機関のデイケアと就労移行支援事業所を取材し、それぞれの特徴を知ることができました。  職場にはストレスがつきものですが、昔に比べると対処しきれず、身体に変調をきたしてしまう人が増えているような感覚を持ちます。もちろん職場だけではなく、家庭などの生活面にもストレスは多く存在します。  取材でみえてきたのは、安心して「しんどさ」を正直に語れる場所をみつけられない人がじつに多いということでした。日々のつらさが極まったとき、メンタルと身体症状の崩れが起き、休職や離職につながります。ですが、リワークのような信頼できる人と場所に出会え、自分の気持ちを言葉にしたとき、傷が癒え、回復していくのも事実です。  リワークプログラムの進化や、医療者、支援者の熱意と努力をすばらしいと感じました。しかし、かかわるみなさんが「じつは、リワークプログラムが不要となる世界を求めている」と発言していたのも事実です。そもそも、職場でのメンタルダウンが発生しなくなるような取組みについての情報がもっと広まり、減らしていきたいと願う機運が高まることが重要なのではないか、と思いました。 ※精神科デイケア: 精神障害者の社会生活機能の回復を目的として、個々の患者に応じたプログラムにしたがってグループごとに治療するもの。実施される内容の種類にかかわらず、その実施時間は患者一人あたり一日につき6時間を標準としている(精神科医師、作業療法士、精神保健福祉士、臨床心理技術者、看護師などが在籍する) 写真のキャプション (右下写真提供:NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク JSN東京) 医療法人社団心緑会 小石川メンタルクリニック 医療法人社団心緑会の理事長で小石川メンタルクリニック院長の山田浩樹さん 小石川メンタルクリニックリワークデイケア精神保健福祉士の瀬戸口和久さん 小石川メンタルクリニックリワークデイケア作業療法士の高田勝太さん グループワークルームでのプログラムの様子。利用者が進行役となってクイズゲームが行われていた NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワークJSN東京 大阪精神障害者就労支援ネットワーク統括施設長の茂木省太さん JSN東京の所長で精神保健福祉士の井川幸恵さん JSN東京の就労支援員で訪問型職場適応援助者の全形文さん JSN東京の就労支援員で訪問型職場適応援助者の全形文さん Jcoresプログラム 機能選択画面(画像提供:VCAT-J研究会) Jcoresプログラム ゲームタイトル画面(画像提供:VCAT-J研究会)