研究開発レポート 発達障害者の障害特性を踏まえた相談の進め方 障害者職業総合センター職業センター  障害者職業総合センター職業センター(以下、「職業センター」)では、発達障害のある人を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下、「WSSP」)の実施を通じて、発達障害の特性に応じた的確な支援を行うための技法開発・改良を行っています。  WSSPでは「作業」、「就労セミナー」、「個別相談」の各場面を関連づけながら支援を行います。また、「個別相談」においては「経験を振り返る」、「目標を設定し、実行する」、「実行したことを振り返る」という過程を通じて、発達障害者自身の困っていることや改善したいことについて解決策を見出し、解決に向けた一歩をふみ出すことなどを目的として実施しています。この一連の相談の流れは就労支援の場では多く行われると考えます。  発達障害のある人はその特徴の幅広さや現れ方の多様さから、相談において個別性の高い対応が必要となります。一方、相談の多くは個室で発達障害者と支援者の一対一で行われ、他者からのスーパーバイズを受ける機会はかぎられています。そのため、発達障害者との相談スキルは個人のなかで蓄積されていても、形式知として共有されにくい状況があります。  このような背景から、支援者の日々の実践をサポートするため、発達障害者との相談の進め方やコツについて、支援マニュアル28「発達障害者の障害特性を踏まえた相談の進め方」を取りまとめましたので、その概要についてご紹介します。 【相談の構造化】  相談が進んでいく過程とその構成要素を図1の通り整理しました。また、過程ごとに支援者が押さえるべきポイントを整理しました。なお、本支援マニュアルにおける「相談」とは、「経験を振り返り、目標を設定する。設定した目標を実行し、その結果をさらに振り返る」という一連の流れをさしています。 【過程1】相談の準備  発達障害者が安心して相談に臨めるよう、信頼関係の構築や環境調整など、相談を効果的に実施するための準備を行います。  本支援マニュアルでは、本人が落ち着いて安心できる相談環境を設定するため「感覚特性」、「コミュニケーション」、「注意」など、アセスメントが必要な項目をとりまとめ、アセスメント結果に基づいた相談時の工夫について紹介しています。また、相談の組立方法として、「相談の枠組みチェック表」を作成しました。相談の目的や取り上げる話題、相談の進め方、相談が終わった後の今後の予定などについて具体的に検討できるものとなります。 【過程2】共通認識の形成  相談で取り上げる話題を選定し、その状況を詳細に把握、確認、整理することで課題を絞り込み、行動変容に移行していくための意思決定を図ります。  共通認識の形成を行うにあたっては、まず、相談で取り上げる話題(テーマ)について優先順位を確認し、どの話題から取り上げるかを協議します。相談で取り上げる話題が決まったら、その状況について「事実」と「本人が感じたこと」を分けて整理するなど詳細を確認することで課題の絞り込みを行い、行動変容に向けた意思決定を行います。この際、支援者は「課題」や「できなかったこと」だけではなく、本人の持っているスキルや強みに着目すること、また、本人の「気づき」や「主体性」を大切にして支援を行うことが重要です。 【過程3】目標設定  課題に対する具体的な行動目標を決め、目標達成に向けた準備を行います。  本支援マニュアルではSMART理論(※)を参考に「課題に対して目標が適切か」、「実行可能か」、「いつまでに実行するか」といった具体的な行動目標を設定する際に検討すべき点をまとめています。 【過程4】取組結果の振返り  行動目標に取り組んだ結果を振り返り、今後の展開について検討します。  振返りは設定した取組期間の終了後、速やかに行います。振り返る際には、達成できた、できなかっただけではなく、「どの程度達成できたか」、「目標達成のためにどんな工夫を行ったか」、「取組みの前後で本人の気持ちや周囲の反応の変化はあったか」などを振り返ります。取組みの結果、課題に対して期待する結果が得られなかった場合は、目標設定が適切であったかなどを検討することが必要です。  発達障害者のなかには、相談だけでは行動後のイメージが持ちにくく、行動し、その結果を振り返ることでその効果を感じ取れる人もいます。そのような人にとっては、振返りを行うことで、新たな視点を獲得し、行動の継続や変容の動機づけとなる場合もあります。 【支援ツールの整理】  相談で支援ツールを活用することは、効率的に情報を整理したり、俯瞰(ふかん)的かつ客観的に事象をとらえることができるなどメリットがあります。職業センターではこれまでにWSSPの実践を通じて、発達障害者への支援ツールを複数開発してきました。そのなかには相談で活用できるものもありますが、発達障害者の幅広い特徴や想定される活用場面に応じて作成されてきたため、支援ツールの使い分けが必要となっていました。  本支援マニュアルでは、過去に開発した支援ツールについて、目的や使用する場面、活用のコツなどを整理し、表にまとめました。あわせて、各支援ツールが把握、整理できる範囲を示した支援ツール関連図(図2)を作成しました。 【支援者の相談スキルの振返り】  効果的な相談のためには、支援者は本人の特徴をとらえ、その特徴に応じた対応や工夫を意図的に選択することが大切です。そのためには、支援者自身が自らの性格や認知の特徴、他者とのかかわり方の傾向、相談スキルの現状を理解するとともに、必要なスキルや工夫の仕方を研鑽(けんさん)し、身につけていくことが必要です。  支援者の相談スキルの振返りの一助となることを目的に「就労支援における発達障害者との相談スキルのチェックリスト」を作成しました。相談スキルについて、全体の振返りとして活用できるほか、特定の対象者との相談において、より意識するとよい点などを検討するためにも使用できます。 【対応のヒント集】  支援者へのヒアリングなどで収集した発達障害者との相談においてよくある場面(「話題が拡散しやすい」、「相談時間が超過する」、「『はい』と返事をするが行動化されない」など)での対応や実践例を紹介しています。相談場面において、対応に迷われた際のヒントとして活用いただけます。 *****  支援マニュアル28「発達障害者の障害特性を踏まえた相談の進め方」は、障害者職業総合センターホームページに掲載しています(★1)。また、冊子の配付を希望される場合は、当センターに直接ご連絡ください(★2) ※(29ページ)SMART理論:目標を効果的に設定する際に検討すべき重要な点をまとめたフレームワーク ★1「支援マニュアルNo.28」は、https://www.nivr.jeed.go.jp/center/report/support28.htmlよりダウンロードできます。 ★2 障害者職業総合センター 職業センター TEL:043-297-9043 https://www.nivr.jeed.go.jp/center/index.html 図1 相談の過程と構成要素 相談の過程 1 相談の準 2 共通認識の形成 3 目標設定 4 取組結果の振返り 各過程の構成要素 ・信頼関係の構築 ・相談の準備に必要なアセスメント ・アセスメント結果に応じた相談時の工夫 ・相談の組立 ・相談で取り上げる話題と優先順位の選定 ・状況の整理と課題の絞り込み ・課題に取り組む準備の確認 ・主体的な課題の取組に向けた関わり ・行動変容に向けた具体的な目標の設定 ・目標達成に向けた準備 ・取組結果の振返り ・次の目標、または今後の展開の検討 図2 支援ツール関連図(一部抜粋) ストレス関連 ●ストレスサインの把握 Cストレス対処整理シート(ストレス温度計) ストレスに応じた休憩のとり方 E休憩のとり方チェックシート ストレスと環境の相互作用 G職場環境適応プロフィール L感覚特性チェックシート さらに詳細を確認する M特性対処のヒント集 ●ストレス対処方法の検討 Dストレス対処法整理シート F体験整理シート(2023版) 対処方法の実行 ○22 SOCCSS法 実施用紙 写真のキャプション 支援マニュアルNo.28