職場ルポ 町の基幹産業を支える工場、一人ひとりが戦力に ―住田フーズ株式会社(岩手県)― ブランド鶏肉の生産加工工場では、外国籍やシニアの人など多様な人材とともに障がいのある社員も大事な戦力として働き、地域の基幹産業を支えている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 住田(すみた)フーズ株式会社 〒029-2311 岩手県気仙郡(けせんぐん)住田町(すみたちょう)世田米(せたまい)字(あざ)火石(ひいし)19-6 TEL 0192-46-2466(代) FAX 0192-46-2467 Keyword:知的障害、工場、製造ライン、特別支援学校、障害者雇用優良事業所 POINT 1 地域の特別支援学校や支援機関と連携しながら、採用と定着を図る 2 外国籍の実習生やシニア社員も一緒に支え合う現場づくり 3 本人の自立生活をうながしながら、職場全体で見守る社風も 鶏肉の生産加工  JR盛岡駅から南東に車で2時間ほど走った山あいにある住田町(すみたちょう)。町内を横断する清流・気仙川(けせんがわ)のそばにある「住田(すみた)フーズ株式会社」(以下、「住田フーズ」)は、町の基幹産業の一つである鶏肉の生産加工業の会社だ。銘柄商品「みちのく清流どり」などで知られ、ブロイラーの飼育生産から加工、関連商品の製造販売までを手がけている。  もともと、1971(昭和46)年に当時の住田町農業協同組合とブロイラー生産農家が出資して設立した住田ブロイラー株式会社が、1994(平成6)年に住田フーズへと商号変更、さらに2002年には全農チキンフーズ株式会社の子会社となった。住田町内には、生産加工工場から動物性油脂などを製造するレンダリング工場、鶏ふんを活用した炭化工場やたい肥センターまで整えている。  障がい者雇用については、これまで特に組織立って取り組んできたわけではないが、現在は従業員311人(2025年3月現在)のうち障がいのある従業員は10人(身体障がい4人、知的障がい6人)で、「障害者雇用率」は3.2%(2025年3月31日現在)という。住田フーズではフルタイム勤務であれば全員が正社員で、総合職社員と現業社員に分かれている。障がいのある社員10人のうち1人が総合職社員、9人が現業社員として勤務している。  住田フーズは2020(令和2)年度、「障害者雇用優良事業所」として岩手県知事表彰を受賞した。  毎日3万羽もの鶏肉を扱う生産現場で、ほかの従業員たちと同じように戦力として働くみなさんの様子とともに、これまでの障がい者雇用の経緯を紹介していきたい。 先生の熱意に感銘受け  住田フーズでは、もともと不慮の事故や病気などで身体障がいのある従業員がいたが、知的障がいのある従業員を雇用し始めたのは、25年ほど前だという。  当時のことを知るのは、2025年2月まで管理部長を務め、現在は執行役員で生産部長の吉田(よしだ)順(じゅん)さんだ。  「地元の特別支援学校の先生が、ご自身が受け持つ生徒の職業訓練のお願いに来社されました。そのときの当社役員が、先生の熱意に感銘を受け、職業訓練を受け入れることになりました。結果としてそのまま採用に至ったのが最初だったと思います。最初に採用したその社員は、現在も活躍してくれています」  それがきっかけで、引き続き特別支援学校からの実習生受け入れと採用を進めてきた。吉田さん自身も長年、管理部管理課で障がい者雇用にたずさわってきたなかで「基本的に、特別支援学校から推薦された生徒さんは、本人の希望さえあれば採用してきました」という。  「理由は、特別支援学校で基本的な教育を受けていること、また学習面のみならず集団行動においても柔軟な対応を取ることができる生徒さんの推薦をいただいていたからです。先生方は、入社後も職場を訪問されては卒業生を勇気づけてくださり、とても感謝しています」  その後は、特別支援学校だけでなく、大船渡(おおふなと)市の社会福祉法人大洋会気仙障がい者就業・生活支援センターから紹介された人も同様に実習を経て採用し、「周囲の方々のサポートと連携しながら、微力ですが、社会的責任を果たすべく取り組んでいます」とのことだ。住田フーズは、岩手県が2021年度から実施している障がい者向け職業訓練にも、受け入れ企業として参加している。 上司に学びながら  現在、管理部管理課で人事関連を担当しているのは平野(ひらの)美季(みき)さん。障がいのある人の採用に際しては「工場内では、ベルトコンベアーと機械による流れ作業とともに、解体用のナイフを手に作業する従業員も少なくないので、特に安全面において問題がないかを確かめています」と話す。  ほかにも比較的狭い空間での作業が続く、大きな機械音がする、といった環境も考慮している。「できるかぎり対応策も検討しますが、なかにはどうしても物理的な環境になじめず辞退されるケースもあります」(平野さん)  2022年の入社後、まもなく採用活動にかかわるようになった平野さんは、当時管理部長だった吉田さんに、障がい者雇用についていろいろなアドバイスをもらってきた。  平野さんは、「“住田フーズは障がい者雇用をしているんだよ”といわれて、初めて認識しました」というが、自然に受けとめられたという。「私の母が福祉施設の職員をしていて、日ごろから、さまざまな事情を抱えている人や、障がいのある人たちのことを聞いていました。私も偶然ですが、障がい者雇用にかかわることになり、何かしらサポートができるのではないかと考えていました」  平野さんは、さっそく「障害者職業生活相談員」の資格認定講習を受けたほか、吉田さんと一緒に、県内で同じように障がい者雇用を進めている同業者の話を聞きに行くなどして理解を深めてきた。  「私たちだれもが生きていくなかで、いろいろなことがあると思いますが、せっかくこの住田フーズという会社に来てもらったのですから、長く一緒に働いていけたらなと思っています。そのために私ができることを、できるかぎりやっていきたいですね」と語ってくれた平野さん。ちなみに平野さんは大船渡市から通勤しているが、住田町にある県立高校OGで、平日の退勤後は、かつて所属していたアーチェリー部でコーチとして指導もしているそうだ。 鶏肉の解体ライン  知的障がいのある6人が配属されている製造部解体課は、150人ほどが働いている、工場内の最も大きな部署だ。地元で育てられたブロイラーが1羽ずつ、さまざまな機械やベルトコンベアーを通り、ところどころで手作業も入りながら解体されていく。ここで6人は、解体ラインでの前準備やモモ肉のセッティング、計量・運搬などをそれぞれ担当している。  工場長を務める吉田(よしだ)健(けん)さんに、6人が働く現場で全体として気をつけていることを聞くと「現場は機械だけでなく、解体用のナイフを持った作業者もいるので、その周辺は安全面で特に注意を払っています」と教えてくれた。事故防止のため、最低二人一組の共同作業を徹底している。  「それ以外で、6人について特に考慮していることはありません。障がいのある従業員は20年以上前から少しずつ増えてきたこともあり、受け入れる現場の社員や従業員も理解があるというか、慣れているような気がします」  現場の取り仕切り役として製造部解体課長を務める松田(まつだ)哲也(てつや)さんにも、日ごろ心がけていることを聞いたところ、「日常的なコミュニケーションについては、本人が、言葉を選びながら話していることが多いので、途中でさえぎるようなことをせず、いったんすべて聞いてから、こちらであらためて『それって、こういうこと?』などと一緒に確認しながら、お互いの認識に食い違いがないよう気をつけています」とのことだ。その場で一緒に確認することで、こちらの指示をしっかり理解してくれていることもわかり、ほかのことも指示できるようになるという。 外国籍やシニアの従業員も  解体課では、従事者の3分の1にあたる50人がベトナムやインドネシア、ミャンマーの国籍だという。ほとんどが技能実習生だ。現場では日本語ができる実習生を介して指示や確認をしてきたが、2年前には日本語のできるベトナム人女性を総合職として迎え、だれもが働きやすい環境づくりを図ってきた。また、70代後半のシニア世代の従業員も、ベテランとして力を発揮してもらっているそうだ。  吉田健さんは「私たちの工場は、近隣の市町村に住む従業員も多いのですが、全体として人材不足であることは間違いありません。ここで働く全員が戦力ですし、だからこそ現場でも全員で支え合いながら、いろいろな課題も乗り越えてきました」と語ってくれた。 仕事に真摯に向き合う  ここで「モモがけ」と呼ばれる作業を担当している1人が、2014年に入社した平賀(ひらか)莉沙(りさ)さん(36歳)だ。この日は、隣に立つ同僚の従業員が、重さによって選別した鶏モモ肉の足首部分を、自動レーンにぶらさがっているカギ状の器具に1本ずつ次々と引っかけていく。レーンが回るスピードにあわせなければならず、「油断するとたちまち工程が滞ってしまうため、ある程度の集中力も必要ですね」と松田さん。  平賀さんは、大船渡市にある岩手県立気仙光陵支援学校を卒業後、就労継続支援B型事業所「星雲工房」で箱折り作業やお菓子づくりなどを行っていたそうで、「シフォンケーキもつくっていました」という。そのうちに気仙障がい者就業・生活支援センターからの紹介で、住田フーズでの職場実習を受けることになった。  平賀さんの働きぶりがよかったことと、彼女を知る人が職場にもいて働きやすい環境にあると考えられることから採用に至ったそうだ。  入社後、平賀さんは軟骨拾いや皮取り、解体ラインへのモモ肉並べといった作業から始めたという。「作業を見たときは、自分にできるかなと不安になりましたが、隣に入ってくれた方に、いろいろ教えてもらいました」とふり返る平賀さんは、11年目のいまでは大事な戦力として作業ラインに立っている。  松田さんは、平賀さんについてこう評する。  「彼女は、いまの担当業務でいえば私よりもずっとベテランなので信頼しています。素直でまじめな性格で、いつも仕事に真摯に向き合ってくれているなと感じています」  平賀さんは、今後の目標について「休憩前にモモ肉を冷蔵庫に戻すとき、もっと素早くできるようにしたいです」と教えてくれた。じつは工場内では、作業中に肉の鮮度を落とさないよう、各工程で昼休憩を時間差で取りながら現場に肉を残さない工夫をしている。平賀さんも、処理途中のモモ肉をかごに入れて冷蔵庫に移動させてから休憩を取り、休憩後に再び出してくるのだそうだ。  松田さんも「ふだんはそんなに口数も多くないですが、作業をするうえで少しでもよい方法を自分なりに考えているようです。思ったことは大きな声で私にしっかりいってくれます。今後もそのまま向上心を持って、伸びていってほしいですね」と期待する。  工場長の吉田健さんも、平賀さんについて「先日の朝、会社の送迎バスに一緒に乗っていたほかの従業員が具合を悪くしたとき、真っ先に私がいる事務所の更衣室まで来て、外から大きな声で説明してくれました。頼りになります」と、エピソードを紹介してくれた。 各工程で戦力として  取材した日は、生産ラインに影響を及ぼさないよう直接インタビューの時間をもらったのは平賀さん1人だったが、ほかにも知的障がいのある社員3人の働いている様子を撮影させてもらうことができた。  1人めの女性は、ベルトコンベアーを挟んで同僚と向かい合い、成形前のむね肉を同じ向きに並べていた。松田さんによると「この先でナイフを使って成形するのですが、流れ作業なので、スムーズに進めるために大事な前準備です」とのことだ。  2人めの女性は、平賀さんと同じく「モモがけ」作業に従事していた。モモがけをするときには、基準より大きなモモはその場で選別されて、クリスマスシーズンなどに売られる特大商品として冷凍保存されるのだそうだ。  鶏肉が、さまざまな工程を自動的に回りながら解体されていき、最後に「せせり」や軟骨などを含んだ部位が、大きなかごにたまっていく。これも重要な商品として出荷される。計量したケースを運搬していたのは、3人めの男性社員。「25kg〜30kgにもなるケースを計量し、スムーズに取り替え、台車に積み上げて運搬する作業は体力も含めてたいへんな仕事です。彼はとてもがんばってくれて、助かっています」と松田さん。 一人ひとりの人生を  このように住田フーズで働く知的障がいのある社員もみな、大事な戦力として働き続けている社員ばかりだが、執行役員の吉田順さんによると、プライベートな面での支援には苦労することもあったという。特に金銭管理の面では、ときに後見人にも相談の場に入ってもらうなどして解決にあたってきたそうだ。  なかには、本人の社会的自立をめぐって家族の同意が得られない例があったそうだ。吉田順さんは「例えば、本人なりにお金を貯めて、自立した生活をしたいという夢があるにもかかわらず、その実現がむずかしい例がありました。その保護者と話し合いをしたこともあります」と明かす。  また、別の例ではグループホームでの自立生活を希望している一方で、実家の収入が減ることを後ろめたく思い、決断できずにいることがあった。事情を知った吉田さんたちが、自分の希望を最優先にするよううながし、現在はグループホームで楽しく暮らしているそうだ。  吉田順さんは「一人ひとりの人生を考えたときに『働いてお金を得る』ことは大切なことですし、障がいの有無にかかわらず、自分で考えながら生きていくことも、大切なことだと感じています」という。だからこそ働こうとする本人に対しても「一定の、勤務し続ける気構えや体力は必要です」とつけ加えた。  最後に、住田フーズでの障がい者雇用について吉田順さんは、こう語ってくれた。  「当社では、障がいのある社員を職場全体で温かく見守っていると同時に、特別扱いをしないという社風があります。だからこそ彼らは、休憩時はいつも輪のなかに存在しています。そういう点からも、職場の同僚たちには本当に感謝しています」 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、住田フーズ株式会社様のご意向により「障がい」としています 写真のキャプション 住田フーズ株式会社は鶏肉の生産加工を手がける (写真提供:住田フーズ株式会社) 住田フーズ株式会社 執行役員、生産部長の吉田順さん (写真提供:住田フーズ株式会社) 管理部管理課で人事関連を担当する平野美季さん 工場長の吉田健さん 製造部解体課長の松田哲也さん 「モモがけ」を担当する平賀莉沙さん 鶏モモ肉をレーンの器具に手際よくセットする平賀さん 成形前のむね肉を同じ向きに並べる 「モモがけ」作業 計量したケースを台車に積み上げる